サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第16話 砂漠の城塞サンドフォート

 翌朝。

 幌の上にいるニーザが、馬車の荷台の中を覗いてきた。宙に逆さまになって、髪の毛がだらりと下がる。嬉しそうな表情だ。

「ねえねえ、大きな町が見えてきたよ!!」

 スリードは寝ぼけ眼をこすり、荷台の後方から身を乗り出して、行く先を見てみた。

 城塞都市が見える。

(あれがサンドフォートか)

 旅の出発点となる町だ。


 ※ ※ ※


 結局、スリード達はニーザの頼み――ナジュラ族を助けに行くこと――を引き受けることにした。

 本来なら、引き受ける必要の無いことではある。それぞれ目的が、ニーザの頼みと噛み合っていない。スリードは蒼麟を追っており、アルマはそのスリードの側に着いていく。オリガら自警団三人娘は、自分達に酷いことをしたナラーファ達に仕返しをしたいと考えている。ナジュラ族の村へ行くことは、単なる寄り道でしかない。

 ただ、今やれることがほとんどないのもまた事実であった。

 そもそもスリード達の敵は、どこへ移動してしまったのか、見当もついていない。この広い大陸を闇雲に探しても、まず見つけられるはずがない。

 そして、敵の狙いはスリードだと聞いている。もしそうだとしたら、わざわざ追いかけなくても、向こうからまた姿を現すことだろう。

 あとは、ニーザの提案が的を射ていたこともある。

 スリードはいつの間にか手配書を回される賞金首となっていた。その手配書を発行したのは、なぜか西にあるヴェストリア帝国だという。

(僕は淫魔王の血を引いていて……トリックスターという奴が師匠を使って、僕をおびき出している。一方で、ヴェストリア帝国は僕の首に賞金をかけて、命を狙っている)

 トリックスター一味に加えて、新たにヴェストリア帝国という第三の勢力が現れた。いっそ全て無視する手もあるかもしれないが、それでは永遠に蒼麟と会うことは出来ないし、第一いつまでも逃げ隠れできるような相手ではない。

 だから、スリードは決めた。一番手っ取り早い方法を。ヴェストリア帝国と対決しているナジュラ族の村を目指して旅をしつつ、道中で現れるであろうトリックスター一味と対決するという、最もシンプルなプラン。

 アルマやオリガも、その案に異存は無かった。


 ※ ※ ※


 馬車はサンドフォートの城門を通り抜けた。後方へ城壁が流れていくのが見える。町の中も、地面は砂で覆われている。典型的な砂漠の町だ。馬車は大通りを進んでいき、小さな露店がいくつも並ぶバザールを突っ切っていく。

「バンパイアバットの羽はいらないかね!万病に効くと評判だよ!」
「サゼフト産の宝石、スカラベだよ!! リラクゼーション効果の高い魔法波を発生させているんだよ!!」
「さあさあ、お客さん! ヴェストリアに行くなら、サンドライダーズの待ち構える砂漠を通り過ぎなければならない……でも、この魔獣が封印された瓶を使えば、悪霊たちなんてイチコロでやっつけちまうさ!! 今なら金貨10万枚で売るよ! さあ、どうだどうだ!」
「誰か、媚薬は要らないかねー?どんな女でも股を開く、魔法の媚薬はー」

 サンドフォートは要塞都市であるが、どの国家にも属していない、中立地帯である。それでもバザールを抱えるだけの都市規模を誇るのは、ひとえに砂漠地帯の交通の要衝にあるからである。

 特に、砂漠の上を進む船「砂上船」の発着場所となってからは、ますます富み栄えていた。

 馬車は、賑やかな雑踏の中を通り過ぎた後、大きく左に曲がって、静かな場所に停車した。砂ぼこりが濛々と立つ。

「スリード君、先に降りて待ってて。私たちは相談することがあるから」
「うん、解った」

 オリガに言われて、スリードはニッコリと微笑み、刀を手に取った。

 荷台から降りると、「ゼブランガー旅行店」と描かれた看板が目に入ってきた。

「ふーん。ニーザ、ここで定期船のチケットを買うの?」
「うん、そうだよ! ゼブランガー旅行店は、この大陸で一番のお店だから」

 スリードより先に地面に降りていたニーザが、ニコニコ顔で近寄ってくる。

「ボク達だけなら、行きと同じ方法で山に帰れるんだけど、今はお兄さん達がいるから、定期船にするんだ♪ あっ、お金は心配しなくていいよ。行きは翼で空を飛んできたから、少しもお金使ってないんだ」
「翼で飛んできた⁉」
「そりゃ、竜人だもの」
「すごいな……ところで、ボク『達』って言ったよね。他にも誰かいるの?」
「やだなー、とぼけちゃって。誰が馬車を動かしてたと思うの」
「あ、そうか。もう一人いないとおかしいんだ」

