きみのとなり

佳川鈴奈

13.俺だけの小悪魔でいてくれ -嵩継-



結婚するまで……入籍するまで、
アイツの両親の手前、抱かないように必死に我慢してきた。


だけど……オレはあの晩、アイツを欲望を満たすために抱いちまった。


抱いたことは後悔してない。
オレにはアイツ以外、抱きたいと思える女はいないだろう。

ったく、つい最近までガキだと思ってたアイツを、
こんなにも本気で愛してんだからな。



けど、このままズルズル本能のままにアイツ抱いて……言いわけねぇよな。




目前に意識する『入籍・結婚』の文字が、オレの中にちらつき始める。



アイツの両親を知る手前、出来ちゃった結婚でアイツをくださいって言うのは、
やっぱりおふくろにもあの世で怒られそうな気がする。

まっ、海斗に至っては、既成事実作っちまえって焚きつけそうだが……。




そんな新しい家族に繋がりそうな未来を想像しながらも、
なかなかすれ違いで切り出せない時間が続いた。




11月の上旬。
再び鷹宮に訪ねてきた時任から連絡が入った。

その日、時任はケアセンターでボランティアを申し込んでいたようで、
その関係で立ち寄った際に、オレを訪ねてきた。



「全部終わったのか?」



親の死の後も慌ただしいのはオレも経験済みだ。


「うん。あの時は有難う。

 今日は、父がお世話になったお礼をしたいって思って、
 ケアセンターにポランティアの申し込みをしたの」

「そっか……」

「ねぇ、嵩継君。
 今度、ここじゃない何処かでゆっくり時間作ってくれない?。

 これ私の連絡先。
 連絡待ってるから」


そういってメモをオレに握らせると、他のスタッフに呼ばれて時任は慌ててオレの前から姿を消した。



おいおいっ。
一難去って、また一難かよ……。


ため息しか出て来ねぇ。



二人で会いたいって、どうすりゃいんだよ。


脳裏ではチラチラと氷夢華の顔が浮かぶものの、
一人になって、孤独を強く実感した時の辛さも知らないわけじゃなくて、
即答できないまま過ごしてしまった。




ケアセンターでの業務を後にして、まだ休憩時間が残っているのをいいことに
院長邸へとそのまま足を伸ばした。




「まぁ、嵩継君お昼は食べたの?」



突然の訪問にもかかわらず迎え入れてくれたリズ夫人は、
何よりも先に昼飯のことを気遣ってくれる。



「あっ、まだです。
 さっきまで外来の後、ケアセンターに顔出してたんで」

「そう……私も今日は午後から、ケアセンターの皆との歌声を響かせるわよ」


リズ夫人はそう言うとダイニングにいってオレの昼御飯を作り始めたみたいだった。



リビングのソファーには遅れていた研修を取り戻すかのように、
書籍を広げて勉強している勇人の姿があった。



「よっ、頑張ってるみたいじゃねぇか」

「入院でだいぶん研修が遅れてしまったから。
 っと言っても、まだ実習復帰にはもう少し時間かかりそうです。

 一応、杖をなくても歩けるようにはなったんですけどね。
 まだ安心して仕事に復帰できるところにまで行かなくて」

「焦るな焦るな。
 ここまで回復しただけでも上等だよ。

 ったく、世話やかせの弟だよ。お前は」



そう言いながら、アイツの隣へと腰をおろした。



「嵩継さんも良かったですよね。
 氷夢華さんと和解出来たみたいで。飛翔が教えてくれました」


次の瞬間には、勇人の方が主導権を奪いやがる。
ったく、こんにゃろう。


早城も余計なこと、吹き込みやがって。

けど、こうやって弄られるのも、悪くねぇ。
慕われてないと、こんな時間過ごせねぇよな。



「だが、まだ問題が残ってる。
 時任から……、あぁ、大学の同期だった女な。
 氷夢華が拗ねた。

 アイツから今日、外で会いたいって言われた。

 時任と付き合うつもりはねぇ。
 けど……親が死んだ後の辛さは知ってるからな。

 一人にするのも怖い」



そう……。


「嵩継さんの気持ち、そのまま素直に伝えたらいんじゃないですか?
 水谷さんも、彼女はもう大丈夫ねって嬉しそうに笑ってましたから。

 だから、本当に準備が必要なのは嵩継さんだと思いますよ」



そう言うと、アイツは窓の外へと視線を向けて唇をかみしめた。



勇人もまだ問題が解決してないんだよな。
千尋との問題が……。



直後にリズ夫人が昼食を運んできて、
オレは三人で久々に時間を過ごして午後からの仕事へと戻った。


出来るだけ早く仕事を切り上げてカレーを作って氷夢華の帰りを待つ。




「何?兄貴、今日早かったの?
 うわぁ、美味しそうなんだけど」

「おっ、おぉ。
 ほらっ、とっとと手を洗ってこい」


そう言いながら氷夢華を迎え入れて、
お皿へとカレーライスをよそってテーブルへと置いた。

アイツはすぐにルームウエアに着替えて、
指定の座席へと着席すると、美味しそうにスプーンで食事を始める。


そんなアイツをじっと見つめるオレ。


「何?兄貴、じっと見ててもわかんないよ。
 ほらっ、何か言いたいことあるんでしょ。
 
 そんな顔してる」


スプーンを運ぶ手をとめて、氷夢華はオレの方を向き直った。


オレも覚悟を決めたように切り出す。



「なぁ、氷夢華……今度、出掛けていいか?

