神様のいないセカイ(Novel Version)
Episode4 キッドナップ(1/2)
ミカとサーマはバザーを後にして、集合地まで歩いていた。
「あれ……?」
サーマは周囲に違和感を覚え、立ち止まる。
「どうしたの、サーマ?」
「いつもなら見張ってる衛兵がいるんだけど、見当たらないね? どうしたんだろう……?」
「そう言われてみれば、他の人たちもいないし……」
この辺りなら、住宅街も近いため、バザーを往来する人も少なくはないはずだった。一般住民や旅行者がたまたまいない、というだけならまだしも、集合地までの道のりを衛兵が見張っていないのはおかしい。
どうやら、真っ直ぐ行った道の向こうで騒ぎが起こっているらしい。
「ミカ」
サーマは砂を踏む何者かの足音を拾い、ミカに注意をうながした。ゆらりと、建物の影から数人、黒いフードをかぶった男が数人姿を現す。――いつの間にか囲まれていたようだ。
「よぉ、買い物帰りかい、坊ちゃんがた」
「な、なに……?」
じりじりと四方から迫る男たちに怯え、ミカとサーマは身を硬直させる。建物に囲まれ、逃げる隙を与えてはくれない。
「ちょっとそこまで、付き合ってもらいたいんすよ」
「痛い目見たくなきゃ、大人しくついてこい!」
フード姿の男たちは縄を取り出し、逃げ場を失った二人を荒々しく縛り上げる。
「ぐっ……」
口にくつわをされ、視界は布のようなものでふさがれる。抵抗する間もなく腕は後ろに組んで縛られ、引きずられて行く。
しばらく引きずられた後、麻袋に入れられ、かつがれたのがわかった。ごわごわとした感触と息苦しさが辛い。
揺れと、砂を踏む音が続き、時折、誘拐犯の雑談が聞こえる。
「へへへ。近くに衛兵がいるから、てっきり見つかると思ったっすけど、案外、節穴っしたね。騒ぎ様々でさぁ」
「おかげで無力なガキ数匹をかっさらって売って大儲けできる。それだけのことだ。このご時世、どこも戦争、戦争で人手不足。その用途は労働力、跡継ぎ――そうだな、こっちの珍しい金髪くらい見た目が良ければお飾りにもできる。いいビジネスだろ?」
「あっ?! アニキ!!!」
何が起きたのか、一人が頓狂な声を上げる。砂を蹴り上げる音と風が伝わってきた。
「……なっ?! お前、なんで……!」
ドッ、と、何かが誘拐犯の体にぶつかった音が聞こえ、砂の上に誘拐犯が倒れ込むのがわかった。誘拐犯は苦しそうなうなり声を出したかと思うと、途端にうなり声は風の通り過ぎるような音に変わり、途絶えた。
「や、や、やめっ! くるな!!!」
もう一人の誘拐犯は慌ててミカの入った麻袋を手放す。その直後、ひゅっと風を切る音が鳴ったと思うと、どさりと砂の上に倒れ込む音が聞こえた。
麻袋ごと落とされたミカは地面に落ちる衝撃を受けたものの、砂が柔らかかったお陰か、大した痛みはなかった。辺りが静かになった後、麻袋が裂かれ、新鮮な空気と、母が死んだ時を思い起こすあの血なまぐさいにおいが微かに鼻に入ってきた。
誘拐犯は一体どうしたのか、一緒に誘拐されたサーマは無事なのか、ミカは暗闇の中でどうしようもない焦りと不安に襲われていた。
ミカの口を封じていたくつわがそっと優しく外される。
「……ミカ、今、目隠しをほどくから」
視界が暗闇から解放され真っ先に目に入ったのは、誘拐犯たちの無残な姿だった。
「サーマ……こ、この人たち……!」
喉が裂かれ、鮮血が首からあふれ出ている。
