聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜

みどりぃ

6 揃う役者

 大教会の円卓。
 その席の一角に、勇者ラクスと、勇者パーティである剣士クロディーヌと魔法使いリィンが座る。 またその斜め前にはアリア教の『聖女』アンジェリカと近衛であるパークスが座っており、少し離れた席には聖王ルドニークが座っていた。

 聖国は国家間の争いに参加しない。というより、争いを仕掛ける事が無いという方が正確か。常に中立の立場を守っている国である。
 そして、国家間での会談などに立ち合って取り持つ事もあり、その際に使われるのがこの大教会の円卓である。

 そんな古くからある由緒正しい円卓に座る1人、聖女アンジェリカが不機嫌そうに口を開く。

「いつまでこうしているのでしょう?そろそろ始めませんか?」
「まぁ待たんかアンジェリカ。……勇者殿、お待たせして申し訳ないが、しばしお待ち頂けますでしょうか?」

 アンジェリカを宥めるのは聖王ルドニークだ。
 聖女や聖王などと似たような名前だが、象徴や看板とも言える教会の『聖女』とは違い、聖王は国の統治を行う国の代表であり国の運営という実務的な側面が強い立場にある。

 その為、聖王と聖女の立場は上下ではなく別機関のトップ同士という表現が近い。だが、老齢の聖王はアンジェリカが小さい頃から目上として君臨していた事もあり、どうにも頭が上がらない事も多かった。
 白い髪と髭を蓄えた穏やかな性格と人の良い好々爺といったルドニークの質問に、勇者は少し慌てたように目の前で手を振る。

「はい、もちろんです!むしろこちらこそお時間もらっちゃって……」

 勇者は黒髪に黒い瞳とこの世界においては珍しい色合いの容姿であり、群を抜いて整った顔立ちをしていた。
 どこか優しさを感じさせる瞳は、しかし意志の強そうな整った眉の相まって誠実さが覗くようである。
 引き締まった体躯は彫像のようなバランスであり、誰もが振り返るような美丈夫だ。

「……でも、人を待たせる人なんて仲間にしたくないかも」

 その勇者の横で魔法使いであるリィンがボソリと呟く。
 
 いかにも魔法使いといった黒いローブに身を包み、両手で金属製の短かい杖をもてあそんでいる。
 空色の髪を肩までストレートに伸ばし、眠そうな目元から覗く蒼い瞳をジトっとルドニークに向ける。
 小柄で整った容姿ながら幼さが全面に出ているリィンの視線は、しかし冷たさを感じさせる魔力が覗くような瞳のせいか、妙な威圧感があった。

「まぁまぁリィンちゃん!そう言わず待つっスよ!」

 リィンの肩をバシバシと叩いて朗らかに言い放つのは剣士であるクロディーヌだ。
 快活に笑う少女は肩くらいまでの髪をポニーテールにしており、皮をベースに要所に金属を付けた革鎧のような装備に、腰には両手剣をかけている。
 灰色の瞳と髪を持ち、明るさを表したような大きな瞳と口元から覗く八重歯は猫を彷彿とさせた。

「すみません、ラクス様……貴重なお時間ですのに」
「あ、いえ。聖王様からまさか聖女様達を紹介してもらえるとは思ってなかったので、こちらこそありがたいですよ」

 アンジェリカがしおらしくラクスに謝ると、ラクスは困ったような笑顔で首を振る。

「まぁ……お優しい方。今代の勇者様は素敵な殿方ですのね」
「いや、そんな……」
「「……………」」

 先程の不機嫌そうな顔から一転して柔らかく微笑むアンジェリカ。 ラクスはまさに聖女らしい優しい女性だな、と思いつつ謙遜している。が、同じ女性陣からすれば何か思う事があったのか、どこか観察するような視線をアンジェリカに向けていた。
 
 そんな時だ。円卓の間の扉が勢い良く、しかし音が出過ぎないような配慮された限界の速度で開かれた。

「すみませぇん!リーネ様をお連れしましたっ!」

 そこには数人のシスターがまるで包囲するように陣を組んでいた。その中心に、金糸を揺らす女性がまるで捕らえられた犯人かのように立っていた。
 そして、シスター達が解放するかのようにリーネから離れていく。それでも後方を固めているのは不意に踵を返して逃げ出さないよう警戒してか。

 とにかくも、随分と遅刻をしたもう1人の『聖女』が、ついに円卓の間に現れた。

「「「―――…………」」」

 その姿を見た勇者パーティの3人は、リーネの姿を見て言葉を忘れたように一瞬目を瞠って見入るように視線を離せなくなった。
 その完成された美の権化のような、暴力的なまでに目を引く容姿。異性であるラクスだけではなく同性のクロディーヌとリィンまでもが呆けたように見てしまう。

