ゴブリンロード

水鳥天

第15話 説得

 レナはユウトと別れ、急ぎ野営地の中心に向かいながら叫んだ。

「敵襲!」

 レナの叫びを把握した隊員たちはすぐさま行動を開始する。

 考えうる必要最低限を最速で装備を整える者。とるものもとらず一目散に中心に向かう者。

 それぞれが気づいていない者たちにも声を掛け、レナを中心にして水面に広がる波紋のようにすぐさま野営地全体に伝わる。レナが中心地にたどり着くころにはすでに戦闘態勢の隊員が何人か集まり詳細を待っていた。

 レナはその輪の中心に駆け込み、切れる息をすぐに整え言葉を発する。

「報告。中型魔獣が侵入を確認。獣型。確認数は一。現在は森の中で・・・あのゴブリンが囮になって引きつけています」

 矢継ぎ早に今確かな情報を報告するレナは最後に言葉が詰まった。

 危険な囮役を買って出て森へと消えた者の名をレナはまだ知らなかった。そのことがいびつな罪悪感となり、レナの胸に針を刺したような痛みが走る。

 レナの報告を聞き、その場に集まっていた数人の戦士たちに空気が重たくなったことをレナは感じた。

 沈黙。いつもなら誰かが率先して今後の対応に意見を出し合うはずなのに誰も口を開こうとしない。レナにもその感覚は理解できた。

 それは新たなギルドメンバーがただゴブリンの姿をしているから、というだけではない。

 この野営地に集まったギルドメンバーであればガラルドに対して少なからず憧れ、尊敬の念を持っている。それはゴブリンに徹底的な殲滅意志とたゆまぬ努力と行動を示し続けている姿に安心を覚えるからだった。そのガラルドが認めたとはいえほぼゴブリンにしか見えない得体のしれない魔物を仲間のように接する様子はそれぞれのギルドメンバーの持つガラルドに対する期待を裏切られたように感じてしまう。だからあの風変わりなゴブリンはその姿以上に自身も含めギルドメンバー達の感情を揺さぶっているとレナは感じていた。

 だが今は違う。あの魔獣に相対した短い時間のやり取りで協力し、片方は進んで危険を請け負った。魔物かどうかはわからない、しかしここであれを見殺しにするようなことがあれば後悔するという確信がレナのゴブリンに対する負の感情より奥の方からレナの意志を突き動かす。

「助けに行きましょう!あいつは自ら魔獣を引きつけこの場を離れた。ここであたし達が手を抜けば何のためにゴブリンを狩ってきたのかわからなくなりますよ!」

 沈黙を破ったレナの声はよく通りその場に集まっていた戦士達に響く。

 空気が変わる。どこか曇っていた皆の顔の影が消え、決意に満ちたようにレナには見えた。

 そこに声が響く。

「何をしている。報告は聞いたぞ。まだ魔導柵から出ていないことは確認した。各人、等間隔で森の中を探索する。奴の名はユウト。声をかけ続けるんだ」

 甲冑を着込んだ中年の男が人だかりの奥から歩きながら指示をだした。その指示をきっかけにしてその場に集まった戦士たちは一斉に駆け出す。

 レナはその様子を呆然と見送る。その戦士たちの表情にどこか清々しさのようなものが覗いている気がした。

 指示を出した甲冑の男はレナの元まで歩いてくるとレナに声をかけた。

「君の武器をメル君が持ってきてくれたぞ。我々も急ごう」

 そういうと男は手にしていた短槍をレナに渡す。

「ありがとうございます。レイノス副隊長」

 慣れ親しんだ武器を受け取りレナとレイノスも森へ向かった。

 魔獣によってバラバラにされたユウトのテントを横目に森へと駆け入る。森の中はユウトを探す隊員たちの魔導灯の明かりが暗闇の中で等間隔に揺れ、ユウトを呼ぶ声が聞こえていた。魔導柵から出た形跡はないということである程度範囲が絞られるとはいえ野営地から引き離そうとしていたなら遠くにいることも考えられる。

 レナは最前線に追いつくとそのまま追い越し魔導灯の光が邪魔にならない程度のところで立ち止まる。そして視野を広げて暗闇を凝視した。

 ユウトは魔剣を持っていた。使い方を知らないとはいえその刃が活性化する可能性は十分考えられる。その光をつかみ取ろうとレナは視界の中の変化に集中する。

 すると一瞬。視界の隅に光を捕えた。木々の間をすり抜けた点のような光の点滅をレナは逃さなかった。

 その方向へ向けた視点を離さず自身の魔導灯に光をともして掲げ叫んだ。

「見つけた!ついてきて!」

 掲げた魔導灯を揺らしながら一瞬光った方向めがけて走り出す。他の魔導灯もそれに引っ張られるように一斉に動き出した。

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