見ると、サーマの片手には血が付着した短剣が握られていた。ミカは何度人の死んでいく様子を見ても恐ろしく、悲しく思い、慣れないというのに、サーマの死体を見る目は異様なほどに冷静で、ミカは砂の上に転がる死体よりも、サーマに恐怖を抱いた。
「その、ナイフは……?」
ミカは聞いてはいけないと分かっていながら、得体の知れない恐怖からか、もしくは好奇心からか、震える声でたずねていた。
「気にしないで」
サーマは短剣をふと見てから、突き放すように言い、誘拐犯の身につけていたマントで短剣に付着していた血液と油をぬぐった。
「今は、逃げよう。逆の方向へ行けば元の場所に戻れるはずだ」
彼は、自分の知るサーマなのだろうかと、ミカは不安を覚えていた。
竪琴のことも、そして誘拐犯の死と短剣。これまで自分に見せていた顔は偽りだったのではないか。
サーマの話した鳥の話を思い出す。置いて行かれるのは、ぼくのほうだったのではないか、と、ミカはもやもやとした気持ちのまま、サーマの背中を見て歩いた。
途中、サーマがゴホゴホと激しく咳き込み、苦しそうに壁に手をついて身を屈ませた。
「サーマ!」
「こんな時に……発作なんて……」
サーマの口の端からは、血がにじんでいた。
手をついた壁の切れ間から、さっきの誘拐犯たちと同じ装いの人たちが見える。
「誘拐犯の縄張りってわけか」
サーマは息を深く吐いて体勢を直し、壁の向こうを覗く。
「僕たちくらいの背なら、身を隠せる場所がいくつかあるみたいだ。人数もそんなに多くない。行こう、ミカ」
「えっ? う、うん」
ミカは戸惑いつつ、二人で誘拐犯たちの間をかいくぐった。
サーマの観察力は頼りになった。隠れるポイントとタイミングを的確にとらえ、ミカに合図を出す。誘拐犯たちが移動する足音に合わせて動くことで、自分たちの足音を誤魔化した。大人の足音に比べ、子供である二人の足音は浮かせて忍ばせることで小さく済んだ。
居眠りをしている誘拐犯の仲間らしき男の前を通る時は隠れる場所もなく、冷や冷やしたが、完全に眠っていたようで助かった。
随分と遠い道のりに思えたが、集合地からも見える特徴的な屋根が建物の向こうに見え始め、自然と足は速まる。
「待って、ミカ」
サーマが囁き、建物の影にミカを引き込んだ。
何事かと見ると、誘拐犯のボス格だろうか、恰幅の良い男が部下を六人ほど引き連れて、薄暗い路地をのしのしと歩いて来る。
「おい。ハマドとタラールの野郎どもはどうした? 高い酒を用意して待ってるっつって、出迎えもねぇのかよ。車は用意できてるんだろうな」
慌てて出て来た部下らしき人たちに不機嫌そうな声で怒鳴る。
「大変です! ハマドとタラール、ハカムのやつも殺されてます!」
「なんだと?!」
さっきの誘拐犯たちの名前だろうか。ミカは彼らが死んでしまったことを思い出すと、身が震えた。見つかったら、ただでは済まないだろう。
「あいつら、子供をさらってきたんすよ。ボスも喜ぶだろうって……」
「で? その子供はどうしたんだよ。あいつらが死んだのはどうでもいいが、騒ぎを起こしてやった俺のお陰だろう。子供は?」
「それが……いないんです。まさか、警備隊に気付かれて……?」
「はぁぁぁ?! なんだ、それ?! クソがッ!!! クソッ!!! ひとまず退散だ! 利益にならねぇっ!」
恰幅の良い男を中心に、誘拐犯たちは仲間に事態を知らせにその場を去って行った。
ミカとサーマは辺りに誘拐犯たちがいないことを確認して、建物の影から出た。
「行こう」
サーマはミカの手をつかんで走る。度々、サーマは苦しそうに咳き込むが、二人は必死だった。
