聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

8 ギリギリの治療

「マリィーーッ!!」

 シスターに案内されてリーネが向かった先は大教会にある救護室だ。
 走る勢いそのままに扉を蹴り飛ばして入室するリーネ。聖女らしからぬ、というより子供でも怒られるような粗野な入室方法だが、それを真っ先に叱るであろうマリーの叱責はない。 リーネはベッドの上に横たわるマリーを見て顔を青くする。

「え、な、マ、マリー……?」

 そこには青褪めた自身よりも血の気のない、土気色の顔色で目を瞑るマリーが居た。
 腹部は手当ての為か服がめくりあげられており、痛々しい包帯は血で滲んでいる。
 
 周囲には複数のシスターが取り囲んでいるが、どうやら聖法を身につけた者達はすでに手を尽くしたのか、聖力を使い果たしたようでグッタリとしていた。

 その凄惨な様子にリーネは頭が真っ白になって固まった。

「早くしろ暴力聖女ぉ!!まだ間に合うっ!!」

 そんなリーネの鼓膜を激しく打つ声に、リーネはハッと我に返る。
 そして反射的に声の方に視線を向けると、用意されていた近衛の黒い服を血で汚したルストが居た。

「アンタ、これっ」
「良いから早く!治癒聖法を!急げ!!」

 血塗れのルストに「まさか犯人はお前か」とか「なんでこんな事に」など、様々な言葉が喉で混線して引っかかるような感覚を覚えるも、それらを一括して吹き飛ばすような鋭い声に肩を揺らす。
 軽薄な印象からは想像も出来なかったような鋭い眼光に、ごちゃごちゃとしていた心と体が一気に動き始める。

「っ!〝神よ、癒しの光を我が手に!〟『聖光光輪』!」

 幾分簡略した詠唱を素早く唱え、詠唱を鍵に聖力を聖法へと変換。三重に連なる光輪がマリーの上に現れ、金の輝きをもってマリーを照らした。

「〝汝、その姿を我に示せ!〟『鑑定』!」

 『聖光光輪』を維持したまま簡略詠唱、並列発動させた『鑑定』により、限定的ではあるが対象の情報を調べていく。
 ともに上級聖法であり、それを簡略詠唱で難なく並行発動するリーネにルストは目を瞑るが、称賛や感嘆の言葉を口にする事はなくすぐにマリーの方に視線を向ける。

「っ!」

 リーネは『鑑定』によりマリーの状態の確認を終えた。
 腹部を鋭い刃物にて斬り裂かれており、内臓にも達する、致命傷。加えて血を失っており、体力も大きく低下している。

「ウソっ……!」

 その情報にリーネは再び顔を青くした。

 治癒聖法は傷を修復出来る力。上級ともなれば部位欠損でもしない限りは修復する事が可能である。
 今回でいえば傷こそ深いものの、欠損も無ければ切れ味の良い傷口が幸いして、修復自体はリーネの腕があれば不可能ではない。

 だが、治癒の代償として本人の体力が必要となる。
 治療は本人の自己治癒力を聖法で補助、加速させているのだ。その大元である生命力ーーつまり体力があまりに不足していれば、治すには至らない。

 そしてリーネの見立てでは命の危険から逃れるまでの治癒までにマリーの生命力が足りるかは微妙なところだった。

 否、希望的観測を抜きにすればーー足りない。

「ウソよ、そんなっ……!」

 目の前の残酷な現実に倒れそうになる体を足に力を入れて必死に踏ん張り、乱れそうになる聖法を必死に維持しながらも、絶望に顔を歪めるリーネ。
 
「どうした?!」
「マリーの生命力がっ……!」

 ルストの鋭い声音にリーネは泣きそうな声で叫ぶ。それを聞いて事態を理解したルストは舌打ちしながらも怒号にも似た声で叫ぶ。

「『生気譲渡』は?!」
「っ!で、でもっ、聖力が足りない…っ!」

 『生気譲渡』は体力、即ち生命力を受け渡す聖法だ。使い所も少なく効果は休めば戻る体力を他人に渡すだけの聖法。
 そのくせ上級の中でも扱いが困難な聖法だが、リーネなら可能だろうとルストは叫ぶ。
 
