聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

23 絶対零度

「師匠、今のはどうッスか!?」
「いや師匠じゃねぇよ。どうもこうも瞬殺じゃねぇか」
「むぅ〜、まだ教えるレベルじゃないって事スか。精進するッス!」
「は?あ、おい聞けや……はぁ」

 先日と同じなだらかな山に、今日は討伐の依頼を受けて勇者パーティは訪れていた。
 あれからクロディーヌは何かと師匠扱いで迫り、それをルストはあしらっていたのだが、さすがに彼も疲れたように溜息をついた。

「おいラクス。お前メンバーの教育どうなってんだ?」
「教育なんてしてないよ。そんなに長いメンバーでもないしね」
「まともに返してんじゃねぇよ。どうにかなんねぇのかアレ?」

 横に立つラクスに話を振るルストに、ラクスは楽しそうに笑う。

「いいじゃないか。ぜひ師事してあげてよ」
「アホか。『瞬剣』だぞ?国家認定の最高峰剣士『剣神』に次ぐ一角とまで言われるようなヤツに教える事なんざねぇよ」
「でも一応勝ったじゃない。まぁたまたまでしょうけど」

 いつの間にかルストの隣、ラクスの反対側に立つリーネが会話に混ざる。
 ルストは討伐対象のオークを次々と斬り捨てていくクロディーヌから視線を外してリーネに向けた。

「それこそたまたまだろ。まともにやったら勝てるワケねぇだろ?」
「ふん、やっぱりそうなのね。で?どうして勝てたの?」
「あ? まぁ隠す必要もねぇか。……あれはな、あいつの速さへの自信を利用しただけだ」
「自信?」

 リーネもクロディーヌから視線をルストに向けるが、その視線を受け取ったルスト目配せでクロディーヌを指す。

「よく見てみろ、速さ勝負だって感じに相手が構える前に似たような太刀筋で斬ってるだろ?」
「……まともに目で追えないんだけど」
「じゃあやられたオーク見てみろ。似たような傷ばっかだろ」
「んー……あ、そうね。左脇か首ばかりだわ」
「そ。そんだけでも速さが半端じゃねぇから敵に届くんだよ。んで、俺にも同じ事をしてきたワケだ」
「ふふ、クロディーヌなりに悔しかったんだろうね」

 つまりあの時、本気になる前にルストが回避した剣筋と、最後に放った剣筋は同じであった。
 速さこそ違えど、来る方向が分かっていれば対処は難しくないとルストは言い放つ。

「なるほどね。つまりクロディーヌがどこからでも斬りかかってきたら勝てないってワケ」

 納得したように頷くリーネに、ルストは肩をすくめる。それを肯定と受け取ったリーネはふんと鼻を鳴らした。

「まぁそんなもんよね」
「そんなもんだ。だから困ってんだよ、あの師匠扱い」
「そうね。もし『瞬剣』の師匠を倒して名を売りたい、なんて輩が出てきたら困るわよね。アンタなんかボコボコにされるわよ」
「……いや、面倒だから、だろうけど」

 売名行為の腕自慢に負けることを困ってると言うリーネの横で、ラクスは単にそういった輩の相手が手間なだけだろうと小声で呟いた。
 リーネには届かない呟きだが、ルストには届いていた。が、彼は両者の言葉に肯定も否定もせず肩をすくめる。

 そもそも、例え剣筋が分かっていても対応出来ないからこその『瞬剣』なのだ。
 初撃を回避し、本気の剣速を前に対応した上に強引に剣を弾き飛ばすなど、分かっているからと容易なはずがない。
 もっともそれをラクスは口にはしない。彼があまり実力をひけらかす性格ではない事は知っているからだ。

「おとりさん!」

 そんな時、ルストの背中にしがみついていたムムが溌溂とした声で叫ぶ。それにルストとリーネは首を傾げた。

「ん?囮さん?」
「ムムちゃん、クロディーヌは囮でも生贄でもないわよ?」
「いや違うでしょ。鳥だよ。ほらあれ」
「え?あ、ほんとね。ファイアバードかしらね」

 呆れたようなラクスの言葉でルストとリーネは上空を見上げると、そこには翼からチロチロと炎を覗かせる鳥が無数に飛んでいた。
 ファイアバードと呼ばれた鳥型の魔物は、視線をクロディーヌの方に向けて旋回している。

「オークの死体漁りってとこか」
「だろうね。だいぶ派手に斬り捨てちゃってるから匂いにつられたかな」

 ルストとラクスが頷き合ってる内にクロディーヌも気付いたらしく、鋭い身のこなしで下がってきた。

「師匠、鳥ッス!どうやったら飛んでる相手を斬れるか教えて欲しいッス!」
「剣投げたら?」
「なるほどッス!」

 納得すんのかよ、と内心で呟きながら見ていると、黙って座っていたリィンがするりとルスト達の前に進み出た。

「……『逆氷柱』」

 ぽつりと呟かれた小さな言葉。だが、目の前の光景に訪れた変化は劇的なものだった。
 パキパキと所々で音を立てながらリィンの目前からオークの足元が凍りつき、更にその氷の絨毯と化した地面から先の鋭い氷柱が空へと向かって大量に伸び始めたのだ。

