零の英雄譚

ピヨコ

1話 エルフの家

 ロノアが目を覚ましたのは次の日の昼過ぎだった。窓からは森の中だというのに強い陽の光が差し込んでおり、ちょうどベットに寝かされているロノアの顔を照らしていた。


 「ここは...?」


 昨日の出来事は正確に覚えている。賊に襲われて屋敷から逃げたこと、パルマルに裏切られたこと、森で火竜に襲われたこと、そしてエルフの女性に助けられたこと。

 察するに、ここは彼女の住んでいる家だろうか。魔獣の住むコールの森で人が住んでいるとは聞いたことがないが、こんな目立つ建物でよく魔物に襲われないものだ。

 僕はベットからゆっくりと立ち上がると身体の調子を確認した。擦り傷があちこちに見られたが、大きなケガををしている箇所は見当たらない。腕には包帯が巻かれていて動かすと少し痛むが、特に問題はないだろう。

 キズの具合を確認していると部屋の外に人の気配を感じた。続いて部屋の扉がコンコンとノックされる。


 「失礼しますね~。」


 扉から顔を出したのは僕を助けてくれたあのエルフであった。流れるような金髪が腰のあたりまで伸び、人間よりも長く尖った耳がピコピコと動いている。あとメッチャ美人。エルフは人間と比べると寿命が長く、若々しい姿で百年以上生きるというから正確な年齢はわからないが、僕より少し年上かというくらいに見える。


 「体調はどうですか?大きなケガは無さそうだったので回復の魔法は使わなかったんですけど、何処か痛む個所はあります?」


 彼女は心配するように僕の顔を覗き込んだ。青い瞳が奇麗だな、などと考えながらも僕はすぐに返事をした。


 「身体は大丈夫です。命を助けていただき、本当にありがとうございました。」


 彼女に礼を言うと、照れたように顔の前でぶんぶんと手を振りながら「気にしないで」と答えた。

 「ちょっと山菜を取りに出かけてたら嫌な気配を感じちゃって、様子を見に行ったらあの場面に出くわしたの。」


 やっぱり彼女はこの森で暮らしているのだろう。運よくあの近くにいてくれて本当に助かった。


 「私は魔法師のシュナよ。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」


 シュナはベットの横に置かれた椅子に座りながら尋ねてきた。


 「申し遅れました。僕はロノア・エイジスと申します。」


 答えると彼女は少し驚いた顔をして


 「エイジス家は暴動で一家全員皆殺しにされたって聞いたけど...」


 今日の日付を確認したが、屋敷が賊に襲われたのが3日前の夜で、僕が彼女に助けられたのが昨日のことだ。こう言ってしまうのは失礼だが、もうこんな森の中まで情報が伝わっているとは思わなかった。

 そうか、父上はあの後...


 「あ、あなただけでも助かって良かったわ!アルシュ地方の統治は血族だっていうパルマル子爵が爵位ごと引き継いだみたいだし、無事なことを知らせれば助けてもらえるかも!」


 僕が暗い表情をしているのをしているのを見てシュナさんは明るい声でそう提案するが、パルマルは僕等を裏切った可能性が高く信用できない。

 こうなってしまっては、何とか王城へ向かい、ことの顛末をセントラルの街にいらっしゃる国王陛下に報告する必要があるだろう。パルマルの使いがどのような報告をするのかは分からないが、僕がパルマルの企て(くわだて)を直接伝えるのが一番確実だ。


 「シュナさん、助けていただいて本当にありがとうございました。僕はこのままセントラルに向かおうと思います。」


 シュナさんには事態が落ち着いたら改めてお礼に伺おう。僕はそのまま部屋を出ていこうとしたが、彼女に腕をつかまれた。

 
 「待ちなさい。あなた、魔物に襲われたときに対処できるの?あなたのいた屋敷までだって丸1日以上はかかるし、セントラルなんて歩けば10日はかかるのよ?」


 彼女の言い分はもっともだ。父から剣の扱いは習っていたが、せいぜい小型の魔物を倒せるくらい。昨日の火竜のような魔物がまたでてきたら手も足も出ない。

 でも、僕がやらなきゃいけないことだ。

 シュナさんは僕の目をまっすぐ見てから、ため息をついた。


 「他にも何か訳があるのね。いいわ、私が連れて行ってあげる。」


 突然そんなことを言い始めた。


 「関係のないシュナさんを巻き込むわけにはいきません!」


 あの時の賊の残党や、パルマルの部下がまだ僕を探しているだろう。そんな危険に彼女まで巻き込むわけにはいかない。

 だが。


 「もう決めたことだから!私もたまには街に出たかったし。あと、私のことは呼び捨てでいいわ。」


 そう言われて僕は少し泣きそうになった。冷静な風を装っていたが父が殺され、誰も頼りにできない状況だった僕には、シュナがこう言ってくれたことが何より嬉しかったのだ。実際に涙ぐんでいたから彼女には気づかれていたかもしれない。

 こうして僕たちは二人でセントラルへ向かうになったのだった。


続く



 



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