きみのとなり

佳川鈴奈

2.新生活 後編 -氷夢華-


嵩兄との正式同居から四ヶ月が過ぎた8月。


胃潰瘍から復帰して暫くして、
ワタシは一度は退職願を提出した鷹宮総合病院へと再び復職した。


何から何まで上から目線で、仕事も出来ない神島先生とは
今はお世辞にも関係が良好とはいえないけど、
兄貴の立場を理解したうえで、多少は大人な対応を心掛けてる。


そしてアタシの復帰から今日までの間に、兄貴のまわりで何か変化があったかと言えば、
兄貴の探し人である、嵩兄の弟分が見つかったってこと。



アタシのことを放っておいてででも、
奔走し続けてた嵩兄にとっての大切な存在。


緒宮勇人【おのみや ゆうと】、その人だった。


兄貴の説明曰く鷹宮雄矢院長とRiz夫人が養子として迎えていた存在が、勇人って人で、
成人した今は鷹宮の籍から離れて、実のお母さんの旧姓を名乗っているらしい。

だから鷹宮家と親しいながらも苗字が違うと言うことだった。


その勇人って人が、何ヶ月ぶりかにズタボロの状態で倒れているのが見つかって救急搬送されてここに運ばれたのが、
ゴールデンウィークが始まりだした4月の下旬。

解放骨折に薬物反応、薬物からの肝機能障害なんて状態で見つかったから、
あにのバカ兄貴は、その後も病院とマンションの往復が続いたわけなんだけど、
まっ、それに関しては、ちゃんと説明してくれたから、アタシもそれを受け入れた。


勇人って人と親しい鷹宮の先生たちが入れ替わりローテーションを組んで、
状態が安定するまでは泊まり込みを続けて看病し続けた時間。

嵩兄は例のごとく、かかりきりで他の人以上に寝る間を惜しんで看病にいそしんでた。


だけど私も寛容……大人になったもんだ。
女はドンと構えて、男を尻に敷くくらいがちょうどいい。

それが亡くなった、ばーちゃんの口癖。
それを思い出した私は現在、それを実践すべく頑張ってる。

大切な人を束縛するだけが愛情じゃないし兄貴がやりたいことは、
ちゃんと「やっていいよ」「好きにすれば?」って受け止められるそんな存在でいたいって、
私自身も思えるから。



だけど……デートを約束しても急患で呼び出されて中止になったり、
デートに出掛けられたとしても、病院から電話が入って中断になったりと、
なかなか思い通りに二人の時間を楽しむことが出来ないのもやっぱり悲しいのも本音。


時折、兄貴の電話を床に叩きつけて壊したくなる。
だけど、そこをグッと我慢して、あの満たされない心を、兄貴にねだって服やに靴やら鞄やらを強制的に買わせてた。



今日は私はオフで、兄貴は昼には4日ぶりに帰ってくるはずだった。


兄貴の予定が記入されたカレンダ-の日付を指先で辿る。


よし、少しダラダラして朝を過ごした私はベッドから起きだして服を着替えると、
クローゼットから掃除機を引っ張り出してマンションの部屋を順番に片づけていく。


そしてお昼前になると冷やし素?の準備をして、
兄貴用のトッピングの肉も甘辛く炒めて準備する。


先に自分だけ昼食を済ませると、リビングのテレビでワイドショーのファッションチェックを見ながら、
ソファーに座って、洗濯ものを1枚ずつ畳んでは、テーブルの上へと積み上げていた。

