サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第9話 東国の少女ヘイユンと、混沌の精霊

スリードは、相手の言っていることが、よく理解出来なかった。頭の中で、今までの話を整理するにつれて、少しずつ目の前にいるヘイユンという人物が何者なのか、わかってくる。

淫魔王マディアスは、自分がもしも死んだ時のために、蘇生の魔法を探すよう部下に命じていた。

その部下の名はトリックスター。

そして、ヘイユンは、そのトリックスターの配下であると名乗っている。

「⁉」

スリードは数歩下がり、身構えた。

「何を企んでいる!!」

腰に手をやるが、すぐに刀が無いことに気が付く。軽く舌打ちし、拳だけで戦闘体勢に入った。

ヘイユンは哀しげに首を振る。

「私は、タオに従っているだけです」
「タオ?」
「私の横にある、これです」

スリードは、改めてヘイユンの横に立っている存在を見た。ウニャグニャと姿形を変えて、年齢も性別も定まることが無い。

「東国の民の多くが、このタオを信仰しています。神でもない、精霊でもない……解りやすく言えば、万物の根源です」
「それと、僕に接近しているのと、どういう関係があるんだ?」
「……」

黙ったままのヘイユンに、スリードは業を煮やした。

「君は、トリックスターの部下だと言ったね。ということは、淫魔王マディアスを復活させようとしているわけだ」
「はい、そうなります」
「あいつがどんな存在だったのか、自分からあんな映像を見せておいて、わからないの? 女の子達をあんな酷い目に遭わせた奴を復活させようっていうのか!!」
「それは、人間の理屈です。淫魔王マディアスは食料として、女性の体液を必要とするから――」
「僕は人間だ!君だって人間だ!」

スリードの簡潔な言葉に、ヘイユンは黙り込んだ。

「わかっています。でも、これは天命です。私が『彼』と知り合ったのも、あなたが過酷な運命を強いられているのも、抗えないタオの導きなのです」
「僕の、過酷な運命?」
「はい。お願いですから、落ち着いて話を聞いてください。私は、世界に仇なそうとしているのかもしれません。それでも、私はマディアスを復活させなければいけません。ただ、あなたに害意を加えるつもりはありません。むしろ私がマディアスを復活させる目的は、あなたを救うためにあるのです」

スリードの混乱は激しくなってきた。彼女の言うことは、少しも要領を得ない。隠していることが一つ明らかになったと思えば、新たな秘め事が現れる。そして、どんどん謎が増えていく。

「どういう意味なの?」
「言えません」
「言えない、って……」
「言えないんです。あなたは全てを知ってしまったら、自由な道を選べなくなります。私のように」

ヘイユンは目を伏せた。

それ以上、詳しい話は聞けそうにない。どうしたものかと困っていると、再びヘイユンから口を開いた。

「私自身のことや、あなたのことは、必ずわかる時が来ます。今はただ、目の前の謎について聞いてください。答えられる範囲で、お答えします」
「……」
「何も、聞くことは無いのですか? 例えば、蒼麟さんのこととか……」
「師匠について知ってるの?」
「知っているも何も、あの人は仲間です」
「仲間⁉ すると、まさか師匠まで、あのトリックスターとかいう奴の配下に⁉」
「そうです。それどころか、時計塔で暴れていたウェアライオンのエイミとも戦ったでしょう? 彼女も、私達の同志なのです」

スリードは、情報屋が残したメモのことを思い出していた。蒼麟、仲間あり、淫魔王。ヘイユンの話を聞いていくうちに、ようやくその意味が理解できた。

「そうすると、一ヶ月前にこの町で起きたテロ事件も」
「あれは別派ですね」
「別派?」
「考えてもみてください。伝説ともなっている淫魔王マディアスが存命していた時代から、どれだけ時間が経っていると思いますか? 歴史家には、マディアスが実在したなら三、四千年もの古代のことになる、という説を唱えている人もいます。最初はトリックスター一人が奮闘していたとしても、時の流れとともに、色々な考え方をする人達が現れてきます。テロを起こしたのはそういった歴史の分岐で誕生した一団なのです」
「で、君達は遅れてここへやって来た、と」
「その一ヶ月前に事件を起こした集団が、ある重要なものを所持していた、と聞いていますので。それを回収しに来たわけです」

