聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

15 決意の卒業

 王国が勇者パーティのメンバー募集をした際には、千を超える猛者が集まる程の名誉。
 成せば一生豪遊出来る報酬と歴史に名を刻む栄光。
 
 危険は当然あるが、それを上回る価値があるとされる旅への誘いの言葉を受け取ったリーネは、

「…………えぇ、っとぉ……」

 どうにも歯切れが悪かった。

「あれぇ?!」
「あ、いや……はい、冗談ですよ。ほら、聖女ジョーク。勿論です、お邪魔しますわ」

 そう言いつつ明らかに気乗りしていない様子のリーネに、ラクスは冷や汗をダラダラと流す。
 え、マジで?そんな感じ?と焦った様子だ。

「これリーネ。ふざけとる場合か。しっかりせい」
「いや、ちゃんとやりますよ。あれでしょ、聖女の看板を背負ってる、ですよね?」
「そうじゃなくだな……いや、それでよいわ」

 聖女という〝教会の顔〟の看板を背負ってる。そう言ってルドニークはよく自由奔放なリーネに説教をしてきたのだ。
 しかしこの場合は『世界の為に』という、それ以上の目的の為だと言って欲しかった。

「えっと、では……よろしくお願いします。リーネさん」
「あ、はい。勇者様、宜しくお願い致しますわ」

 そんな会話をそれはもう苦々しい苦笑いを浮かべるラクスだが、これ以上聞かないようにする為か追求はせずに話をまとめる。
 それに合わせてニッコリと笑ってカーテシーをするリーネ。
 いかにも聖女らしい笑顔は、なんとも空々しかった。

「はは……」
「おぉ!面白そうな聖女が入ったっスね!」
「……うん、珍しい聖女」
「唐突に珍種扱いは辞めてくれません?えっと……」

 引きつるような苦笑いのラクスを他所に、クロディーヌとリィンが笑顔で割って入った。
 そんな2人に若干圧のある笑顔で返すリーネに、言わんとする事に気付いたクロディーヌがニカっと笑って言う。

「ボクはクロディーヌ!よろしくねリーネちゃん!」
「ちゃん……」
「あはは、仲間になるんだしさん付けも変でしょ?」
「いっそ呼び捨ての方が……いや、いいです。よろしくねクロディーヌ」
「うん、よろしくっ!」

 なんか言っても無駄に終わりそう、と思ったリーネは溜息をついてちゃん呼びを受け入れた。

「……あたし、リィン。よろしく、リーネ」
「よろしくねリィン。…………かわいいわね」
「……え?」
「いや、なんでもないわ」

 空色の髪を揺らして小首を傾げるように小さくお辞儀をする小柄なリィンに、リーネはニヤけそうになる頬を必死に抑えた。

「じゃあな、なんちゃって聖女。飯、ごっそさん。旅頑張れよ」

 順番的に次は俺、という感じにルストが片手を上げて笑う。
 どこか好青年めいた爽やかな笑顔で言い放ちながら片手を上げてみせる。
 
 その発言でピシリと固まる勇者様を他所に、ノータイムで口を開いたのはリーネだ。

「誰がなんちゃってよ!バリバリの聖女でしょ!」
「えっ?」
「その本当に驚いた顔辞めなさい!」
「……えと、それより聞きたいことが…」
「はぁ?!それどころじゃっ……どうぞ勇者様」

 立ち直って言い合いに割って入ったラクスに、言い合いの勢いのまま口を開きかけたリーネが途中でわざとらしく聖女の笑顔。
 引きつる頬を押さえられないラクスはしかし気合いでそれをおさえつけてルストに聞く。

「えっと、ルストは近衛だよね?主人を置いてくのかい?」
「たった今近衛は卒業したんだ」
「いやいやそんな心機一転のノリで辞めれるもんなの?」
「あ、そうよね。ありがとね、助かったわ。元気でやんなさいよ」
「ええぇっ?!」

 ルストだけでなくリーネまで頷くので驚くラクス。

「おう、じゃあな」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「お待ち下さい!ラクス様!」
「いや待つのは俺じゃなくてっ……ってアンジェリカ様?」

 もう用はないとばかりに、さらっと立ち去ろうとするルストを止めようとしたラクスに声をかけたのは項垂れていたアンジェリカ。
 無視する訳にもいかずにアンジェリカに振り返るラクスと、何を考えたかルストも足を止めて顔だけ振り返って立ち止まる。

 視線が集まるアンジェリカは、それらに構わずラクスだけを見つめていた。
 どこか吹っ切れたような、決意を固めたような表情で口を開く。

「私も、着いて行きます」
「えっ?」
「お、おいアンジェリカ?」

 それに驚いたのはラクスとルドニークだ。特にルドニークは驚愕に戸惑いと困惑の表情を混ぜていた。

「何を言っているだアンジェリカ。お前は勇者殿に選ばれず、ここで聖女として…」
「聖女はたった今卒業しました。今までありがとうございました」
「いやいや待て待て。……え、卒業流行ってるのか?」

 国の象徴であり根幹となる機関のアリア教、そのトップである聖女を勇者に差し出したのは今代に2人の聖女が居たからに他ならない。
 2人とも連れて行かれると国の運営にさえ影響が出ると、慌てて止めようとするも、混乱したせいか微妙に逸れた発言が漏れる。

「えぇ、最先端の流行です。ですので私も乗りますね。では聖王様、お元気で」
「嘘をつけ。いや違う、そうじゃなくて、待て、それは困る。勇者殿からも何か言ってやってくれませんかね」
「えっと……」
「ラクス様」

 ラクスも驚愕が抜けないまま、しかし聖王に言われたように口を開こうとする。が、それをアンジェリカの静かながらも決意を感じる声が止める。

「私は確かに決闘で負けましたし、聖女は卒業しました。ですが、聖女と呼ばれるまでの実力を今日この日の為に高めて参りました。どうか、どうか私をお連れ下さい」
「……!」

 いや卒業とかあるの?とか、今日のことを予知していたような口振りに疑問を持たなかった訳ではない。
 しかし、それを口にするのも憚られる程に強い意志を放つ視線に、ラクスは言葉が出ない。
 
 それはルドニークも同じなのか、アンジェリカの眼を見たまま言葉を失ったように瞠目して閉口していた。

「…………」

 その視線から目を逸らさずに受け止めたまま、ラクスは黙考する。 
 聖王の考えはラクスにも理解出来た。
 聖女が2人同時に君臨する事は過去にない事だが問題にはならない。
 
 しかし、聖女が居ないという事はかつて無く、大問題と言える。
 歴代の聖女は、辞任までに後継者を用意する事が多い。 突発的に亡くなった等の場合は聖王や教会が選ぶ事もあるが、基本的に聖女は着任期間に後継者を見繕い、指導なり共に行動して背中を見せる等をして後継者を用意しているのだ。

 しかし現在の聖女は2人いるという点と、2人とも若いという事から後継者の用意は無い。
 つまり、アンジェリカとリーネが教会を離れば歴史上初の聖女が居ない期間が生まれてしまう。
 
 それは聖国の権威の低下や、アリア教信者の信心に影響が出かねない。
 最悪、国の発言力の低下に繋がり、そうなれば争っている国同士の仲裁の際の抑制力も弱まり、ともすれば戦争が増えるという事態さえ考えられた。

 魔王という人類共通の敵を討つという目的の為に、人族内同士の争いの抑制力の低下を招く訳にはいかない。
 そう考えるラクスの肩に、不意に手が置かれた。

「………ルスト?」

 それは、感情を見せない表情でラクスを見るルストだった。


「聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く