全ての洗濯を畳み終えて、それぞれのクローゼットへと片づけると再び、リビングのソファーへと座る。



あぁ、そろそろエアコン入れないとかなー。


窓を開けて作業をしていたものの汗ばんだ体に気が付いて、
慌てて窓を閉めて、エアコンのスイッチを入れる。


涼しい風を感じるように、暫くエアコンの前で立ち尽くして涼んだ後、
後半の掃除機がけを続け始めた。


ふいにカチャリと玄関のドアが開く音が聞こえる。


「あっ、兄貴帰って来たんだ。
 お帰り。

 昼、冷蔵庫に素麺冷えてるよー。
 ちゃんと牛肉甘辛く焼いたやつもあるから、トッピングにして」


掃除機のスイッチを少し弱くして、兄貴に声をかけると、掃除の続きを一気に終わらせた。


掃除機を片づけて、ダイニングに戻った時には、兄貴は冷蔵庫から出して素麺を食べているところだった。
だけど素麺は出てるけどお茶が出てない。



ったく、兄貴お茶くらいちゃんと出しなよ。


慌てて冷蔵庫へと向かうと、コップに麦茶注いで、兄貴の前にことりと置いた。



「おっ、サンキュー。氷夢華」


兄貴はアタシの方を見て告げると、
大きなコップに手を伸ばして、一気にお茶を飲み干すと食器を手にして流しへと向かう。


「兄貴、いいよ食器アタシが洗ってあげる。
 それより疲れてそうじゃん?」



兄貴から食器を奪うように、流しへとおいて、洗い桶に水をはって食器を漬け込むと、
そのまま兄貴の背中を押して、ソファーへと座らせた。

洗濯を終えて畳んたばかりのタオルを手にして、
兄貴の肩へとあてると、ゆっくりと肩から揉み始める。


「どう?兄貴?
 氷夢華マッサージは?」

「んん?
 おっおお、気持ちいいぞー」


そんな会話を切り返しながら、アタシは肩を揉んだり叩いたりを緩急をつけて繰り返す。


こうやって昔も、嵩兄にやってたっけ。
そんな懐かしさも思い出しながら。



気が付くと、兄貴は首をもたげて、少し船をこき始める。
そんな兄貴を背後から抱きしめる様に、体を重ねていく。

ピトっと背後から嵩兄に突っついた途端、
刺激する汗の臭いっ。



『クサっ』


思わず兄貴からはなれて大声で言葉にする。
そんなアタシの声に、驚いたように兄貴は目を覚ました。



「うわぁ、兄貴ないって。
 汗臭い」


寝起きの兄貴にキツイ一言をかまして、
そのまま兄貴の部屋へと向かい、さっき片付けたばかりのTシャツを手にして
兄貴の傍へと戻る。


「もうっ、ソファーが汗臭くなるじゃん。
 せっかく掃除したのに」

「……すまん」

「もう、ほらっとっとと脱ぐ」



兄貴に近づいて、その瞬間から、シャツを引っぺがす。


あっという間に上半身を裸にした兄貴。
兄貴の首からは、海兄のエターナルペンダントが見える。


そのエターナルペンダントへとそっと手を伸ばし、
指先でそのプレートを辿った。




ねぇ、海兄……。

アタシが傍に居ない時も、
海兄が兄貴を守ってね。

約束だよ





心の中で話しかけてる途中に、
兄貴はアタシから逃げるように離れていく。



「もーう、せっかく海兄と話してたのに。
 あぁ、残念。

 ほらっ、お風呂の用意ちゃんとしてるから入ってきなよ。
 これ着替えねー」



兄貴に着替えを手渡すと浴室の方へと向かった兄貴を見届けて、
私は流しに移動して、洗い物を始めた。



洗い物の後は先ほど兄貴が座ってたソファーに、消臭除菌スプレー。

プシュプシュとスプレーをしている間に、
浴室からさっぱりして出てきた兄貴の呆れたような声。


「おいおいっ、お前。どんだけ、オレが臭いんだよ」


苦笑い交じりの呆れ声と共に再びソファーに座った兄貴はバスタオルで髪の毛をガシガシとタオルドライしながら、
テレビへと視線を向けた。


そんな兄貴に、冷たいお茶を再びコップに入れて差し出す。


その後は、リビングの入り口に放置されたままの兄貴の鞄へと視線を向ける。

近づいて鞄を持ち上げて、問答無用でファスナを開くと、
兄貴の着替えが次から次へと詰め込まれているのを確認する。


レジ袋に無造作に詰め込まれた兄貴の着用済み衣類が入った袋を開けては、
クンクンと臭いをかぐ。


そして「クサっ」って、兄貴に聞こえるように
わざと大きく言葉にすると、兄貴の表情を見て楽しみながら洗濯物を手に、
再び浴室の洗濯機へと向かった。





こうやって、兄貴の洗濯ものをする。

ただそれだけのことなのに、兄貴を近くで感じられて、
兄貴の反応を見ながら、その存在を強く感じられる幸せをかみしめてる。




洗濯のセットを終えると少しでも兄貴と同じ時間を過ごしたくてリビングへと戻ると、

兄貴の座るソファーの隣になるように床にペタリと座り込んで、
兄貴の体に頭を預ける様に体を上向きにして兄貴を視線でとらえる。



「ねぇ、嵩兄。
 今日はずっと一緒に居られる?

 晩御飯、何がいい?」



呟くように問いかける。



「今日はいれるぞ。

 少し休憩したら、晩御飯でも買い出しに行くか。
  んで買い出しついでに、プリンでも買ってお前も勇人の所、顔出すか?

 あれにもきっちり、お前に詫び入れさせないとな」

「ったく、仕方ないなー。
 仕事の休みはあっても、お兄ちゃんの休みはないもんねー」





ったく、バカ兄貴。

オフの日もやっぱり、『勇人』なんだから。



そのまま一気に起き上がると、
兄貴の隣のソファーに座りこんで、一気に兄貴に抱き着いた。

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