全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

七星剣

「あの男は……ガンマ・アークトゥルスですね。七星剣しちせいけんの序列3位、アークトゥルス家の長男です。受験者リストに名前がっていたので、ここに居ること自体は問題ありません。しかし、まさかとは思いますが姫様に何か無礼でも?」

もしも、はい、と答えたら、その瞬間にガンマとやらの首が飛ぶのではないか。

そんな予感を抱かせる程の殺気を放ちながら、アイネに事情を尋ねるルクスリア。

その冷徹れいてつ眼差まなざしに、アイネがビクッとおびえてしまったので、俺は仕方なく間に割り込み、ルクスリアの視線をさえぎった。

「おいおい、それじゃあ落ち着いて話が出来なくなるだろ? ……悪いな、アイネ。コイツは、ルミナリエの事になると過剰かじょうに反応するもんだから」 

「い、いえ。大丈夫です。さっき少しだけ話しましたけど、ルクスリアさんがルナちゃんを大切にしているのは充分に伝わって来ましたから」

そう言えば、ルクスリアは第2演習場で、二人と話してたんだっけ。

既に面識があるなら、コイツの親バカ(?)ぶりを知ってても、おかしくないか。

「す、すみません。私としたことが、つい取り乱して八つ当たりの様な真似まねを……」

「本当に気にしてませんから、ルクスリアさんも、どうか気にしないで下さいっ」

「……ありがとうございます」

屈託くったくのないアイネの笑みを向けられて、その言葉に嘘が無い事を確信したのだろう。

ルクスリアは、それ以上、蒸し返すような事はせず、素直に厚意を受け取った。

「……それで、いったい何があったんだ?」

部屋の中央に視線を向ければ、相変わらず、一触即発の空気をただよわせている、ルミナリエとガンマの姿があった。

ガンマは筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな巨漢の魔族で、ひたいから一本のねじれた角が生えている。

(見た目の)歳相応に小柄なルミナリエと向かい合うと、まさに大人と子供ほどの体格差だ。

ただし、放っている圧力は、ルミナリエがまさる。

とはいえ、そんな彼女のプレッシャーを正面から受けて平然としているのは、さすが七星剣の一角と言うべきか。

「えっと……実は私が原因なんです。二人が言い争ってるのは」 

「……なるほどな、どうせアレだろ? 1次試験の時と同じで、人間だっていう理由でからまれたんじゃないのか?」

「えぇ、まぁ……。人間が突破できる程度の基準を試験に設定してるなんて、魔王学園も大したことないと。あるいは、私が不正したんじゃないかと」

「……ほう? 魔王様の定めた合否の基準に不満があると?」

先程の反省を活かしているのか、ルクスリアは無闇に威圧感を与えないように、穏やかな笑みを浮かべている。

と言っても、目は全く笑っていないし、り上げた口角がヒクついているので、キレているのが丸分かりだ。

まぁ、これでも頑張って抑えているのは伝わってくるし、わざわざ指摘したりはしないけど。

「そんで不正ときたか。試験会場では監視役の教官が何人も目を光らせてたし、魔王自身も採点のために見張ってたってのにな」

人間差別だけでなく、魔王に対する間接的な批判まで混じっているとなれば、ルミナリエが腹を立てるのも無理ないな。

「ええっと、それが……。私が事前に【女の武器】を使って裏口入学を目論もくろんだのでは無いか? と……」

ほおを赤く染めて、モジモジと恥ずかしそうにするアイネ。

受けた侮辱ぶじょくに対して、それほど深いショックを感じていない様子なのは不幸中のさいわいか。

「……なるほど、良く分かりました。アークトゥルス家の跡継あとつぎは、品性もデリカシーも無い、クソ野郎だったのですね。まぁ現当主も粗野そやおとこだったので、あの親にして、この子ありという所でしょうか」

いや、お前だって、クソ野郎とかいう品性の欠片も無い言葉を使ってんじゃねぇか。

……とはいえ、ルクスリアの気持ちも分かる。

何の根拠もなく、憶測おくそくで“身体を売った”などと口にするのは名誉毀損めいよきそんはなはだしいし、同じ女性としては尚更なおさら、頭に来るだろうからな。

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