 時任……、ほらっ、夏のデートの時に話しかけてきた奴居ただろ。
 アイツな、時任夏海って言って、J医時代の同期なんだよ。

 オレが教授に蹴りくれた事件のきっかけになった奴なんだけど……、
 あの後、アイツの親父さんがすい臓の末期でケアセンターに来て、
 暫く一緒に過ごしてた。

 アイツは患者の家族だからな。
 んで峠でお前を抱いた日の早朝、時任の親父さんは息を引き取った。

 んで今日、会いたいってケアセンターで言われたんだ。
 アイツ、ポランティアに登録して手伝いに来ててさ」




オレには氷夢華しかいない。
そんなこととっくにわかってる。



「親、失って孤独を一番感じやすい時間だからな」



そう……オレだって、おふくろを失って一ヶ月ほどした頃が一番つらかった。


そんなオレを支えてくれてたのが住み込みで雇ってくれた居酒屋の夫婦だったり、
大学でつるんでた時任達だった。



「いいよ。行ってきなよ。
 んでちゃんと兄貴もケジメつけて来てよね。 

 アタシは家で待ってるから。
 それに亡くなった時任さんだっけ?患者さんにも手を合わせたいでしょ」


そう言うと氷夢華は椅子から立ち上がって、
オレの携帯を手にしてオレに握らせた。



「ほらっ、早く連絡してあげなよ。
 待ってるんでしょ。

  それにアタシだって、何時二人で会うのかモヤモヤして過ごすより、
 目の前で予定組まれた方がストレス少ないからさ。

 なんだったら今から出掛けてきなよ。
 アタシは、レンタルで借りてきた映画でも見て待ってるからさ」



そう言うとアイツは、オレの携帯を再び手に取って、
電話帳を呼び出すと、時任の名前を表示させて発信ボタンまで押してオレに手渡した。


何コールかの後、電話の向こうから『もしもし、嵩継君……』っと、
時任の声が聞こえた。



「んじゃ今から、行くよ。
 んで、何処に行けばいい?」



時任と約束を取り付けた後、オレは慌てて食事を終えて玄関から飛び出した。



そんなオレを見届ける様に見送ったアイツは、
またリビングへと戻っていった。



地下駐車場へと降りて乗り込むのは通勤用の車だ。


車に乗り込んで待ち合わせの駅へと向かう。

この場所から、30分ほど走ったところにある駅のロータリーに車を寄せると、
時任はオレを見つけて駆け寄ってきた。




「よっ」

「嵩継君、ごめんね。
 時間貰って」

「別にいいって。それより親父さんお参りさせてもらってもいいか?」


そう言うと、時任は静かに頷いた。



時任に言われるままに車を走らせること五分。
こじんまりした小さなマンションの前で車を停めた。




「どうぞ」


促されるままにアイツの自宅らしき場所へと、
オレは足を踏み入れた。



部屋に灯りを灯した途端、ワンルームの正面には骨壺が置かれた祭壇だけが、
遺影と共に置かれていた。


後は生活感のかけらも感じられない古びた部屋。



静かに祭壇に手を合わせると、オレは昔を思い出した。

最初の頃なんて、オレもこんなもんだったな。




「んで、お前、これからどうすんだよ」

「うん……。
 ねぇ、嵩継君……私たち、どうして大学時代に付き合えなかったのかな。
 
 あんなに近くに居たのに……」



あんなに近くに居たのに……かっ。
あの頃のオレは、人なんて見てなかったからな。



「あの頃はオレも今のお前みたいに孤独を強く実感してた。
 オレは人と接することよりも、手に職をつけるのに必死だった。

 でも今だから言えるのは、あの頃もオレは大勢の人に助けられてたよ。
 もちろん、時任も含めて。

 けど……オレは時任のパートナーにはなれない。
 時任に出会う前からオレを支え続けてくれてる大切なやつがいるから」


「隣にいたあの子でしょ。
 ショッピングセンターで出逢った。

 それに病院でも一緒に働いてたのね。

 何度か、鷹宮で見かけたわ」

「彼女はここに嵩継君が来てるの知ってるの?」



時任はオレに投げかける。


