サムライだけど淫魔なので無双します ~淫魔王の血を引く少年は、剣と淫力で美少女達を屈服させる~

夕凪カサネ

第8話 淫魔王マディアス

……。

…………。

(死んだのかな)

(寒くて、暗いな)

無の空間に漂いながら、スリードは眼を閉じた。実体が無いのだから、実際には眼を閉じた感じ、なのだが。

(気持ちいいな。このまま溶け込んでいくのかな。だったら、もう寝よう)

……。

…………。

「それでいいのですか?」

(⁉)

声が聞こえた。

スリードが辺りを見回すと、無の空間に存在するはずの無い、一人の女性が立っていた。

(立っている?無の空間に?)

そう思った瞬間、風景が現れた。

石造りの、殺風景な部屋。

壁面に足枷付きの鎖が垂れ下がっており、あちらこちらに拷問道具や、拘束具が置かれている。

「ここがどこだか、わかりますか?」

さっきの声がした。

声の主はスリードの後ろにいた。振り返ると、一人の少女が立っている。

シャギーのかかったセミロングヘアの、大人しそうな印象の少女だ。肩までストレートに伸びる、淡い紫色の髪の毛が、落ち着いた感じを与える。眼は細いが、柔らかな光を帯びている。

ゆったりとした青い魔道衣の上に、小さめの黒のコートを羽織っている。これは、東国風のデザイン。

「あなたと話せる時を待っていました。こちらから出向こうと思っていたのですが、仲間に怪しまれるといけないので、あなたから近付いてくるのを望んでいたのです」
「君は……?」
「どうせ、すぐにわかります。それより、ここがどこだか、当ててみませんか?」
「そう言われても、これだけじゃ……」
「じゃあ、これならどうです?」

風景が変わった。目の前に、灰色の塔がそびえ立っている。禍々しい雰囲気の塔に、スリードは見覚えがあった。

「たしか……ここは」

言いかけて、ドキッとする。そこは、自分が生まれる遙か前に消えたはずの場所だ。そもそも実在したのかもわからないところ。

「でも、間違いない。僕にはわかる。ここは――淫魔王マディアスの塔だ!」
「そうです。ここは、淫魔王マディアスが根城としていた塔。そして創造神クーリアによって封印された際に、マディアスの塔もまた崩壊しました。現在はありません」
「なんで……僕はこの塔のことを、知っているんだ?」

スリードの疑問には答えず、少女は次の話を始めた。

「淫魔王マディアスは、この塔で、世界各地の女性達を全てさらい、性の奴隷としました。目的は、食料である女性の体液の摂取。マディアスを倒そうとした女戦士も、淫魔王に取って代わろうとした女モンスターも、みな、なす術もなく餌食となりました」

この少女が、何の目的があって淫魔王マディアスの話をするのか、スリードには理解出来ずにいた。

「それを倒したのが、創造神クーリア」

風景が一瞬の内に、再び変化する。

『ギャアアアアアアアアアアア』

世にもおぞましい絶叫を上げ、人の形をした何かが、光に包まれて蠢いている。その光は、白い衣装に身をまとった美少女より放たれたものだ。最終的に、光の中にいる人型の何かは、内側から破裂し、肉片を四散させ、吹き飛んだ。

そこで、風景がまた変わった。

一人の男が、天蓋のついたベッドの上に横たわりながら、背中から何本もの触手を伸ばして、複数の女性に絡みつかせている。

「ああ、あ……」
「もっと、もっとぉ……」

性の虜とされた悲惨な美少女達は、ベッドの上で身悶えしながら、自ら望んで快楽を要求している。全部で五人。それぞれが、思い思いの淫声を上げ、部屋の中は異様な空気で充満している。

「先ほど倒されていたのは淫魔王マディアスです。この映像もマディアスを映したものですが、時間はさっきよりも少し遡ります」

少女は、ベッドの上にいる男の近くに寄った。ただの映像のようなもののため、男に襲われることは無い。

「ちょうど、創造神クーリアによって退治されるよりも、一週間ほど前でしょうか」
「これは、いったい、何をやっているの?」
「見ての通り、捕まえていた女戦士達を自分の奴隷とすべく、調教しているのです。そして、私の話したいことはここから始まります」
「話したいこと?」
「そうです。私がこうやって語りかけているのも、全てはあなたに頼みたいことがあるからなんです――まずは、私の話を聞いてください。今あなたが置かれている現状が、きっとわかるはずですから」

視界の片隅で、何者かが動いた。スリードがそちらを向くと、奇妙な仮面を着けた人物が、ヒョコヒョコとおどけた調子で歩いてくる。

「あいつは?」
「トリックスター。マディアスの腹心です」

トリックスターの着けている仮面は、道化師のような見た目をしている。真っ白な仮面に、目の周りには青黒い隈取り、口元には赤い口紅が塗られていて、仮面ゆえに本人の顔の動きとは関係なく、常に笑った表情のまま固まっている。髪の毛は箒のように、天へ向かって突っ立っており、黒ずんだシャツはだらしなく胸元をはだけている。流浪の格闘家が、道化師の仮面を着けたような、奇妙な取り合わせの格好だ。