ふと、スリードは疑問に思った。

「ねえ」
「はい」
「どうして君は、僕の前に現れたの?」
「と言いますと?」
「君はトリックスターの配下でしょう? 何で、僕に、淫魔王復活計画のことを教えたわけ?」
「それは――あなたに、事情を知った上で、お願いしたいことがあるからです」
「?」
「悪事に加担している私が言うのも、変な話ですが……」

そこでヘイユンは、スリードの目を見据え、力強い口調で言った。

「淫魔王マディアスの復活計画を、食い止めていただきたいのです」

スリードは怪訝そうに眉をひそめた。

「僕が、計画を止める?」
「はい」
「トリックスターの部下である君が、どうして計画の中止を願うの?」
「望まずして加担しているからです。しかし、私一人では限界がある。だから――」
「だから、僕? はっきり言うけど、ウェアライオンの子や、師匠に負けているような僕に、君達の計画を食い止める力なんて無いよ?」
「その点は大丈夫です。あなたは、自分が思っているよりも丈夫な体と、数奇な力に恵まれていますから。ただ、まだ十分な力を発揮出来ていません。今のままでは、二度三度と敗北を繰り返してしまいます。だから、あなたに、当面の力として――精霊の力を与えようと思います」
「精霊の力!?」

精霊は、この世の元素を司っている存在である。例えば、火の精霊や、土の精霊などがいる。創造神クーリアと破壊神デストラの激突が、各地に精霊を誕生させた、という伝説もある。

その精霊を、異国の少女ヘイユンが、スリードに宿そうとしている。

「君が何で、精霊を僕に宿せるの?」
「そういう力を持っている、としか説明のしようがないですね。基本的に、その精霊は誰に宿ることもなく、異界をさまよっています。ただ、あなたを見た瞬間、宿る意志を見せ始めました。あなたはその精霊の力を使いこなせる人間だと、精霊自身が判断したのでしょう」
「それで? その精霊は、何の精霊なの?」
「ちょうどあなたの目の前にいます」
「?」
「私の隣」

言われてみれば、さっきからヘイユンの隣に、コロコロと年齢や性別が変化する、謎の人物が立っている。

もう一度、スリードはその人物を見てみた。グニャグニャと変化する顔が、グニィと笑みを浮かべた。なんとも気持ち悪い笑顔だ。

「これが、僕を見て反応した、精霊さん?」
「はい。混沌の精霊です」
「混……沌……⁉」

だから、特定の形にとどまっていないのか。それにしてもよくわからない。火や水といったものなら、実際にこの世界に存在するから理解できる。しかし、混沌とは何なのか? いったいどういった力があるのだろうか。

「混沌とは、秩序の対極にあるものです。秩序とは、例えば足を一歩前に出せば、前に進む、といったようなもの。そういった世界のルールを根底から変えてしまうのが、混沌の力なのです」
「もっと具体的に言うと?」
「例えば、絶壁を駆け登るとか、空中でしばらく静止しているとか、ですね。また、人の何十倍もの速度で動いたり、異常な動体視力で攻撃を避けたりも出来ます。ただ、これはほんの一例です。その気になれば人間を動物に変化させたり、そよ風を突風に変えたりも出来ます」
「それって……⁉」

何でも出来るってことじゃないか、とスリードが内心驚いていると、その考えを読んだのか、ヘイユンは首を左右に振った。

「万能ではありません。この世の秩序に逆らえば逆らうほど、つまり、通常ではあり得ないことをすればするほど、大きな力を消耗してしまうのです。下手に使うと、敵との戦いの途中で、一歩も動けなくなる恐れもあります」
「なるほど……」
「でも、刀で接近戦を挑むあなたにとっては、実に有用な能力だと思います。要は、あなたのイマジネーションです。想像次第で、常識を超えた戦い方も可能です」
「ま、待って!くれるって言うのなら、欲しいけど……君の頼みは、そんなすぐには受けられないよ。マディアス復活計画を止めろ、って、急に言われても――」

そう言って、ふとスリードは気が付いた。考えてみれば、このヘイユンは、自分達を滅ぼす力を、スリードに与えようとしているのだ。仲間達が倒されることになっても、ヘイユンは構わないのだろうか。