「あれ……?」
サーマは周囲に違和感を覚え、立ち止まる。
「どうしたの、サーマ?」
「いつもなら見張ってる衛兵がいるんだけど、見当たらないね? どうしたんだろう……?」
「そう言われてみれば、他の人たちもいないし……」
この辺りなら、住宅街も近いため、バザーを往来する人も少なくはないはずだった。一般住民や旅行者がたまたまいない、というだけならまだしも、集合地までの道のりを衛兵が見張っていないのはおかしい。
どうやら、真っ直ぐ行った道の向こうで騒ぎが起こっているらしい。
「ミカ」
サーマは砂を踏む何者かの足音を拾い、ミカに注意をうながした。ゆらりと、建物の影から数人、黒いフードをかぶった男が数人姿を現す。――いつの間にか囲まれていたようだ。
「よぉ、買い物帰りかい、坊ちゃんがた」
「な、なに……?」
じりじりと四方から迫る男たちに怯え、ミカとサーマは身を硬直させる。建物に囲まれ、逃げる隙を与えてはくれない。
「ちょっとそこまで、付き合ってもらいたいんすよ」
「痛い目見たくなきゃ、大人しくついてこい!」
フード姿の男たちは縄を取り出し、逃げ場を失った二人を荒々しく縛り上げる。
「ぐっ……」
口にくつわをされ、視界は布のようなものでふさがれる。抵抗する間もなく腕は後ろに組んで縛られ、引きずられて行く。
しばらく引きずられた後、麻袋に入れられ、かつがれたのがわかった。ごわごわとした感触と息苦しさが辛い。
揺れと、砂を踏む音が続き、時折、誘拐犯の雑談が聞こえる。
「へへへ。近くに衛兵がいるから、てっきり見つかると思ったっすけど、案外、節穴っしたね。騒ぎ様々でさぁ」
「おかげで無力なガキ数匹をかっさらって売って大儲けできる。それだけのことだ。このご時世、どこも戦争、戦争で人手不足。その用途は労働力、跡継ぎ――そうだな、こっちの珍しい金髪くらい見た目が良ければお飾りにもできる。いいビジネスだろ?」
「あっ?! アニキ!!!」
何が起きたのか、一人が頓狂な声を上げる。砂を蹴り上げる音と風が伝わってきた。
「……なっ?! お前、なんで……!」
ドッ、と、何かが誘拐犯の体にぶつかった音が聞こえ、砂の上に誘拐犯が倒れ込むのがわかった。誘拐犯は苦しそうなうなり声を出したかと思うと、途端にうなり声は風の通り過ぎるような音に変わり、途絶えた。
「や、や、やめっ! くるな!!!」
もう一人の誘拐犯は慌ててミカの入った麻袋を手放す。その直後、ひゅっと風を切る音が鳴ったと思うと、どさりと砂の上に倒れ込む音が聞こえた。
麻袋ごと落とされたミカは地面に落ちる衝撃を受けたものの、砂が柔らかかったお陰か、大した痛みはなかった。辺りが静かになった後、麻袋が裂かれ、新鮮な空気と、母が死んだ時を思い起こすあの血なまぐさいにおいが微かに鼻に入ってきた。
誘拐犯は一体どうしたのか、一緒に誘拐されたサーマは無事なのか、ミカは暗闇の中でどうしようもない焦りと不安に襲われていた。
ミカの口を封じていたくつわがそっと優しく外される。
「……ミカ、今、目隠しをほどくから」
視界が暗闇から解放され真っ先に目に入ったのは、誘拐犯たちの無残な姿だった。
「サーマ……こ、この人たち……!」
喉が裂かれ、鮮血が首からあふれ出ている。
見ると、サーマの片手には血が付着した短剣が握られていた。ミカは何度人の死んでいく様子を見ても恐ろしく、悲しく思い、慣れないというのに、サーマの死体を見る目は異様なほどに冷静で、ミカは砂の上に転がる死体よりも、サーマに恐怖を抱いた。
