全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

ちょっと、ひと息

「――という訳だ。今回の事件の概要がいようは、こんな感じだな」

あれから、すぐにルクスリアの後を追い、学園長室へと転移した俺は、試験開始から騒動が起きるまでの、一連の流れを説明していた。

「……」

俺が話をくくった、丁度そのタイミングで、ルクスリアが空のカップとソーサーを静かに下げて、新しい物と交換する。

さっきまでは、俺も魔王もコーヒーを飲んでいたが、新しく出されたカップには琥珀色こはくいろの液体がそそがれており、立ち昇る湯気と共に、ホッとする香りが辺りに広がった。

「……良いにおいだな」

紅茶とおぼしき優しい香気こうきに気持ちがやわらぎ、無意識に呟くと、魔王の隣に控えていたルクスリアが、キョトンとした顔を見せる。

「セクハラですか?」

「お前の事じゃねーよ!?」

せっかく人が素直に褒めてんのに、どんな返しだ!

「ふふっ、冗談ですよ。気に入って頂けたようで何よりです。それは、私が数種類の茶葉を配合して作ったオリジナルブレンドで、魔王様にも大好評ですから」

上品に口元を隠して、クスクスと笑いつつ、誇らしそうに胸を張るルクスリア。

初めて会った時は、クールで融通のかなさそうな相手だと思ってたけど、意外と冗談も言うし、ポンコツだったりするし、なんだかんだ良く笑ってるし、随分ずいぶんと印象が違うよな。

まぁ、森でも言ったように、まだ出会ってから日も浅いんだし、新たな一面が見えてくるなんて当たり前か。

「あはは……。最近は、これを飲まないと寝られない身体になりつつあるんですよね」

言葉では困っているような事を言いながら、スプーン1杯分のミルクと蜂蜜はちみつを投入し、嬉しそうに口に運ぶヴェノ。

そして、コクリと一口分だけ飲み込むと、はふぅ〜、と息を吐いて至福の表情を浮かべた。

ルクスリアのやつ、着々と胃袋をつかんでやがる……。

まさかとは思うけど、何かヤバいもんとか入ってないだろうな?

「……なんですか、シルクさん。その疑惑ぎわく眼差まなざしは。心配しなくても、致死性ちしせいの毒なんて入っていませんよ」

「その言い方だと、致死性じゃない毒は入ってるように聞こえるんだけど?」

「……まぁ、薬ですら使い方をあやまれば毒になると言いますし、何が毒になるかなんて分かりませんよね」

物騒ぶっそうだな、おい!」

とはいえ、毒なんて入ってたら、一発で分かるし、もし飲んだとしても効かないんだけどな。

「……それにしても、シルクさんはすごいですねぇ。ルクスリアさんの、こんなに楽しそうな姿は初めて見ました。彼女が、これほど心を開いてる相手なんて滅多めったに居ませんよ?」

「なっ、ま、魔王様!?」

俺たちのり取りを、のほほんと眺めていた魔王の発言に、ルクスリアが動揺し、持っていたトレイを落とす。

「へぇー、そうなんだ。魔王と二人の時は、あまり笑ったりしないのか?」

「そ、そんな浮ついた気持ちで魔王様の前に立てる訳ないでしょう!」

慌てて拾い上げた盆で、赤くなった顔を隠すルクスリア。

そんな初心うぶな反応に、つい嗜虐心しぎゃくしんそそられて、追撃を仕掛けようと口を開く。

「えっ? でも、お前って魔王のこと――」

「シ・ル・ク・さ・ん?」

「じ、冗談だって……」

しかし、ひたい青筋あおすじを浮かべて微笑ほほえむルクスリアの圧力に押され、あっさりと引き下がった。

「本当に、お二人は仲が良いんですねぇ」

そんな状況でも呑気のんきに紅茶を楽しむ魔王は、やっぱり大物だと改めて思い知らされたのだった。

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