 だが、幾人もの聖法でも致死の域から抜け出せないマリーの傷を治癒するのに進行形で莫大な聖力を注ぎ込んでいるリーネには、別の聖法を扱う余力は無かった。

 マリーはだんだんと傷と共に呼吸が整っていたが、今度はその呼吸がか細いものへと変わっていく。

「マリー……っ!」

 死を迎えた老人のような寂寞とした気配を放つマリーに、リーネはとうとう堪えていた涙をその大きな瞳から溢れさせた。

「ムムっ!」
「うんっ!」

 周囲のシスター達も息を呑む中、ルストは横に居るムムを呼ぶ。
 円卓の間の扉で待機させていたはずのムムが何故ここに居るのか、という疑問さえリーネには浮かばなかった。
 
 ムムは名前だけで内容を理解したのか、力強く頷いた。座り込んでいた体を立ち上がらせ、小さな体をルストに向ける。

 そして、

「いただきまーす!」
「「え」」

 思い切りルストの腕に噛み付いた。
 
 思わず目を点にするシスター達。

「かちゃい……」

 だがどうやらルストの筋肉質な腕が固かったのか、涙目で噛み付いたまま呻く。
 幼く可愛らしいムムの涙目は普段なら可愛いとシスター達もつい微笑む所だろうが、さすがにそんな状況ではなく頭上に「!?」を浮かべるばかりだ。

「ふざけてる場合じゃねぇぞムム!」
「ふざけるのはアンタ達よ!」

 叫ぶルストに怒鳴るリーネ、リーネの言葉に頷くシスター達。
 だが、そんな妙な空気に構わずルストは舌打ちしながら周囲を見渡す。

「これ借りる!」

 そして見つけた包帯を切るのに使われたハサミを掴み、

「えっ?きゃあっ!」
「ちょっ、何してんのよ!」

 シスター達の悲鳴とリーネの困惑の声が響くのを無視して、ルストはそのハサミを自らの腕に突き立てた。

「あー…ってぇ。おいムム!」
「うん!」

 うん、じゃねぇよ。とさすがにシスター達も引いたように2人を見る。
 その目の前で、更にドン引きな光景が繰り広げられた。

「……うそ…血を飲んでる…」

 誰かが呟いたように、ムムが勢いよく流れ出る血をごっくごっくと小さい喉を鳴らして飲んでいた。
 あまりの衝撃的な展開に一周回って冷静になったシスター達の視線の先で、ムムが準備OKと言わんばかりにぐっと親指を上げた拳をルストに突き出す。

「よし、やれ」
「うん!『せいまへんかん』っ!」

 滑舌が悪いが何やら叫んだムム。え、もっかい言って?と言いたくなるような言葉に、一瞬シンと場が鎮まり返る。

「っ?!」

 だが、その一拍の後に訪れた変換は劇的だった。
 ムムから立ち昇る薄紫の魔力が、編み上げるように絡みついていき、そして球状に形を変えていた。そしてその薄紫が次第に変化していき、金色の輝きを放ち始める。

「『じょーと』っ!」

 さらにその金色の光球から再び編み上げた光を解くように帯状の輝きが伸びていき、リーネの体へと絡み付いていく。
 
「ちょっ、何をっ………っ!」

 それに慌てた様子を見せるリーネだが、己の中の聖力が高まっていく事に気付いて目を見開いた。
 
「え、ウソ……!これ、まさか、魔力を聖力に変えて譲渡してる?そんな魔法も聖法も…」

 聞いた事がない。そう続けようとして、ふと自分に向けられた視線に気付く。
 
 その視線はルストのものだ。
 動脈付近を傷つけて大量の血を流したせいかどこか弱々しい顔色の彼は、しかし鋭い眼光をもってこちらを見据えていた。

 まるで何も言わずに集中しろと言っているような気がして、リーネはグッと口を閉じてマリーへと向き直った。



 

 そして、その数分後。
 マリーの容態は落ち着き、規則正しい呼吸の音が救護室に静かに響いていた。

「はぁ、はぁっ………うぅっ…」

 乱れる息を整える事なくへたり込むリーネは、安心したのか涙とともに微かに嗚咽を漏らしている。
 その様子にシスター達は感化されたように涙を浮かべる者や、リーネと同じく安心してしゃがみ込む者も居た。

 そんな中、すっと立ち上がったルストは静かに救護室を後にした。
 今もだくだくと流れる血をそのままに、廊下の先を睨むように見据える。

――バチチッ

 そして小さな放電音と共に、その姿を消した。

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