「その、ナイフは……?」
ミカは聞いてはいけないと分かっていながら、得体の知れない恐怖からか、もしくは好奇心からか、震える声でたずねていた。
「気にしないで」
サーマは短剣をふと見てから、突き放すように言い、誘拐犯の身につけていたマントで短剣に付着していた血液と油をぬぐった。
「今は、逃げよう。逆の方向へ行けば元の場所に戻れるはずだ」
彼は、自分の知るサーマなのだろうかと、ミカは不安を覚えていた。
竪琴のことも、そして誘拐犯の死と短剣。これまで自分に見せていた顔は偽りだったのではないか。
サーマの話した鳥の話を思い出す。置いて行かれるのは、ぼくのほうだったのではないか、と、ミカはもやもやとした気持ちのまま、サーマの背中を見て歩いた。
途中、サーマがゴホゴホと激しく咳き込み、苦しそうに壁に手をついて身を屈ませた。
「サーマ!」
「こんな時に……発作なんて……」
サーマの口の端からは、血がにじんでいた。
手をついた壁の切れ間から、さっきの誘拐犯たちと同じ装いの人たちが見える。
「誘拐犯の縄張りってわけか」
サーマは息を深く吐いて体勢を直し、壁の向こうを覗く。
「僕たちくらいの背なら、身を隠せる場所がいくつかあるみたいだ。人数もそんなに多くない。行こう、ミカ」
「えっ? う、うん」
ミカは戸惑いつつ、二人で誘拐犯たちの間をかいくぐった。
サーマの観察力は頼りになった。隠れるポイントとタイミングを的確にとらえ、ミカに合図を出す。誘拐犯たちが移動する足音に合わせて動くことで、自分たちの足音を誤魔化した。大人の足音に比べ、子供である二人の足音は浮かせて忍ばせることで小さく済んだ。
居眠りをしている誘拐犯の仲間らしき男の前を通る時は隠れる場所もなく、冷や冷やしたが、完全に眠っていたようで助かった。
随分と遠い道のりに思えたが、集合地からも見える特徴的な屋根が建物の向こうに見え始め、自然と足は速まる。
「待って、ミカ」
サーマが囁き、建物の影にミカを引き込んだ。
何事かと見ると、誘拐犯のボス格だろうか、恰幅の良い男が部下を六人ほど引き連れて、薄暗い路地をのしのしと歩いて来る。
「おい。ハマドとタラールの野郎どもはどうした? 高い酒を用意して待ってるっつって、出迎えもねぇのかよ。車は用意できてるんだろうな」
慌てて出て来た部下らしき人たちに不機嫌そうな声で怒鳴る。
「大変です! ハマドとタラール、ハカムのやつも殺されてます!」
「なんだと?!」
さっきの誘拐犯たちの名前だろうか。ミカは彼らが死んでしまったことを思い出すと、身が震えた。見つかったら、ただでは済まないだろう。
「あいつら、子供をさらってきたんすよ。ボスも喜ぶだろうって……」
「で? その子供はどうしたんだよ。あいつらが死んだのはどうでもいいが、騒ぎを起こしてやった俺のお陰だろう。子供は?」
「それが……いないんです。まさか、警備隊に気付かれて……?」
「はぁぁぁ?! なんだ、それ?! クソがッ!!! クソッ!!! ひとまず退散だ! 利益にならねぇっ!」
恰幅の良い男を中心に、誘拐犯たちは仲間に事態を知らせにその場を去って行った。
ミカとサーマは辺りに誘拐犯たちがいないことを確認して、建物の影から出た。
「行こう」
サーマはミカの手をつかんで走る。度々、サーマは苦しそうに咳き込むが、二人は必死だった。
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