※ ※ ※

「マディアス様ぁ。お楽しみですなぁぁ」

かなり裏返った、狂気を帯びた声で、トリックスターは言葉をかける。

ふん、とマディアスは鼻で笑った。

「楽しいことなど無い。あの女が段々とここへ近付いてきているからな」
「ひひひ、マディアス様にかなうはずがありませんよ」

トリックスターの言葉は、しかしマディアスには届いていなかった。

「嫌な予感がする」
「いやいやいや、ご謙遜を」
「我は所詮は魔族。だが相手は、神だ。力の差は歴然としている」
「マ、マディアス様。弱気なことをおっしゃらないでくださいよ!!」
「わかっておる。無論、あの生意気な女神もまた、我が勝てば、たっぷりと調教し、性の虜にしてやるつもりだ。しかし、万が一ということもある』
「ま、万が一⁉ ま、ま、負けるとでも?」

余裕の態度を取っていたトリックスターが、無表情な仮面の上からでも解るほど、狼狽した様子を見せ出した。

※ ※ ※

スリードは、この一連の会話に、聞き覚えがあるような気がしていた。間近でマディアスの言葉を聞いていたような、そんな感覚。

「スリードさん。何か感じるんですね?」
「懐かしいような、恐ろしいような……僕は、確かにこの場に……」
「あらかじめ断っておきますが、あなたはこの場所にいません。それは確かです。ただ、複雑な事情がありまして、あなたはこの二人の会話を知っているのです」
「複雑な事情?」
「……」

肝心の部分は、一向に教えてくれない。それでもスリードは、あえて聞く気はしなかった。自分の死期を正確に予言されるのと同じで、知ってはならない情報があるのだと、納得した。知ってしまったら、平静を保てなくなるような情報が。

※ ※ ※

「トリックスターよ。お前はここから脱出しろ」
「へい?」

唐突なマディアスの発言に、トリックスターはピョンと撥ねる。両手を大きく広げて、オーバーなアクションで、疑問の感情を表す。

「どういうことです?このトリックスター、最後まで戦わせてもらいますよ」
「お前がいようといなかろうと、戦局には大して影響しない」
「そりゃあ、私は、戦闘能力は大して無いですけど……ここから脱出して、何をすればいいんです?」
「我がクーリアを陥落させられたのならば、お前を呼び戻す。だが、あの女が我を打ち滅ぼすのであれば、その時はある計画を実行してもらいたい」

※ ※ ※

「ある計画?」

スリードは少女に尋ねる。

少女は軽くうなずいた。

「今、マディアスの口から語られます」

※ ※ ※

「もしも私が倒されたのであれば、どの部分でもいい、私の肉体を、破片でも良いから手に入れろ。それを腐らぬように保管し、時が至るまで持っているのだ」
「時、ですか?」
「この大陸には様々な魔法がある。創造神クーリアと、破壊神デストラ。この二者の力がぶつかり合うことによって生まれた精霊。その精霊の加護によって生まれる魔法」
「ま、まさか、マディアス様」
「必ずや死者を蘇生する魔法もある。トリックスターよ、お前はその魔法を探し、我を復活させるのだ」
「け、けえっ!?」

怪鳥のような叫び声を出し、トリックスターは仰天した。

「同士を募れ。出来るだけ、百戦錬磨の猛者を配下にするのだ。そして、必ずや私の求める、死者蘇生の法を見つけるのだ」
「し、しかし、どこをどのように探せばそんな魔法が見つかるのか、私には見当もつきませぬ」
「何もお前の代で終わらずとも良い。世代を超えて、受け継いでゆくのだ。そして何百年であろうと、何千年であろうと、我を復活させよ。よいな、これは、必ずや子々孫々へと伝えてゆくのだ」
「お、おおお、何という遠大な計画……わかりました! このトリックスター、必ずやマディアス様をお救いしてみせます! たとえ我が代でかなわずとも、遠い未来の先に、復活を果たせるように!」

トリックスターは深々とお辞儀をすると、部屋から退出していった。

「さて……」

トリックスターがいなくなった後、マディアスは押し黙り、絶えず触手で辱めている女戦士達を眺めた。彼女達は、何度も果てを迎えたため、すでに意識を失っている。

マディアスの顔が、不気味に歪んだ。楽しそうに笑っている。

「トリックスター……くくく、あいつは信用ならんな。こちらの策も早めに……」

※ ※ ※

そこで、映像は途切れた。

何も無い、白い空間。しかし、死の直後に迎えた無の空間と違い、足下の感触が確かにある。雪山でホワイトアウトにあったのと、同じ感覚だった。

「感じましたか? あなたと淫魔王との間に、浅からぬ因縁があることに」

少女が語りかけてくる。

気が付けば、少女の横に、見知らぬ老人が立っている。いや、老人だと思ったら、美童に変化した。そうかと思えば、美女に姿を変える。形が一定になっていない。

「その、横の人は、一体……」
「説明は、すぐにします。その前に、現状を理解してもらいたいのです」

少女は、胸元に手を置いて、自己紹介を始めた。

「私の名前はヘイユン。東国ファンロンより来た道士です」

そして、一拍置いてから、言葉を継ぎ足した。

「今は、トリックスターの配下です」

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