そのことをスリードが言うと、ヘイユンは困った感じに眉をひそめ、哀しげに微笑んだ。

「もちろん、出来れば皆を殺さないでほしいです。でも、手を抜いて渡り合える人々でないことを、私は知っています。だから、最悪の展開も、十分予想はしています」

それでも――とヘイユンの顔が険しくなる。

「私達を、止めてほしいのです」
「君が僕と戦う可能性もあるんだよね?」
「あなたが私の頼みを聞いてくれても、聞いてくれなくても、現実世界に戻ったら、もう私とあなたは、敵同士です」

決意は固い。自分の命を危険にさらしてでも、スリードが計画阻止することを強く望んでいるのだ。

それなのに、どうしてトリックスターに加担するのか? スリードには、ヘイユンの考えが理解出来なかった。

まだ何か、隠された秘密があるような気がする。

「迷っているみたいですね。当たり前ですが……でも、計画阻止をしなくても、タオの精霊の力は持っていって構いません」
「えっ、いいの」
「ええ、元々、あなたの返事に関係なく、お渡しするつもりでしたし」
「じゃあ、君の要求を聞くかどうかは分からないけど、それでもこの精霊を宿しても構わないんだね?」
「あくまでも、あなたの意志で運命を選んでほしい。精霊の力をもらったからといって、私の頼みを強制的に受け入れる必要はありません」

ヘイユンに真正面から見つめられ、スリードもブルーの瞳で相手の眼を見つめ返す。しばらく二人は見つめあった。

「君には命を助けられた恩もあるけど、まだまだわかってないこともあるし、君のことだって、正直、まだ信用してない――だから、今は考える時間が欲しい」
「それをあなたが望むなら、どうぞご自由に。ただ、私には見えています」
「何が?」
「あなたの未来が」
「予知も出来るわけ?」
「いえ、予想です。それも、確かな情報に裏打ちされた予想です」
「……何か知ってるの?」
「私があなたを放っておくことは可能です。でも、私があなたを自由にしていたところで、トリックスターがあなたを自由にしなければ、意味が無いのです。トリックスターにあなたを奪われる前に、逆にあなたを戦いへと導く方が、あなたにとって一番安全な選択になる」
「えっ、トリックスター⁉ あれってもう何千年も昔の映像なんだよね? とっくの昔に死んでるんじゃ」
「もちろん初代はこの世に存在しません。ただ、代々その使命は次の世代へと受け継がれていった。血縁があろうとなかろうと、そして今、私達を率いているのは、新世代のトリックスターなのです。そして、その新世代のトリックスターは、あなたのことを狙っている」
「その、今のトリックスターは、いったい何者なの?」
「ごめんなさい。これ以上は教えられません。全てを知れば、あなたは一つの道しか選べなくなります。トリックスターとあなたの関係だけでも、あなたの運命を縛るには十分な要素なのです」
「?」
「――そろそろ、私は洞窟を出なければなりません。では、早速ですが、あなたに精霊の力を……」

ヘイユンが右手を振り上げると、混沌の精霊はニタァと笑った。グニグニした君の悪い顔を揺り動かして、蛇のように体を細くし、空中を蛇行して飛んでくる。向かっている先は、スリードだ。

「うわっ!!」

スリードが悲鳴を上げると同時に、タオの精霊は体内へと侵入していく。

いつの間にか、精霊の姿は消えていた。驚くほどスムーズに、スリードの体の中に入り込んでいったのだ。いや、精神世界だから、心の中に入っていった、と言う方が正しいのか。

ためらいがちに、ヘイユンは両手を胸の前にかざした。

「強引に精霊を宿させて、ごめんなさい……そろそろ目を覚まさせます」

続いて、何事か呟くと、真っ白な世界が少しずつ消えていく。風景の部分部分が壊れていき、新しい風景が上書きされていく。

突然、ヘイユンが頭を下げた。

「実は、もう一つ、あなたに謝らなければならないことが――」
「?」
「あなたと接触する機会を持つため、それだけのために、私は――いえ、私達は、あなたと別れた直後の蒼麟さんを、仲間に誘い込んでしまいました」
「えっ!?」
「私もそうですが、トリックスターはトリックスターで、あなたを仲間にしたいのです。だから、あなたが追い駆けている蒼麟さんを仲間にしました……私達から出向かなくても、あなたとコンタクトを取るために」
「そこまでして――どうしてそんなに僕が必要なの?」
「理由は、言えません――」

そこで、ヘイユンの言葉は途切れた。

気が付くと、スリードは洞窟の中にいた。

現実世界に戻ってきたのだ。

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