全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

一枚上手

「ヴェノ……気付いてたのか?」

「えぇ、もちろん。マジックアイテムというのは、あの水晶ですよね?」

そう言って、ヴェノが指し示した先には、拳大こぶしだいの水晶が浮かんでいた。

その外見は先程、ルクスリアが見せたものと瓜二うりふたつであり、壁際に置かれた戸棚の奥から出て来たようだ。

まぁ、出て来たというより、ヴェノが魔法で引っ張り出したという方が正しいか。

「あぁ、その通りだけど……。まさか、気付いた上で放置してるとは思わなかったぞ」

魔王城にある、ヴェノの私室に仕掛けられた水晶を、ルミナリエが回収した――その話を聞いた時から違和感はあった。

部屋の主である魔王が気付かない物を、ルミナリエが先に見つけるなんて、あり得るのだろうかと。

しかし、気付いているなら処分しないはずが無い……という先入観にとらわれて、『ルクスリアが仕掛けた直後に、ルミナリエが偶然、通りかかったのだろう』と軽く考えていたのだ。

とはいえ、真相は予想の斜め上だったけど。

「さっきも言ったように、ルクスリアさんの魔力にしか反応しない作りになっていましたから。それと、彼女が【対になる水晶】を所持しているのも確認しましたし」

「ただ水晶を見ただけで、片割れの存在まで見抜くとは……流石さすがだな」

この水晶が、2つで1つのマジックアイテムだというのは、ルクスリアに聞かなければ分からなかった事だ。

しかし、魔王は片方の水晶を見ただけで、対となる水晶の存在まで看破し、それがルクスリアの手にあるという事まで把握していた。

つくづく魔王の規格外ぶりを思い知らされるな。

「あの……ですが、どうして使えるのが私だけなら問題ないと思われたのですか?」

予想外のヴェノの発言に固まって、黙り込んでいたルクスリアが、ようやく口を開く。

その顔には、戸惑いと少しの期待がけて見えた。

そんなルクスリアを安心させるように、ヴェノは柔らかな笑みを浮かべる。

「ルクスリアさんが相手なら、不快に感じる事も、悪用される心配もありませんからね。貴方あなたは自他ともに認める【魔王の右腕】なのですから。この程度の信頼は当然です」

「……私には勿体もったいないほど、ありがたい御言葉です」

万感の思いを込めて、先程とは違う意味で頭を下げるルクスリア。

よくよく見れば、そんな彼女のほおに、一滴のしずくが伝っているのが分かる。

今回の一件を不問にされた事よりも、魔王の惜しみない賛辞さんじが何よりも嬉しい。

そんな気持ちが、はたから見ているだけで伝わってくる程に、今のルクスリアは舞い上がっていた。

魔王の目をくぐって盗聴した事を後ろめたく思っていたルクスリアだけど、どうやらヴェノの方が一枚上手いちまいうわてだったらしいな。

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