【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう ~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

601話 崖の下のクリスティ

 時は少しだけ遡る。
 クリスティが崖へ転落していった直後のこと。
 彼女の視界が、崖の底を捉えた。

「くっ! 何とか姿勢を……」

 クリスティは猫獣人。
 優れたバランス感覚を持つ種族だ。
 この程度の落下速度であれば、空中で姿勢を制御することも可能である。

「……ここだ!」

 クリスティが、絶壁から飛び出ていた木の枝を掴んだ。
 もちろん、落下の衝撃を全て受け止めるほどの強度はない。
 枝は大きくしなった後、パキッという音を立てて折れた。
 だが、それでもいくらかの減速には成功した。

「よし! これで、どうにか着地できそうだ。……あらよっと!」

 クリスティはそう言って、体に闘気を集中させる。
 一般的に考えて、高所からの落下時は体のどこから着地するべきか。
 最悪なのは、もちろん頭から着地することだ。

 では、普通に足で着地するのはどうだろうか?
 『足から着地すること』自体は間違いではないが、『足だけで着地すること』は万全とは言い難い。
 地面の硬さや衝撃を吸収し切れない可能性があるからだ。

 足から着地し、衝撃を吸収するために腰を落とす。
 体をひねり、流れるように全身を地面に接地させて衝撃を殺す。
 これが、最も安全で効果的だ。
 いわゆる5点着地である。
 猫獣人のクリスティは、誰に教わったわけでもなく本能的にそれを実行しようとしていた。

「……ふんっ! せいやぁっ!!」

 クリスティは落下しながら、猫獣人の身体能力をフル活用して、5点着地の体勢に入る。
 そして、見事両足から着地し、流れるように衝撃を分散させて着地することに成功した。

「ふう……。なんとか無事か」

 クリスティはホッとする。
 だが、まだ安心はできない。
 ここは谷底。
 地上に戻れる道があるか、定かではない。
 待っていれば雪月花たちが救援に来てくれるだろうが、それまでの食料や水を確保できるかもわからないのだ。

「いや、あれだけ自分勝手な行動をしたんだ。助けには来てくれないかもしれないな……」

 クリスティは自分より弱い者には従わない。
 それは赤猫族の掟だ。
 彼女が部族の里を出奔した後もその考えは染み付いていた。
 ハイブリッジ家で彼女が従うのは、タカシとアイリスのみである。

 だが、その信条もここ最近は揺らぎつつあった。
 こんな無愛想な自分に良くしてくれるハイブリッジ家の面々に対して、今のままの態度でいいのだろうか……。
 そんな思いを抱き始めていたのだ。

 今回臨時パーティを組んだ雪月花だってそうだ。
 戦闘能力だけならクリスティとどっちが上か不明瞭ではあるが、冒険者としての知識や経験は明確に上である。
 それなのに、猪突猛進なクリスティに優しく接してフォローをしてくれていた。

「あいつらを信じないわけじゃないが、ここはあたい1人の力で切り抜けよう。そして、あいつらに謝らないとな……」

 手痛い失敗をした上で1人の時間ができたことで、クリスティは自分の中で気持ちの整理をつけつつあった。

「……ん?」

 そんなことを考えながら谷底を歩いていると、前方の茂みの影に動くものを見つけた。
 クリスティは注意深くそれに近づく。
 それは魔物ではなく、人であった。

「ううぅ……。まさかこんなところに崖があったなんてよ……」

 その人物はクリスティに背を向けており、こちらに気づいていない。
 クリスティは、その男に見覚えがあった。

「おい、お前! こんなところで何をやってるんだ?」

 彼女がそう声を掛ける。

「んん? ……げっ、お前は……」

 男が振り向き、そう言う。
 彼は、クリスティと狩り勝負中の冒険者パーティ『紅蓮の刃』のリーダーだ。

「確か、『紅蓮の華』のアランだったか?」

「『紅蓮の刃』のアランだ! 俺の名前は合ってるが、パーティ名も覚えてくれ!」

 男がそう叫ぶ。
 彼が率いる『紅蓮の刃』は、わずか半年でDランクに昇格した期待のパーティだ。
 パーティ名を轟かせることに執心している。

「わかったわかった。それで、アランはこんなところで何をしてるんだ?」

「見て分からねえか? 崖から転落したんだよ! くそっ、こんな見えにくいところに崖があるなんてよ……」

 アランが悪態をつく。
 確かにこの崖が見づらい位置にあることは事実だ。
 しかし、だからと言ってあっさりと転落していては冒険者として失格である。
 冒険者は、魔物退治をしていればいいという職業ではないのだ。
 森を歩く際は、地形や天候をも考慮に入れる必要がある。

「……うっ! いてて……」

 アランが足をおさえる。

「どうした? ケガでもしてるのか?」

「ああ、落ちたときにちょっとな……。闘気で強化したんだが、衝撃を受け切れなかった」

 イキリ冒険者のアランだが、ある程度の戦闘能力はあり、闘気も使用できる。
 しかし、猫獣人のクリスティほどのバランス感覚はなく、落下時の衝撃を完全に殺すことはできなかったようだ。

「歩けるのか?」

「このままでは厳しいが……。そこに落ちているバッグを取ってくれないか?」

 アランは、数メートル離れたところにあるバッグを指差す。

「……これか?」

 クリスティがそれを素直に渡す。
 彼女は自分よりも強い者にしか従わないとはいえ、ケガ人を前にしてこの程度の頼みを断ることはなかった。
 それに、いろいろあって彼女の心境も変化しつつある。

「それだ! 中身は……。何とか無事か。もしものときのために”これ”を用意しておいてよかったぜ」

 アランはバッグからポーションを取り出した。
 そして、一気に飲み干す。

「うおお! 傷が治っていくぜ!」

「……ポーションか? お前、意外と金持ってたんだな」

 クリスティが不思議そうな顔で言う。

「へへへ。知らねえのか? 我らがハイブリッジ騎士爵様のおかげで、ラーグの街ではポーションが安価に手に入るんだ。衝撃に強い容器付きでな」

「そういうことか」

 クリスティは納得する。
 彼女の主であるタカシは、卓越した治療魔法の使い手だ。
 それに、パーティメンバーにも治療魔法の使い手が多数存在する上、医者や魔道技師の知り合いもいる。

 ポーションを安価に製造し販売することも、タカシ本人の能力やツテがあれば可能だろう。
 クリスティは、主に対する評価を一段階上げる。
 だが、それならそれで不可解な点が1つある。

「なあ、アランはハイブリッジ騎士爵に感謝しているのか?」

「当然だ。俺たち『紅蓮の刃』が半年でDランクになれたのも、あの御方のおかげだからな。ポーションだけじゃなくて、上質な武器や火の魔石も流通しているしよ。助かっているぜ」

「なら、なんであたいのご主人にあんなに失礼な態度を取ったんだよ?」

「ああん? あの優男と、ハイブリッジ騎士爵様に何の関係があるっていうんだ?」

 アランが首を傾げる。
 タカシがそのハイブリッジ騎士爵本人であることに、まだ気づいていないのだ。

「それは……」

 クリスティが口を開きかけたときだった。

「ゴアアァッ!!」

 突如として現れたリトルベアが、雄叫びを上げたのだった。

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