 その様子にアンジェリカは誰にも聞こえない音量で舌打ちする。リーネへと視線を向ける瞳には、どこか忌々しげな色があった。
 しかしそれを長くは出さない。一瞬で『聖女』の顔となった彼女は、柔らかい微笑みを浮かべてリーネへと話しかける。

「リーネ様、勇者様方までお待たせしてどちらにいらっしゃったのですか?」
「付き人のマリーの姿が見えなく、心配で探してまして……勇者様、お待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした」
「えっ……」
「あ、いやっ……って、付き人のお方は見つかったのですか?」

 アンジェリカの言葉に答えつつラクスに謝罪するリーネ。 アンジェリカは驚いたように目を瞠る。ラクスはその言葉にハッと我に返ったように返事をしてから、やっと内容が耳から頭に届いたように心配した。
 そのラクスに申し訳なさそうな、それでいて付き人を想うような眉尻の下がった微笑みを浮かべてリーネは言う。

「いえ、まだなのですが……今は私の近衛が代わりに探してくれておりまして…」

 リーネからすれば「だから私を今すぐ帰せや」という意味をがっつり込めたつもりなのだが、円卓を囲う面々からは望む反応は一切返ってこなかった。

 ラクスはリーネの微笑みに目を奪われ、クロディーヌは付き人を心配するように、リィンは先程の苦言を恥じるように眉尻を下げた。
 対して、聖国組は目を丸くしていた。それはもう言葉を忘れたようにピシリと固まり、今にも濁音のついた「え」という声が聞こえてきそうな表情である。

「…………………リーネ、お主、近衛……ついたのか?」

 それでも年の功か、一早くーーしかしたっぷりと時間をかけて立ち直ったルドニーク。
 それでも動揺が抜けてないのかカタコトのように話しているが。

「えぇ」
「えぇ?!」

 同じ言葉を、肯定と驚嘆のニュアンスで発するリーネとアンジェリカ。

「あのリーネがついに……神よ、感謝します」

 何故か祈るルドニーク。驚嘆の声をあげたまま再び固まるアンジェリカ。付き人の行方不明のことも頭から消し飛ぶ驚きだった。

 なんだこの空間、と思いながらもリーネは空いている席に座る。 3つ用意されている空席は、恐らくマリーと近衛の2人の為だろう。が、少なくとも近衛の席が使われる事はないと考えられていた事はこの状況から察する事が出来たが。

(そんなに驚く事かしら……)

 首を傾げるリーネだが、しかしそれは無理も無い話だったりもする。
 リーネが『聖女』となったのは6年前だ。その位に就く前から側に居るマリーは変わらず付き人として身近に置いていた。
 だが、護衛と権威の意味を備えた『近衛』については一度たりとも首を縦に振らなかったのだ。

 『聖女』の近衛ともなれば相応の立場と名誉を得る事となる。当然、それを求める戦士は山のように居る。 武功を持つ冒険者や聖国の騎士、時には他国の騎士までもが我こそはと立候補したが、しかしリーネはその全てに首を横に振ってきた。

 『聖女』は治癒聖法をはじめ多くの人々の救いという存在だが、反面狙われる事も少なくない。例えば拘束して奴隷市に売ろうものなら、希少種族とされる竜人を超える額となるだろう。
 そういった悪意から身を守る為に必要不可欠と言えるのが『近衛』なのだ。

 だが周囲の心配を他所に、リーネは6年間数々の襲撃を自ら返り討ちにしてきたのだ。
 彼女は聖力のみならず魔力も多く有しており、それを扱う攻撃魔法にも長けていた。それらを駆使して降りかかる火の粉を振り払ってきた。

 6年もの間、たった1人で。

 その姿に誰もが彼女に近衛を用意する事を諦めた。集う猛者達も守る立場のはずの彼女の魔法の前に敗れ、ついには声を上げる者も居なくなっていく。
 そうしていつしか治癒の極地とされる『聖女』でありながら、高い武力を備える『異端聖女』という名が聖国で広まる事となっていったのだ。

 ともあれそうした経緯を知る2人はなかなか驚愕から立ち直れなかったが、そんな様子のおかしい聖女と聖王に首を傾げながらもラクスは本題を切り出す。

「えっと……それで、どちらかが魔王討伐に参加してくれる、という事で良いんですかね?」

 この発言でやっと、本当にやっと。
 勇者パーティに『聖女』が加わるか、そして誰が選ばれるかという会談が始まった。

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