「ブォオオオッ!!」
「グゲェエエッ!!」

 クロディーヌの斬り残しのオークと、無数のファイアバードの体を貫く氷の槍。何尾かのファイアバードが慌てたように旋回して回避しているものの、氷柱から枝分かれした氷の槍が剣山のように広がって逃げ惑う炎の鳥を貫いていく。 オークとファイアバードが断末魔の悲鳴を上げた。

「おぉ〜っ!さすがリィンちゃんッス!やるぅ!」
「……これくらいなら」
「かっこいい〜っ!」

 褒め称えるクロディーヌにリィンは本当に大した事なさそうに呟く。
 そんなリィンに抱きついて撫で回しているクロディーヌ。そんな姿を見て、リーネとルストが呟く。

「何よあれ」
「あぁ、すげぇな」
「うん、そうね。すごいかわいいわ」
「は?」

 何言ってんだ?とこれでもかと顔に書いたルストがリーネを見やるが、リーネはただリィンを凝視していた。
 よく見ると少し血走った目でリィンを見ている姿は、誰がどう見ても聖女と言う事はないだろう。
 
 クロディーヌ代わりなさい、なんて小声でぶつぶつ言っているリーネからそっと視線を外してルストは溜息をつく。マジか俺、こんなのに仕えなきゃいけねぇの?

「どうだい、ルストの眼鏡にはかなったかな?」
「なんで俺が偉そうみたいな言い回しすんだよ、辞めろ勇者様。……まぁさておき、かないすぎだろ。すげぇ魔法だな」
「ルストは『絶対零度』を知ってるかな?」
「は?……っておいおい、マジかよ」

 ラクスの唐突な話の飛躍に一瞬顔をしかめたルストだったが、すぐにその内容を理解して驚愕したように目を丸くさせた。

「若いって噂は聞いてたけど、むしろ幼いの域じゃねぇか。 つーかお前よく引きこめたな」
「苦労したんだよ?」

 驚くルストに、その顔が見たかったと嬉しそうに笑うラクス。
 
 『絶対零度』。若くして膨大な魔力と類稀なるセンスを有する氷魔法のエキスパートとして名を知らしめる魔法使いの二つ名である。
 魔力は年齢を理由に衰える事はない。その為、高齢の魔法使いがどうしても強力な魔法使いとして君臨する魔法使いの世界において、新進気鋭のスーパールーキー。

 それこそが彼女、リィン・フローズであった。

「うわ、すっげぇ。俺二つ名持ちの魔法使い見たの2人目だわ」
「そこは1人目じゃないんだね」
「つーかクロディーヌといいリィンといい、下手したらお前と『勇者』を入れ替わりかねねぇメンバーだな」
「そうだね。君が言ったじゃないか、そんな雑魚に囲まれて魔王なんか倒せるかって」

 からかうような笑みを浮かべ見てくるルストに、ラクスも同種の笑みを浮かべて視線を返す。
 その言葉にルストは目を丸くして一拍、眉根を寄せてポツリ。

「……言ったっけ?」
「ええぇっ?!覚えてないの?!言ったよ!なんて失礼なヤツだなって思ったよ!ソーディアもエレンもブチギレてたからね!」
「ソーディア?エレン?」
「あの時居た2人だよ!勇者候補!うっわぁ〜……見返してやろうとこれでもかと勇者強い仲間を探したのに、忘れてるなんて……」

 頭を抱えるラクスにルストは顎に手を当てて眉根を寄せて必死に記憶を漁っているようだが、その結果は芳しくないようだ。

「……で?その2人はどこ行ったんだ?」
「ルスト、思い出せない事を誤魔化したね?……あの2人なら、君を見返すと行って鍛え直しにそれぞれ地元に帰ったよ。今も鍛えてるんじゃない?」
「ふわふわじゃねぇか、把握してねぇのかよ。冷たいヤツだな」
「忘れてた人に言われたくないよ!」

 そんな事を言ってる内に抱き着いてくるクロディーヌと参加したリーネから脱出したリィンがラクスの前に小さく駆け足で近寄ってきた。
 
「……ラクス、帰ろ」
「ん?あぁそうだね。あ、その前にオークの討伐証明の耳だけ回収しないと」
「……これ」

 そう言って両手で布の袋を差し出すように見せるリィン。
 血で赤く染まった袋を人形のような美少女が無表情で見せてくるという、微妙にホラーな絵面を前に、しかしラクスは笑顔を浮かべる。

「あ、いつの間に?さすがリィン、しっかりしてるね」
「……私なら魔術ですぐ終わるし」
「うん、ありがとう。それじゃ死体だけ処理して帰ろうか」
「私がしとくわよ」

 ラクスの言葉にリーネが澄ました態度で言う。リィンを抱きしめて満足そうな表情の余韻を残しており、頬が少し緩んでいたが。
 そんな締まらない彼女の言葉の一拍、聞こえない程ぼそりと呟かれた詠唱の後、オーク達の死体は真っ赤な炎に包まれ、炭と化したのであった。


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