 荷台や幌の上からでは、御者の姿がよく見えなかったから、あまり考えていなかった。だけど、確かにもう一人、ニーザの仲間がいるはずだ。

 ニーザは、「あっ」と声を出した。ラクダから降りた黒髪・長髪の青年が、こちらへ歩いてくる。端整な顔立ちだが、鷹のような眼とスラリと高い身長が、やたらと威圧感を与える。

「紹介するよ、ボクの護衛をしてくれてる、ザリタ――」

 突然、ザリタは近寄りざま、スリードを突き飛ばした。

「うわっ!」
「ザ、ザリタさん!?」

 困惑するニーザを尻目に、ザリタは砂上に倒れたスリードに向かって屈み込み、胸倉を掴んだ。

「ニーザお嬢様に近寄るな、淫魔めが」

 低い声で脅しをかけると、ザリタはすぐに立ち上がった。

「どうしたの、今の音? 何かあったの?」

 スリードの倒れた音を聞き、オリガが心配そうに外を見てくる。

「何でもない、大丈夫だ」

 ザリタは微笑みを浮かべた。スリードに対したときとは、態度が全く違う。

「そう……?」

 オリガは小首を傾げ、荷台の中に戻った。

「ひどい!どうしてこんなことするの!!」

 ニーザは怒ったが、ザリタは軽く頭を下げると、何も言わずに旅行店の中へと入っていった。

「ごめん、大丈夫? 怪我はない?」

 ただ尻餅をついただけだから、怪我のしようがない。しかし、スリードは、内心不愉快に感じていた。いきなり「淫魔」と呼ばれて突き飛ばされた日には、さすがに怒らずにはいられない。

「何だよ、あいつ」

 お尻の砂を払いながら、スリードは旅行店の中を覗いた。窓ガラスには無数の世界地図が貼られているため、完全に内部は見えないが、ザリタがカウンターに向かって何かを話しているのはわかる。

 やがて、用事を済ませたザリタが、定期船チケットを持って外に出てきた。

「お嬢様、買ってまいりました」
「ありがと。あと、ちゃんとお兄さんに謝ってよ」
「それだけは承服しかねます」

 ザリタはぶっきらぼうにチケットを渡すと、スリードとニーザの脇を足早に通り過ぎ、荷台の中に声をかけた。

「皆さん、申し訳ないが、この馬車を業者に返さねばならないので、もう降りていただけないか?」

 荷台の中にいた全員が降りると、ザリタは馬の上にまたがった。

「私は、他にも立ち寄る場所があるので、三十分はかかる。それまでは、皆さん自由にしていただきたい。集合場所は、この旅行店の隣にある酒場で。一時間後までに集まってもらおう。よろしく」

