ある晴れた日の七夕
ある晴れた日の七夕
心の中には水面があって、奥へ奥へと流れている。
想いは決して口に出さず、言霊を笹の葉に乗せて次々に流した。
ひらり、ひらりと言葉たちは行き場を求めて掻き消えてゆく。
私は今日も笑っているけれど、本当は泣き出してしまいたいことを私だけが知っている。
 
あの人とは高校1年生からの付き合いで、でもそれは友人としての仲だった。
演劇部での活動では恋人同士になったことがあったけれど、でもそれは虚の世界でのことで、普段から彼と視線が交わうことは少ない。
私が彼を見ていても、彼は他の人を見ているから。
 
「あんたさ、あの子に気があるでしょ」
 
問うと彼は判りやすく困惑をし、大げさに手足をばたばたさせて否定をしていたけれど、その仕草は明らかに演技をたしなむ者として失敗をしていた。
それがどれだけ私の胸を締め付けただろう。
 
私が彼に抱いていた感情は、友情ではなかった。
 
感情は表情に出る。
言葉にも出る。
それで否応なしに想いを封印する術を覚えることになった。
私は精一杯の演技を余儀なくされて、それは今までで1番の試練で。
しんと静まり返った地底湖のようなそこに、私は毎日のように笹舟を流していった。
 
「彼女にさ、その、交際を申し込んだ」
 
皮肉にも彼が相談役として抜擢したのは私で、私に張り付いた笑顔は不幸にも彼を騙すには充分で、それが余計に私を悲しくさせる。
 
「ふうん。で、彼女はなんて?」
「取り敢えずは友達としてって言われた」
「デートの約束は?」
「した。7月7日に逢う。…けど、どうしていいか分からん」
「仕方ないなあ」
 
恋人の練習。
なんて甘美な響きだろう。
映画を見て、食事をして、公園で夜景を眺めて。
楽しくて幸せなことが辛く、彼が私の化粧に気づいていないことが切ない。
 
「この先の練習も、する?」
 
提案すると彼は少しだけ慌てた。
 
「この先?」
 
冷水を浴びさせられたような驚きの表情だ。
 
「冗談よ」
 
言って私は髪を耳にかけ、闇夜に向かって歩き出す。
 
「待てよ」
「ここから先は自分でどうにかして」
 
足早だったのは、彼に涙を見られたくなかったから。
 
「待てって。一緒に帰ろうぜ! 今日のお礼もしたいし」
「いいよ、お礼なんて」
「そうはいかない。俺の気が済まないだろ?」
「いいってば」
 
彼はデート当日、あの子と過ごす。
その出来事が必ず起こるかと思うと心の底がにわかに波を荒げ、水がどろりと濁ったような心地がした。
 
テレビが梅雨明けを宣言していただけあって空には雲1つない。
今夜の星はさぞかし綺麗に見えるに違いないという確固たる予感が私を憂鬱にさせる。
 
枕を抱きしめてベットの隅でうずくまるといったお決まりの姿勢は安いドラマを彷彿させている。
テレビから流れるバラエティの笑い声が今の心境とは不釣り合いで自分自身が滑稽に思えてならない。
 
今頃2人はどうしているのだろう。
上手くいっているだろうか。
これを機に正式に交際が始まってしまうなんて話に発展はしていないだろうか。
 
私はわざとらしく「えい」と空元気を出して服を着替える。
 
天気予報が熱帯夜を報じているだけあって風は蒸し暑く、しっとりとブラウスの下に汗をかかせていた。
彼と過ごしたあの公園には人影がなくて、遠くに少しだけ自動車の音が聞こえるぐらいの静けさだ。
小高い丘まで登ってそこからは今日も夜景が綺麗に広がっているはずだけど、私は顔を眼下ではなく、上空へと向けた。
 
「好きだよー」
 
心の中の川にではなく、私は言霊を空へと放つ。
 
「大好きだよー」
 
言葉はまるで笹の葉に乗せられているかのように、次々に天の川へと流れた。
 
「ずっとずっと前から好きだよー。これからも好きだよー」
 
こぼれた雫は天の川の体積を1滴分増したかのようだ。
天空を流れる雄大な星の川に、1滴1滴と涙が溶け込んでゆく。
 
互いに愛しく想っていても年に1度しか逢えないことと、叶わぬ恋心を引きずったまま毎日のように顔を合わせることと、辛いのはどちらなのだろう。
私は、今なのだと思う。
 
ぐいっと乱暴に腕で涙をぬぐい、私は立ち上がる。
彼に想いを告げようと思った。
失恋をして、心が散ってしまってもいい。
このままではやがて年に1度すら逢えなくなる。
そんな気がした。
 
「頑張ってくるね」
 
織姫と彦星に宣言をし、私は踵を返して歩き出す。
 
公園の出口で振り返って見上げると、そこにはおびただしい数の星々が運河を描き、まるで巨大な樹のようだ。
その脇に一際輝く2つの星に、私は古めかしくVサインを作って小さく振り、少しだけ強がりの笑みを浮かべた。
願わくば自分もベガになれますようにと想いを込めて。
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