「あぁ、氷夢華が送り出してくれたんだよ。
 
 ちゃんと行ってこいってさ。
 じゃないと、オレはまだ迷ってたよ」


そう、ずっと迷ってグルグル空回りしてただろ。



「なら私、惨敗じゃない。
 入る隙なんてないじゃない。ごちそうさま」


そういって、時任は寂しそうに笑った。



「なぁ、寂しくなったらケアセンターにボランティアで来いよ。
 そしたら、時任の寂しさも少しずつ埋まるかも知んねぇぞ。

 あの場所な、大切な人を失くした残された人が、
 ボランティアとして登録して、次の人を支えてくれるそんな場所なんだ。

 だから……あの場所には、本当に笑顔がこぼれだしてる」



そう……。

あの場所は残していく人と、残される人。
そんな二人を支える残されたボランティアスタッフたち。

そんな優しさの輪が、ループし続ける空間。




ふいに、時任の部屋のチャイムが鳴り響く。



チャイムの音に反応して玄関へと近づいた時任が、
驚いたようにその場に座り込んでしまった。



「おいっ、時任?大丈夫か?」


話しかけるも、アイツはうずくまって泣いているみたいだった。


アイツの代わりに玄関を開けると、
玄関の向こうには懐かしい男が顔を見せた。




「お前……衣笠?」



衣笠は、その場にうずくまってた時任に駆け寄ると、
アイツを抱き上げて立たせるようにして奥へと入っていった。



部屋の床に時任を支える様に座る衣笠。



「夏海、親父さんが亡くなったこと知った。
 なんで知らせなかった?」


衣笠はオレなんて視界に入ってないように話し出した。



二人がお互いに話し合ってる会話を聞きながら、
オレは話が終わるタイミングを待ち続けた。




同期だった衣笠は時任の親父さんの病院を受け継いだ存在だったらしい。


まぁ、やり方は多少強引で時任の誤解を招くようなやり方だったらしいが、
衣笠にとっては、時任ごと受け入れるための準備だったらしい。

がっ、誤解してこじれた時任は、飛び出して行方を消した。




おっ、なんか、こっちもおさまるところにおさまってんじゃねぇか。




「おいっ、お二人さん……なら、オレ帰るわ」


少し大きめの声で告げると、衣笠がオレをじっくりと捉えた。



「おっ、お前、安田かぁ?」

って、今更かよ。おせぇーよ。


「衣笠、久し振り」

「えっ、んで、なんでお前が此処に居るの?夏海んち?」


衣笠は不思議そうにオレと時任を交互に見る。



「嵩継君、お父さんの主治医だったのよ。
 私も再会してびっくりしたの」



時任は、そういってオレを衣笠に紹介した。



「そういう事」

「お前、医者続けられてたんだな」

「まぁね。捨てる奴もいたら、拾ってくれる奴もいんだよ」

「また、同期のやつらと飲みに行こうぜ。
 同期の奴らも、安田の心配してるやついたから安心するだろうぜ」

「時間あったらな。
 んじゃ、オレ行くわ」


衣笠を時任のマンションに残して、オレは玄関を後にすると、
マンションの前にとめてあった車に乗り込んで、
慌てて自宅へと急いだ。




すでに日付が変わって、二時間くらい過ぎようとしていた。



灯りの消えたマンションのリビングで、
アイツはソファーに横になって毛布に包まりながら寝息を立ててた。




灯りを付けるスイッチの音で、
氷夢華は目をこすりながら起き上がってオレを見つめる。



「兄貴……帰って来れたんだ……」



そういって、嬉しそうに微笑んだ。




そんなアイツをいてもたってもたまらなくなって、
そのまま力強く抱き寄せた。







「なぁ……氷夢華……オレだけの小悪魔で居てくれるか?」








抱き寄せながら呟いてみる。
アイツはオレに抱きしめられながら『バカ……』っと呟き返した。








そのまま理性のリミッターは外れて、
アイツをベッドへと連れ込んだ。




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