きみのとなり

佳川鈴奈

5.作戦失敗 - 氷夢華 -


朝、アタシは一人布団の中で目覚める。


……バカみたい……。

一人はしゃいで勝負下着まで身に着けて兄貴の気を引きたくて、
ワザと短い丈のスカートとロングTシャツを身に着けた。



なのに……あのバカ兄貴っ!!



人の気も知らないでアタシのモーションを全く無視して、
さっさと自分の部屋に引き込んでった。



近くにあった枕を掴み取ると八つ当たり気味に壁へと放り投げる。



アタシの予定じゃ、兄貴はそのまま……アタシをベッドに押し倒してアタシは兄貴の望むままに、
食べられて既成事実で永久就職って言うのが作戦だったんだけど失敗じゃん。



バカ兄貴っ!!
鈍感兄貴っ!!




アタシ、一人バカみたいじゃん。




ゴソゴソと布団の中から這い出して、
私はロングTシャツを一枚着たままの姿で自分の部屋からゆっくりと出る。


リビングに向かったアタシの前に兄貴の姿はなかった。



兄貴居ないんだ。


一緒に居るのになんか、あの頃と距離感が縮まってくれない気がする。
そんな寂しさに思わず体を自分で抱きしめる。



ふと視線をリビングの硝子テーブルに移す。








氷夢華へ


起きたか?
転がり込んできたからって、だらけた生活はすんなよー。


お前が言った通りうちの院長にお前の面接の約束取り付けてやったから今日14時に鷹宮まで来いよ。


時間厳守。

いいな。


健闘を祈る


嵩継





見慣れた兄貴独特の癖のある文字。

汚いわけじゃないと思うんだけど、
いつも【汚い字】って言ってた懐かしい文字。


ふと時計に視線を向けると時間は11時頃。


面接が14時だったら、後3時間はある。
お風呂借りて、ちゃんと着替えて行かなきゃ。


兄貴が繋げてくれたチャンス。


採用されれば、アタシは兄貴の傍に居られるんだから。
お風呂のお湯をボタン一つの自動湯はりで入れながら兄貴が居ない家の中を探検。


主不在だからこそ不法侵入できる兄貴のお部屋拝見。


ドキドキと高鳴る鼓動を感じながらドアノブにゆっくりと手をかける。



私の知らない女のピアスが落ちてたら?
髪の毛が落ちてたら?


そんな妄想も浮かべながら、一気にドアを開ける。


ただっ広い部屋の中に、机とベットと本棚があるだけ。



えっ?
マジっ。


想像以上に殺風景な部屋になんか拍子抜けする私。



机の上には、なんか横文字だらけの分厚い本が拡げられていて
ノートに書き殴るようにメモられている汚い文字。



だけどエロ本の一つくらいは枕の下に入ってるかも。


そんなことを想いながら、ベッドの布団をひっぺがえすものの、
そんなもの出て来やしない。



って、兄貴……アンタどんな生活してんのよ。



うちのあのプーでさえ枕の下にエロ本仕込んでるの知ってるんだから、
っと末の弟を思い出す。


兄貴だって、あってもよさそうでしょ。


その証拠を握りしめてアタシは、また兄貴をいじって遊ぶんだから。



兄貴の弱み握ってたいの。
兄貴の全てを知りたいの。



ずっと……探し続けてきたんだから思い続けてきたんだから。




此処まで追いかけたんだから。




再会は神様の悪戯だったのかも知れない。



だけど……ふと兄貴の布団をぐちゃくぢゃにひっぺがえした後、
視線を壁に向けると、その先のクローゼットをゆっくり開く。



そこには兄貴のユニフォーム。
そしてコルクボードに飾られた懐かしい写真。



そのコルクボードには海兄との写真やアタシが知らない人たちと一緒にうつってる写真が沢山ピンで止められてた。


思わず海兄の顔を指先で辿る。
海兄が骨肉腫で亡くなったなんて兄貴があの日、教えてくれたけどまだ信じられない。







氷夢華待ってろ。
俺が嵩継、絶対に見つけ出してやるから







兄貴が行方をくらませた後もそう言って、
何度も何度もアタシの家を訪ねてくれた。


板前になるんだって修行していた高そうな料理屋に、
アタシの手をひいてお店に連れて入ると色鮮やかな料理を注文してアタシを楽しませてくれた。


バカ兄貴が居ない時間も、ちゃんと兄貴を信じて頑張ってこれたのは海兄の存在があったからなのに。


なのに……なんで、そのアンタがもうこの世に居ないのよ。




「バカ……」



海兄の写真を見ながら溢れ出てくる涙を掌でゴシゴシと拭い取る。


目をパチパチさせて涙を止めようと悪あがきをする。
そしてそのまま開いたクローゼットを物色する。



クローゼットの中から出てきたものは至ってシンプル。
無造作に突っ込まれた洋服。




ったく、バカ兄貴。
ちゃんと畳みながら片づけなさいよ。



もうシャツも何も皺皺じゃない。


ワサワサと手を伸ばして、ぐちゃぐちゃの洗濯物を一気に床に落とすと、
テキパキと畳なおしてもう一度クローゼットの中へと戻した。



えっ?
アタシ、何やってる?


