全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
ご注文の転生先は◯◯ですか?
「……守らなきゃ。……守らなきゃ」
「……敵ながら尊敬に値しますね。そこまで呪いに侵され、自我を失いながらも、まだ殺意に染まりきっていないとは」
魔界歴4218年。
世界の中心であり、絶対不可侵となっている無人島に、二つの人影があった。
一人は魔王ケルベノム。
平均的な成人男性の2倍はありそうな体躯を誇る筋骨隆々な壮年の偉丈夫だ。
血の気のない青白い肌と、額から生えた“く“の字型の2本の角が、彼の種族を端的に示している。
もう一人は勇者シルク。
まだ幼なさの残る顔立ちで、この世界では珍しい黒髪と、同色の瞳が特徴的だ。
細身ながらも限界まで鍛え抜かれた身体つきで、魔王にも引けを取らない闘気を放っている。
ここは本来であれば、天然の毒素によって部外者の存在が拒絶される絶海の孤島だ。
そこで悠然と立っていられるのは、世界中を探しても、この二人くらいだろう。
……いや、“悠然と”というのは語弊がある。
何故なら勇者シルクは、光を失った虚ろな眼差しで、両腕をだらりと下げ、ブツブツと譫言を呟く、幽鬼のような有様に成り果てているのだから。
とはいえ、それは島の毒素とは何の関係もなく、彼を蝕んでいるのは全く別の力。
そんな彼が、一歩踏み出すたびに、右手に握られた聖剣が大地を削り、耳障りな音を響かせる。
「……守らなきゃ。……守らなきゃ」
「しかし、だからこそ残念でなりません。いっそ、ただの狂人であれば、私も躊躇なく力を振るえたのですが……。守るべき者を失い、それでも立ち止まる事を許されない、今の貴方を手に掛けるのは非常に不本意です」
魔王の言葉にも、一切の反応を示さない勇者。
彼は相変わらず、ボソボソと意味のない言葉を繰り返しながら、無防備に魔王に近付いていく。
「……守らなきゃ。……守らなきゃ」
「しかし、このような形であったとしても、貴方と出会えた幸運には感謝すべきでしょうね。……やはり、私は間違っていなかった」
「守ら――カハッ!?」
一瞬で距離を詰めた魔王は、拳の一撃で勇者の聖剣を粉砕し、貫手で心臓を突き破った。
そして、背中まで貫通した腕を掲げ、勇者を持ち上げたまま、その身体に魔法陣を描いていく。
「貴方を縛る永遠の憎悪から解放するため、私は転生という前人未到の領域に挑みます。ですが、私だけの力では不可能です。私の【力】と貴方の【力】。二つが合わさって、ようやく実現する奇跡ですから。だから、貴方が望む時代、望む場所を強く心に描いて下さい。……いつか、そこで貴方と再び会えることを願っていますよ」
その言葉を最後にして、“俺の”感覚は全て遮断された。
…………。
……………………。
………………………………。
何も見えない。
何も聞こえない。
何にも触れられない。
けれど、恐怖は感じない。
肉体だけでなく、恐怖を感じる心もまた、存在しないのだから、それは当然のことだ。
……しかし、だとしたら、なぜ意識だけは残っているんだろう?
それに、さっきまで見ていた夢は?
そんな疑問を抱いていたのは、一瞬の事だった。
何故なら、俺という存在の【核】となる部分から、まるで枝葉が伸びるようにして、全身の感覚が広がっていったからだ。
瞼の向こうに光を感じ、周囲の音も聞こえ、どこかに寝そべっている様な感触が背中に伝わってくる。
そして、ゆっくりと目を開けた俺は、大の字で寝転んだまま五感の調子を確かめることにした。
まずは視覚から。
見たところ、ここは室内のようだけど、目の前に広がる景色は、まるで霧がかかったように不明瞭だ。
しかし、それは身体の機能に異常があるという訳ではなく、外的要因によるものだろう。
次に触覚。
背中に感じる硬い感触に加えて、ムワッと頬を撫でる湿度の高い風が、感度良好だと告げている。
こちらも問題は無さそうだ。
それから、ずっと気になっていた、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
どうやら、嗅覚も正常に機能しているらしいな。
……ここで、そろそろ身体を起こす。
すると、一滴の汗が口に流れた。
うん、普通にしょっぱい。
味覚も異常なしっと。
そんな感じで全身の感覚を確かめていた俺だけど、ここで、ようやく周囲の気配に気付く。
そして――、
「きゃあああ!? どうして、男の人が!?」
若い女性の悲鳴が、この広い空間に、やたらと反響した。
………………よしっ、最後の聴覚も支障なしだな!
