白い魔女に魅入られて

シミシミ/shimishimi

第一章 運命は巡る BOY MEETS GIRL?(2)

白衣?
なんのために?
俺と見た目の若さ加減は変わらない感じだったのに。
もしかして、先生? そんなことある? あの見た目で実は三十代後半とかだったら恐ろしすぎる。もう女信用できねー。絶対女性不信になる。

「悠矢、さっきの人のこと見すぎな」
聡太が思い出したかのように言いだした。
「そうそう、悠矢がずっと見惚れるからこっちが焦ってしまったやんけ」
と大河がすかさず追撃を。
「恋が始まった瞬間見てしもたって思ったわ」
孝基がトドメの一撃を。
ほんとこの三人仲いいな。
「いや、見つめてないし。ほら、すぐお前らはそーやって言うやん」
いつものことだなと思いながら、俺はそう言うとすかさず
「いや、これまじやぞ。しかも、向こうの人もわりと見てたし。これ……わんちゃんあるぞ」
大河は嬉しそうに笑いながら言った。
孝基は、「あー、悠矢がクラスで1番のりか〜」とだけ言い残して
「じゃぁ、また明日」と部活へ向かった。

それから世間話しながら歩いた。途中、俺と大河はバスに乗り込み、聡太は駐輪場へ向かった。
この時は、いつも通りの日常だと思っていた。
いつもの日常。
いつものバス。
いつもの光景。
いつもの帰り道。
いつも通りバスを降りた後は、電車へと向かい、電車に乗り込む――バス停から電車の改札口までは徒歩1分もかからない距離くらい近い――そして、また乗り換えで地下鉄を使って家に帰る。これがいつもの帰り道の流れ。
だから何も考えず、バスを降り、俺らは話しながら改札口へと向かった。

それは、なんの前触れもなく

突然起こった。

バスが突っ込んで来た。
俺の横をかすめて改札口にぶつかった。
「きゃーーー」と飛ぶ女性の悲鳴。
「大丈夫か!!?」と恐る恐る駆け寄る周囲の人々。
「何が起こった?」とが携帯を片手に寄ってたかってざわつき野次馬。
「え、何?何?」と怯える女子高生。
「え、死んでるんじゃ……」とざわつく女子大生。
「おい!ひっ、人が、人が引かれてるぞー!!」と叫ぶ中年の社会人。
「誰か!!誰か、救急車を!!」と無責任な大声をあげる人。
「え、きっも……」と声にならない言葉を言う人。
無言で携帯を片手にしてパシャパシャっと音をさせる人間達。
「うそっ、ドラマでしか見たことない〜」と馬鹿丸出しの発言をする人間達。
なんで?
なんで、そんなに他人事でいられるんだ?
全員が全員、全部が全部、他人事。彼らは人が死んだなんて他人事のようだった。声が、音が、遠く聞こえた。
俺の目の前には血が流れ出ている。いや、飛び出てた後に微かに肉塊となった体内に残った血液だった液体が流れ出る、見るに耐えない人だった姿がそこにあった。
そう、バスは俺の横を猛スピードでかすめ通った。車に引かれて死んだ人間の形相を俺は知らない。だから、こんなにグチャグチャになるなんて知らなかった。こんなに血が出るなんて知らなかった。鋭利な刃物で傷つけられたわけでもない。ただ、ただの衝撃だけで――――。
それほどまでにバスは速度を、死神は颯爽と現れて完膚なきまでに連れ去った。
死は大河がいた場所を通った。目の前で友が連れ去られた。――――大河を死へと連れ去った。
友達が死ぬ瞬間を見た。友達が死んだ。
俺は何も言えず何もできず佇むしかなかった。

「うぇぇ…………うぇっ……」こんな綺麗な嗚咽音じゃなかった。
口を抑えた。
血。血。血。血。骨。骨。骨。骨。肉。肉。肉。肉。内臓。チューブ、チューブ、大腸、小腸。
死というものがどんなものなのか知らなかった。死の概念ってどんなものなのか理解していなかった。死は。死は目の前にあった。
死。死。死。死。死。死。死。死。
死相。死に顔。死神。
体ってあんな形だっけ?脚ってあんな風に曲がるっけ?大河ってあんな――――
「おぇ……」こんな生半可な音じゃなかった。
目の前には赤、朱、紅、一色。
そこからどうやって家に帰ったのか、記憶は無い。
気がつくと家のトイレにいた。
何度も、何度も吐いていた。ひどく悪寒する。頭が軋む。
「これは夢だ。夢。夢。夢。夢。ひどい……悪夢なんだ。悪夢。悪夢。悪夢。悪夢。もうすぐ……もうすぐ、もう、すぐ、目が覚める」
自分に言い聞かせた。そのたびにあの光景が――友の死の光景が蘇る。吐いた。
呼吸を落ち着かせようとゆっくりと息を吸った。ゆっくり息を吐く。
息を吸った。息を吐いた。息を吸った――――
「うっ」
吐いた。
そのまま、しばらく繰り返した。動くことができなかった。

気がつくとトイレの壁にもたれかかっていた。頭は力なく項垂れている。呼吸も落ち着いていた。口はひどく渇ききっている。
吐き気も収まっていた。ただ、寒気だけは残っていた。
少しは気持ちが落ち着いたのか、それとも吐きすぎて身体が疲れきったのかは分からなかった。
「……」
トイレから出て自室へ戻ろうと階段を数段登った。

足取りがおぼつかない。視界がはっきりしない。

歪む視界がさらにぐらついた。

天を仰いだ。

ゆっくりと体が下へと引き寄せられていくのが分かる。

そこで、意識がなくなった。

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