アタシは兄貴の家政婦でも世話係でもないっ。


だけど……そんなことをやってるアタシ、
ちょっと今、幸せだった。



おっ、アタシ……やっぱり兄貴の嫁さんの座を勝ち取らなきゃ。
そんな決意を再びしながら部屋を出る。



その後は、部屋に戻って洗面具と一緒にお風呂へ。



ちゃんと私の洗面道具もお風呂場に主張させてお風呂から上がると、
今度は私のドライヤーたちも洗面台に主張させておく。


髪を乾かしてセットし終えると着替えとメイクも済ませる。



そして作った合鍵で兄貴の部屋の鍵を自分でしめると弥英と待ち合わせの近所のパーキングへと急いだ。


あの日から預けっぱなしだった愛車は今日ようやく私の元へと帰ってくる。


途中、コンビニで弥英に手渡す飲み物とデザートを購入して、
待ち合わせ場所に到着すると、すでに到着していた弥英が私に手を振った。



「遅くなってごめん。
 それに、車持って来て貰って感謝」


「別にいいよ。
 それよりアンタも、大変だったね。

 でも今は……ずっと逢いたかった、その人のところに居るんでしょ。
 なんか、ちょっと羨ましいわ」


そう言いながらMR-Sから降りると、鍵を私の掌へとのせる。


「あっ、これコンビニの奴だけど食べて。
 後、駅まで送るよ」


そう言って運転席に乗り込んで、エンジンをかける車を走らせた。


愛車のエンジンから伝わる振動が心地よい。
弥英を最寄り駅まで送り届けると、鷹宮総合病院とナビに打ち込んで道案内をスタート。


目的地に到着すると、病院内の駐車場に車を止めて玄関を目指す。



何?この病院……教会?公園?
それに……ケアセンターって……。


愛車から降りると駐車場にある看板を視界にとめて絶句。



あぁ、面接何処だっけ?
兄貴のメモ、忘れた……。



けど……多分、面接って言うくらいだから病院の建物の本館目指したらいんだよね。




「よっ、氷夢華来たか」




突然、声が聞こえたと思うとラブラドール犬がチョロチョロと視界に入ってくる。



その後ろからは、車椅子に座って微笑むまだ小さな女の子。
ソイツの車椅子を白衣姿でゆっくりと押す兄貴。



「悪いな。
 ユウカちゃん、今日の散歩の付き合いは此処までだな。

 ちょっと野暮用があってな」



そう言うと兄貴は車椅子に添えていた手を離す。




「有難う。

 嵩継先生、ララ行くよ」



そう言うと、ユウカと呼んでいた女の子は犬と何処かに移動していった。


何だろう……嵩継先生って言ってたから、
兄貴の患者さんとかだって思うんだけどちょっとイラっとしてる。


ムカついたから、
兄貴の足をワザと踏みつけてみる。




「イテっ。
 って、氷夢華、てめぇ何やってんだよ」



そうやって言い返す兄貴を黙って睨み返すとそのまま、
兄貴を置いて本館目指して歩き出した。


兄貴と喧嘩しに来たわけじゃない。
アタシは面接に勝ち残らなきゃなんだから。



アタシの幸せな未来の為に。



だけどアタシが歩く後から、
兄貴の足音が近づいてくるのはちゃんと知ってる。


それが……ずっと小さない時から知ってる兄貴だもん。




「って、氷夢華待てよ。

 何怒ってんだよ。アイツはユウカちゃん。
 ケアセンターの患者さんだよ」



そう言ってアタシに説明する兄貴。



「うん。
 患者さんだって言うのはわかってるから」




わかってるから……だけど兄貴を独占したいって、
そう思っちゃうんだもん。


あの日、兄貴に捨てられたアタシだから。 


そのままアタシは兄貴に連れられて病院長室へと訪れて面接を受けた。



面接現場には鷹宮雄矢【たかみや ゆうや】と名乗った病院長と、
水谷結夏【みずたに ゆか】と名乗った聴きなれない総師長っと呼ばれるポジションの女性。


世間話を中心にお茶を飲みながらゆったりとした時間が過ぎて、
その後は、一通りの手技の実技だった。




数日後、アタシは兄貴と同じ職場の同僚となった。


鷹宮総合病院放射線技師・橘高氷夢華。



新しいネームプレートをつけて、
兄貴の隣を颯爽と肩を並べて歩く
そんな夢の時間も、もうすぐ。


兄貴と一緒に働きたいって言うそんな夢が、叶おうとしていた。

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