 そう早口で言うと、馬に鞭打って、馬車をどこかへ運んでいってしまった。砂が煙のように一面を覆い、風に流されて四散した。スリード達は、衣で砂煙を払った。

 残された一行は、どうしたらいいのか途方に暮れて、互いに顔を見合わせた。

「ごめん……ザリタさんって、ああいう人なんだ」

 そう言ったのは、ニーザだった。心なしか、気落ちしている様子だ。

「はあ……無愛想なのを何とかしなよって、いつも言ってるんだけどなぁ……」
「いつも言っている――にしては、効果ないみたいね」

 無愛想を通り越して、無礼である。

「とにかく、酒場に入ろ。ここも埃っぽいし、太陽がギラギラに照ってるから、喉が渇いちゃった」

 イリーナはさっきから具合悪そうにしている。メンバーの中で一番体力がなさそうな少女だけに、この暑さは厳しいのだろう。

 彼女の提案に、一同は大きくうなずいた。通りの向かいに並んでいる店は、武器屋や小物屋ばかりで、休憩できそうな場所はない。必然的に、酒場に入らざるをえなかった。

「うふふ、昼間からお酒も悪くないわね。何を飲もうかしら」

 鼻歌でも歌いそうな感じで、陽気にオリガは扉を開けようとした。

 その瞬間。

「ぐあゃあああ!!」

 と、もの凄い叫び声を上げて、大男が中から扉を破って吹き飛んできた。

「きゃあ!」

 巻き込まれたオリガは、体を弾かれて倒れてしまった。酒場の中から吹き飛んできた大男は、白目を剥いて、泡を吹きながら気絶している。

 中から、追うようにして、色黒の男が出てきた。どぎついオレンジ色の髪をした、体中に傷のある男。一目で盗賊の類だとわかる男だ。

「俺に因縁をつけるとは、いい度胸をしてやがるぜ!」

 男が野太い声で吼えた瞬間、アルマが「げっ」と小さく声を上げた。その両目が、怯えたように見開かれている。

「どうしたの?」

 アルマの異変に気が付いたスリードは、彼女が声を上げた理由を問おうとした。

 だが、オレンジ髪の男がジロジロとこちらを見てきたので、何か仕掛けられても大丈夫なようにと、相手のほうへと向いて身構えざるを得なかった。

「何だぁ、てめえらは? まあ、いい。そこで突っ立ってろ。この俺、ブランゾワ様の公開処刑を、じっくりと拝ませてやるぜ」
「ブッランゾワ!!」
「ブッランゾワ!!」

 酒場の中から、無数の下卑た声が飛んでくる。ブランゾワと名乗った傷だらけの男は、ニヤリと笑って、声の主達をなだめるように、両腕を広げた。

「オーケイオーケイ、可愛い部下ども。今日がブランゾワ様一行・貸し切りの日だってことを知らずに、俺に喧嘩を売るような素敵な彼だ。折角だから、お前達の期待に応えて、久々の『ブランゾワ・スパイラル』をプレゼントしようじゃないか」

 オオオ……酒場の中から、どよめきが上がった。

「何が起こるの……?」

 剣の柄に手をかけ、一歩退いて身構えているソフィアが、怪訝そうに呟いた。

「イッツァ・ビッグ・ショウさ、姉ちゃん」

 ブランゾワが野獣の如き笑みを見せた。金歯が眩しく光る。

 ゴッッ――

 轟音と共に、ブランゾワの姿が掻き消えた。巻き上げられた砂塵が、螺旋を描いて宙に舞う。遠巻きにしていたスリード一行は、周辺を見回していたが、やがてハッと気が付いて空を見上げた。

「ブランゾワァァァ・スパイラァァァァァァァァル!!!!!」

 遥か上空から、ブランゾワが錐もみ状に回転し、頭を下にして突っ込んでくる。オレンジのザンバラ髪が鮮明に映るため、見る者の目に螺旋状の残像を刻みつける。当人の荒っぽさとは裏腹に、美しい。

 落下してきた人間ロケットが、倒れている大男の腹部にめり込んだ。グシャバキと内臓や骨の潰れる音がし、「えべっ」と大男は吐き気をもよおす叫びを上げて、息絶えてしまった。

「くくく……」

 地面に逆立ちになっていたブランゾワは、ゆっくりと体勢を元に戻した。暴力的な自信に満ちた表情をしている。

「情けねえな、俺に喧嘩を売った割には、この程度でくたばってよ」

 死体を足で転がし「ふははははは!!」と大声で笑う。

 その様子に、スリードは眉をひそめた。

「何も、殺すことはなかったんじゃない?」
「ああ⁉」

 スリードの非難の言葉に、間髪入れずブランゾワはガンを飛ばしてきた。

「おい、小僧。俺が誰だかわかってて、そんな口きいてるのか?」
「知らないよ、お前が誰かなんて。とにかく、殺す必要は無かった、って言ってるの。彼が何をしたの? 殺されるような理由でもあったわけ?」

「てめえ、サンドフォートでのマナーを知らないみてえだな。いいか、人間から虫まで、ここで生きる者は全て、このブランゾワ様に従わなければいけないんだよ。俺のやることは、全て正義だ。何なら、それを今から教えてやってもいいんだぜ?」
「好きにすれば? 僕は、お前みたいな奴に負けるつもりはないから」
「言ってくれるじゃねえか」

 ブランゾワは、スリードに向かって詰め寄った。

 その直後、急に動きを止めた。

「お前は……」

 スリードの後ろに立っているアルマを見て、ニィ、と笑みを浮かべた。

「久しぶりじゃねえか、アルマ」

 スリードは、驚いてアルマの方を振り返った。

 アルマは、バツが悪そうな表情で、ポリポリと自分の頬をかいていた。

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