全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ

雪月 桜

豹変(ひょうへん)

「……ハァ? 人間のくせに、なに生意気なこと言ってくれちゃってんの?」

アイネの勝利宣言を受け、言葉に怒気どきにじませる魔族の少女。

自分の魔法を格下(と思っている相手)に防がれた事もあり、その怒りは爆発寸前まで高ぶっているようだ。

先程までの、ふざけた声のトーンも、すっかり低くなっている。

「お、おい。コイツの相手は不味まずいんじゃないか? 撤退して他の受験者をねらった方が……」

そして、彼女の肩をつかんだ魔族のセリフが最後の一押しとなった。

「……なに? アタシに指図さしずしようっての?」

「い、いや、そういう訳じゃ――あああっ!?」

「貴方!? いったい何を!?」

魔族の少女は流れるような動きで、ふところからナイフを取り出し、そのまま仲間に突き刺した。

そして、激痛にあえぐ少年は、ナイフを胸から生やしたまま、不気味に痙攣けいれんして地面に倒れる。

あの反応を見るに、どうやら毒が仕込んであるようだ。

「人間相手に気付けづくなんて……魔族の風上にも置けない恥さらしだわ。足を引っ張るしか能が無いなら、そうやってつくばってなさい?」

そう言って、冷ややかな眼差まなざしで少年を見下ろしつつ、彼の胸から乱暴にナイフを引き抜く少女。

一切の遠慮も、配慮も、気遣いも感じられない荒っぽい動きで、余計に傷が広がり、辺りに血溜ちだまりが広がっていく。

「い、いや……。嫌ぁぁぁっ!」

その光景を至近距離で目の当たりにしていた、彼らの最後のメンバーが、半狂乱はんきょうらんになって逃げ出していく。

仲間だと思っていた相手が、なんの躊躇ためらいもなく味方を刺したのだから無理もない。

次に刃を突き立てられるのは、自分かも知れないのだから。

「ふんっ。この程度で何をビビってるんだか。あの女も用済みね。……さて」

しかし、残った少女は逃げる相手を追いかけるつもりは無いらしく、ユラリとアイネに向き直る。

その気持ち悪い動きと、狂気に染まったひとみに、流石さすがのアイネもわずかにたじろいだ。

しかし、今も苦悶くもんうめき声を上げる魔族の少年を一瞥いちべつすると、顔付きが変わった。

「……仲間じゃなかったんですか?」

「ハァ? そんなの、アンタに関係ないじゃん? それに言ったでしょ。コイツは魔族の恥さらしだって。せっかく殺しの許可も出てる事だし、ここで消した方が……って、最終的には医療スタッフだかに回復されちゃうんだっけ? 良かったね、試験が終わったら助かるよ。頑張れ、頑張れ〜」 

馬鹿にするような声音で、魔族の少年を応援する少女。

そして、そんな彼女を悲しそうに見つめたアイネは静かに構えを取った。

「いいえ。そんなに待たせません」

トンッ、と軽く地面をった直後、砲弾ほうだんのような勢いで飛び出したアイネが魔族の少女に肉薄にくはくする。

「ハッ、読めてんのよぉ!」

言葉の通り、魔族の少女は、アイネの動きに反応できている。

上手く意表を突いた、さっきの二人のように、一撃で沈めるのは難しいだろう。

それどころか、迂闊うかつふところに飛び込めば、毒ナイフによる反撃を食らう可能性すらある。

――ただし、魔族の少女は根本的な勘違かんちがいをしていた。

「なっ、テメェ!」

「くっ!」

アイネの狙いは少女の撃破ではなく、魔族の少年を確保する事だったし、毒ナイフで切られる事も最初から覚悟の上だ。

結果、相手の悪あがきで、わずかに背中を切られたものの、アイネは魔族の少年の奪取だっしゅに成功した。

そして、そのまま森の中へ逃げ込んでいく。

その動きは毒の影響で明らかににぶっているものの、アイネの瞳には強い決意の光が宿っていた。

「ぜったい……死なせないから!」

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