と、そんな風に現実逃避していると、俺の身体が、一瞬で縛り上げられた。
「くっ、まさか魔王様のお膝元である魔王学園の女子寮――それも大浴場に忍び込むとは、なんという大胆不敵な変態でしょうか。あの方の忠臣として、このルクスリアが断罪して差し上げましょう!」
そんな威勢の良い啖呵と共に、俺の前に現れたのは、空色の長い髪を靡かせた、うら若き乙女。
彼女は紫の瞳で眼光鋭く、こちらを睨んでいるが、バスタオルを纏っただけの格好なので、今ひとつ迫力に欠ける。
そして、やたらと情報量が多いセリフだったけど、その中でも、ある一言が俺の記憶を刺激した。
魔王様。
……そう、そうだよ!
さっきまで見ていた光景は、決して架空の夢なんかじゃない。
俺の過去……いや、今となっては前世と呼ぶべき時の記憶だ。
どうやら、魔王の言っていた転生が無事に成功したらしい。
とはいえ――、
『貴方が望む時代、望む場所を強く心に描いて下さい。……いつか、そこで貴方と再び会えることを願っていますよ』
あの言葉が本当なら、俺が女湯に侵入したいと心から願ってる変態みたいじゃないか!
……これは、あれだな、きっと魔王の手違いだ、そうに違いない。
どうやら魔王にとっても初めての試みだったようだし、失敗は誰にでもある。
俺からすれば、呪いから救ってくれた恩人な訳だし、文句を言うのも筋違いだろう。
だけど――、
「って、貴方! 良く見たら全身、血塗れじゃないですか!? もしや何かの事件に巻き込まれた被害者ですか!? それとも自分の血で女性を汚したい特殊な嗜好の持ち主なんですか!? 黙ってないで、ハッキリして下さい!」
このカオスな状況は、いったい、どうしたら良いんですかね?
「……敵ながら尊敬に値しますね。そこまで呪いに侵され、自我を失いながらも、まだ殺意に染まりきっていないとは」
魔界歴4218年。
世界の中心であり、絶対不可侵となっている無人島に、二つの人影があった。
一人は魔王ケルベノム。
平均的な成人男性の2倍はありそうな体躯を誇る筋骨隆々な壮年の偉丈夫だ。
血の気のない青白い肌と、額から生えた“く“の字型の2本の角が、彼の種族を端的に示している。
もう一人は勇者シルク。
まだ幼なさの残る顔立ちで、この世界では珍しい黒髪と、同色の瞳が特徴的だ。
細身ながらも限界まで鍛え抜かれた身体つきで、魔王にも引けを取らない闘気を放っている。
ここは本来であれば、天然の毒素によって部外者の存在が拒絶される絶海の孤島だ。
そこで悠然と立っていられるのは、世界中を探しても、この二人くらいだろう。
……いや、“悠然と”というのは語弊がある。
何故なら勇者シルクは、光を失った虚ろな眼差しで、両腕をだらりと下げ、ブツブツと譫言を呟く、幽鬼のような有様に成り果てているのだから。
とはいえ、それは島の毒素とは何の関係もなく、彼を蝕んでいるのは全く別の力。
そんな彼が、一歩踏み出すたびに、右手に握られた聖剣が大地を削り、耳障りな音を響かせる。
「……守らなきゃ。……守らなきゃ」
「しかし、だからこそ残念でなりません。いっそ、ただの狂人であれば、私も躊躇なく力を振るえたのですが……。守るべき者を失い、それでも立ち止まる事を許されない、今の貴方を手に掛けるのは非常に不本意です」
魔王の言葉にも、一切の反応を示さない勇者。
彼は相変わらず、ボソボソと意味のない言葉を繰り返しながら、無防備に魔王に近付いていく。
「……守らなきゃ。……守らなきゃ」
「しかし、このような形であったとしても、貴方と出会えた幸運には感謝すべきでしょうね。……やはり、私は間違っていなかった」
「守ら――カハッ!?」
一瞬で距離を詰めた魔王は、拳の一撃で勇者の聖剣を粉砕し、貫手で心臓を突き破った。
そして、背中まで貫通した腕を掲げ、勇者を持ち上げたまま、その身体に魔法陣を描いていく。
「貴方を縛る永遠の憎悪から解放するため、私は転生という前人未到の領域に挑みます。ですが、私だけの力では不可能です。私の【力】と貴方の【力】。二つが合わさって、ようやく実現する奇跡ですから。だから、貴方が望む時代、望む場所を強く心に描いて下さい。……いつか、そこで貴方と再び会えることを願っていますよ」
その言葉を最後にして、“俺の”感覚は全て遮断された。
…………。
……………………。
………………………………。
何も見えない。
何も聞こえない。
何にも触れられない。
けれど、恐怖は感じない。
肉体だけでなく、恐怖を感じる心もまた、存在しないのだから、それは当然のことだ。
……しかし、だとしたら、なぜ意識だけは残っているんだろう?
