バツ×ばつ×バツ【上】
【初仕事!姉妹編】第一話 あつ~い、暑い、夏の日
高校一年、十六歳の夏。
――親父が「仕事中の不運な事故」で死んだ。
突然すぎて頭の中が真っ白になって、通夜、葬式、夏休みと、心に穴を開けたまま時間は流れた。
親父が生きている間は親父と爺や、自分の三人と白狐の千代助一匹で暮らしていた。
親父と爺やは仕事で家を空ける時間が多く、俺は一人暮らし同然の日々を送っていたのだが、親父がもうこの世にいないと思うと家の中の静けさも以前より一層増して感じる。
「あ~っつぅ~」
家の日陰になった縁側に寝そべり、団扇を扇ぐ。何もしていなくても汗ばんでしょうがない。
「はぁ……かき氷食いたい……」
隣には狐の千代助が来て、団扇で扇いでほしいとばかりに風のあたる場所に寝転がる。
「千代~、一メートルくらい離れろよ~近くにいると暑苦しいだろー」
やだ、と言いたそうに尻尾を振る千代助。
仕方なく一人と一匹で縁側に寝そべりしばらく宙を見ていたが、何もせず蝉の声を聞いている内に、じっとしているほうが暑いのではと思い始めた。
「あ~っ、ヒマ! 暑い! かきごぉりっ!」
冷たいものを口にせずにはいられない衝動に駆られ、氷を求めて台所まで足を運ぶ。
しかし冷蔵庫の製氷器には氷どころか、水すら入っていなかった。
「あちゃ~……氷きらしてるよ」
後ろについてきた千代助は鳴き声を上げる。
「千代~、散歩がてらアイス買いに行くかぁ」
千代助の首輪にリードを繋げ、ポケットに財布を詰め込んで玄関へ向かう。靴箱からスニーカーを出したところで玄関の戸が開いた。
爺やが帰ってきたようだ。
「お帰り爺や」
「ただいま戻りました……おや、これから千代とお出かけですかな?」
白い髭を真っ直ぐに整え、足下にいた千代助の姿を見てにっこりと微笑む。
「うん。ちょっと散歩」
「そうですか、お気を付けて」
千代助と玄関から出ようとすると、爺やは思い出したように振り返って言った。
「そうでした。坊ちゃん、帰って来たら大事なお話があります」
「話?」
俺は千代助と一緒に首を傾げた。
「はい。あまり遅くならないようお願いします」
「ん、わかった。そんじゃ行ってくる」
爺やは「行ってらっしゃいませ」と笑顔で千代助と俺を玄関先で見送った。
爺やの本名は社大文字という。
社家は俺の家系《榊野家》の分家で遠い親戚筋にあたり、代々榊野家の家業の補佐役を務めているそうだ。
爺やには小さい頃から面倒を見てもらっていて、俺にとっては家族同然。祖父のような存在――なのだが、爺やには血の繋がった本当の孫がいるらしい。
血の繋がった家族を置いて榊野家の世話を焼いている理由は一度も聞いた事がない。思えば爺や以外、社家どころか親戚とは無縁で、親戚がいるかどうかも怪しいのだ。親父の葬儀に参列していたのは父の仕事仲間や友人といった間柄の人ばかりだったから尚更だ。
思えば榊野家の親戚、家業について、十六年余り榊野家長男として生活してきた俺は何も知らずに過ごしてきた。親父が死んだ今、爺やだけが頼みの綱でもある。
俺は掴んでいた千代助のリードを強く握り締め、氷菓を求めてコンビニへと駆けた。今はただ冷たい物が恋しかった。
――親父が「仕事中の不運な事故」で死んだ。
突然すぎて頭の中が真っ白になって、通夜、葬式、夏休みと、心に穴を開けたまま時間は流れた。
親父が生きている間は親父と爺や、自分の三人と白狐の千代助一匹で暮らしていた。
親父と爺やは仕事で家を空ける時間が多く、俺は一人暮らし同然の日々を送っていたのだが、親父がもうこの世にいないと思うと家の中の静けさも以前より一層増して感じる。
「あ~っつぅ~」
家の日陰になった縁側に寝そべり、団扇を扇ぐ。何もしていなくても汗ばんでしょうがない。
「はぁ……かき氷食いたい……」
隣には狐の千代助が来て、団扇で扇いでほしいとばかりに風のあたる場所に寝転がる。
「千代~、一メートルくらい離れろよ~近くにいると暑苦しいだろー」
やだ、と言いたそうに尻尾を振る千代助。
仕方なく一人と一匹で縁側に寝そべりしばらく宙を見ていたが、何もせず蝉の声を聞いている内に、じっとしているほうが暑いのではと思い始めた。
「あ~っ、ヒマ! 暑い! かきごぉりっ!」
冷たいものを口にせずにはいられない衝動に駆られ、氷を求めて台所まで足を運ぶ。
しかし冷蔵庫の製氷器には氷どころか、水すら入っていなかった。
「あちゃ~……氷きらしてるよ」
後ろについてきた千代助は鳴き声を上げる。
「千代~、散歩がてらアイス買いに行くかぁ」
千代助の首輪にリードを繋げ、ポケットに財布を詰め込んで玄関へ向かう。靴箱からスニーカーを出したところで玄関の戸が開いた。
爺やが帰ってきたようだ。
「お帰り爺や」
「ただいま戻りました……おや、これから千代とお出かけですかな?」
白い髭を真っ直ぐに整え、足下にいた千代助の姿を見てにっこりと微笑む。
「うん。ちょっと散歩」
「そうですか、お気を付けて」
千代助と玄関から出ようとすると、爺やは思い出したように振り返って言った。
「そうでした。坊ちゃん、帰って来たら大事なお話があります」
「話?」
俺は千代助と一緒に首を傾げた。
「はい。あまり遅くならないようお願いします」
「ん、わかった。そんじゃ行ってくる」
爺やは「行ってらっしゃいませ」と笑顔で千代助と俺を玄関先で見送った。
爺やの本名は社大文字という。
社家は俺の家系《榊野家》の分家で遠い親戚筋にあたり、代々榊野家の家業の補佐役を務めているそうだ。
爺やには小さい頃から面倒を見てもらっていて、俺にとっては家族同然。祖父のような存在――なのだが、爺やには血の繋がった本当の孫がいるらしい。
血の繋がった家族を置いて榊野家の世話を焼いている理由は一度も聞いた事がない。思えば爺や以外、社家どころか親戚とは無縁で、親戚がいるかどうかも怪しいのだ。親父の葬儀に参列していたのは父の仕事仲間や友人といった間柄の人ばかりだったから尚更だ。
思えば榊野家の親戚、家業について、十六年余り榊野家長男として生活してきた俺は何も知らずに過ごしてきた。親父が死んだ今、爺やだけが頼みの綱でもある。
俺は掴んでいた千代助のリードを強く握り締め、氷菓を求めてコンビニへと駆けた。今はただ冷たい物が恋しかった。
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