それに、さっきまで見ていた夢は?
そんな疑問を抱いていたのは、一瞬の事だった。
何故なら、俺という存在の【核】となる部分から、まるで枝葉が伸びるようにして、全身の感覚が広がっていったからだ。
瞼の向こうに光を感じ、周囲の音も聞こえ、どこかに寝そべっている様な感触が背中に伝わってくる。
そして、ゆっくりと目を開けた俺は、大の字で寝転んだまま五感の調子を確かめることにした。
まずは視覚から。
見たところ、ここは室内のようだけど、目の前に広がる景色は、まるで霧がかかったように不明瞭だ。
しかし、それは身体の機能に異常があるという訳ではなく、外的要因によるものだろう。
次に触覚。
背中に感じる硬い感触に加えて、ムワッと頬を撫でる湿度の高い風が、感度良好だと告げている。
こちらも問題は無さそうだ。
それから、ずっと気になっていた、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
どうやら、嗅覚も正常に機能しているらしいな。
……ここで、そろそろ身体を起こす。
すると、一滴の汗が口に流れた。
うん、普通にしょっぱい。
味覚も異常なしっと。
そんな感じで全身の感覚を確かめていた俺だけど、ここで、ようやく周囲の気配に気付く。
そして――、
「きゃあああ!? どうして、男の人が!?」
若い女性の悲鳴が、この広い空間に、やたらと反響した。
………………よしっ、最後の聴覚も支障なしだな!
と、そんな風に現実逃避していると、俺の身体が、一瞬で縛り上げられた。
「くっ、まさか魔王様のお膝元である魔王学園の女子寮――それも大浴場に忍び込むとは、なんという大胆不敵な変態でしょうか。あの方の忠臣として、このルクスリアが断罪して差し上げましょう!」
そんな威勢の良い啖呵と共に、俺の前に現れたのは、空色の長い髪を靡かせた、うら若き乙女。
彼女は紫の瞳で眼光鋭く、こちらを睨んでいるが、バスタオルを纏っただけの格好なので、今ひとつ迫力に欠ける。
そして、やたらと情報量が多いセリフだったけど、その中でも、ある一言が俺の記憶を刺激した。
魔王様。
……そう、そうだよ!
さっきまで見ていた光景は、決して架空の夢なんかじゃない。
俺の過去……いや、今となっては前世と呼ぶべき時の記憶だ。
どうやら、魔王の言っていた転生が無事に成功したらしい。
とはいえ――、
『貴方が望む時代、望む場所を強く心に描いて下さい。……いつか、そこで貴方と再び会えることを願っていますよ』
あの言葉が本当なら、俺が女湯に侵入したいと心から願ってる変態みたいじゃないか!
……これは、あれだな、きっと魔王の手違いだ、そうに違いない。
どうやら魔王にとっても初めての試みだったようだし、失敗は誰にでもある。
俺からすれば、呪いから救ってくれた恩人な訳だし、文句を言うのも筋違いだろう。
だけど――、
「って、貴方! 良く見たら全身、血塗れじゃないですか!? もしや何かの事件に巻き込まれた被害者ですか!? それとも自分の血で女性を汚したい特殊な嗜好の持ち主なんですか!? 黙ってないで、ハッキリして下さい!」
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