きみのとなり

佳川鈴奈

4.氷夢華台風 - 嵩継 -


突然の再会。

そして翌日、俺が仕事に行って帰ってくるまでの間に、
アイツはオレのマンションに全ての荷物を持ち込んでた。



話を聞くとアイツの言い分ではオレのせいで職がクビになったと告げた。


職がクビになったから寮も追い出されたと。
行く宛がないと主張する氷夢華を追い出すことも出来ない。



かといって……今は昔と違うだろ。
嵩兄、嵩兄ってオレの名を呼びながら何処でもくっついてきたアイツ。




だけど……もうあの頃じゃない。



オレにとってアイツは妹みたいなもんには違いないけど、
はっきり言えるのはオレたちは実の兄妹じゃない。



第一アイツの親父さんたちにどうやって言えばいい?



氷夢華が転がり込んできたなんてアイツの責任で報告できるかよ。



かといって20歳を超えた男女が二人。




一つ屋根の下で住むっていったら普通はいろいろと想像するだろ。
溜息しか出なくなってきたぞ。




帰宅して早々、オレの家なのに落ち着ける気がしない。



何時もはリビングのソファーにゴロっとなりながらテレビをつけて過ごす時間も、
ゆったりとリラックス出来る環境でないために早々に自室へと退散した。



あんな……丈の短い服着て、生足さらしながらウロウロすんじゃねぇー。
目のやりどころに困るじゃねぇか?



なんて首から下げてるエターナルペンダントに触れながら、
海斗に愚痴ってみる。




久しぶりに再会した氷夢華はオレが言うのもなんだけどいい女に成長してた。



小さかった背も伸びて育つところも育って髪を軽く巻き髪にして大人っぽくなりやがった。



そんな奴が太ももがチラリと見え隠れするような
際どい丈のロングTシャツ1枚だけでウロウロと室内を歩き回っててみろ。


落ち着けるはずねぇだろ。
ちょっと屈んだだけで見えるかも知れないラインだぞ。


そんな服装でチョロチョロとマンションの中を動き回るアイツ。


チクショー。
なんでオレが、こんな肩身の狭い思いしてんだよ。




「ねぇ、兄貴もう寝た?
 ドライヤーかしてよ」



ノックもなしに部屋をバンと開ける氷夢華。
当然、チラツクのは太ももと胸元。


しかも風呂あがりでシャツが濡れてうっすら透けてんぞ。
をいをい……チクショーマジで勘弁してくれって。




自分言うのもなんだけど高校まではバイトと部活に必死で女っ気ゼロ。
医大に入ってからもやっぱり生活と勉強でいっぱいいっぱいで女っ気ゼロ。
ここに就職してからも勉強一筋、修行一筋、やっぱ女っ気ゼロ。



女っ気ゼロで悲しいかな過ぎ去った時間だぞ。
そんな、チラ見せに免疫なんてあるかよ。




「おいっ、氷夢華。
 オレの部屋に入るときはドアのノックくらいしろ」


「ノック?

 別にいいじゃん。
 兄貴の裸なんて減るもんじゃないし」




って、おいっ。
サラっと言い返すか?



「はぁ~疲れた……」



思わず零すように呟いた言葉も、アイツの地獄耳はキャッチしていて。




「何? 疲れてるんだったら久しぶりにアタシが兄貴をマッサージしてあげようか?

 昔も兄貴の試合の夜は足マッサージしてたよね。
 兄貴がマッサージのご褒美にくれたのはアイスクリームだけだったけど」



って……まさか、お前昔のノリで勢いでやろうなんて思ってないよな。
あの頃と今は随分と環境が違うってどうしてわからない?




「あっ、ドライヤーだったな。

 氷夢華わかったからちょっと服、マシなもんに着替えてこい」


そう言うと逃げ出すように洗面所へと急いだ。


「えぇーマシな服って、そしたら兄貴が服買ってよ」



服買ってよ……ってどうしてそうなる。
そんなに欲しいならジャージくらい買ってやるよ。

お前はブーイングの嵐で文句ばっかだろうがな。



「ほいっ、ドライヤー。
 使い終わったらここに片付けとけ。

 このBOXに入れて置いたら、お前もわかりやすいだろ。

 んじゃ、オレは寝る。
 だからお前もとっとと休め。
 部屋の中邪魔しに入ってくんなよ」



きつく氷夢華に言い残して早々に自室に引きこもった。


氷夢華台風って洒落になんねぇだろ。


眠くない体をベッドに横たえてそのまま天井を見上げる。
思い返すのは小っちゃかった氷夢華の姿ばかり。


はぁ、あのガキが……今じゃ、あの通りかよ。


転がったもののトイレに行きたくなって体を起こす。
トイレに近づくと、また……アイツが浴びるシャワーの音が響いてくる。



ヤベっ。
アイツが女だって意識しすぎだろオレ。


アイツは妹だ……アイツはただの妹だ。
自己暗示のように脳内で言葉を繰り返す。


いやっ、このままじゃマズイだろ。
かといってアイツを追い出すなんてことも出来ない。



オレが出るか……。
幸い院長邸の別館の1階は今もオレが自由に使えるように準備してくれている。



そうと決まれば、明日から数日分の着替え鞄に詰めておかないな。



それに鷹宮でもマズいことが起こった。


去年の秋に極道の抗争に巻き込まれて誘拐された勇人は、
無事に帰って来たものの、年末に親友の死を経験した。

俺が氷夢華とF峠で出逢った年の初め、
年末に亡くした親友の弟を、外出していた千尋と勇人が連れて帰ってきた。



その日から、勇人と千尋の歯車は少しずつずれていく。
そして……今朝、出勤したオレの前に勇人の姿はなかった。


院長にもRiz夫人にも勇人の行方はわからなくて、
アイツの生みの親や、入院中のアイツの実の父親の元にも顔を出したが
手がかりは何もなかった。


勇人の行方がわからなくなってピリピリしてる、
あの家に転がり込むってのも気が引けるが……、
こういう時だからこそ、手伝えることもあるだろう。



んで問題はアイツの就職先の斡旋だな。


アイツが働きたいなら、それも世話してやらないとな。


体を預けていたベッドから体を再び起こすと、
携帯電話を取り寄せて鷹宮邸へと電話を掛ける。


2度ほどベルがなった途端にリズ夫人の声が聞こえた。


「もしもし、夜分にすいません。
 安田です」

「まぁ、嵩継さん。主人に御用かしら?」

「あっ、はい……あっ、勇人見つかりそうですか?」
 

そう問いかけた声に夫人は小さく、まだ見つからないわと呟いた。
暫くして院長の声が聞こえる。

「もしもし、嵩継。
 こんな時間にどうした?」

「実は院長に無理なお願いしをしたくて夜分にも関わらず、お電話させて頂きました」


そう話を切り出して氷夢華の話を口にした。


「放射線技師を一人、面接してくれませんか?」


「採用するしないは問わない。

 それで構わないなら明日、連れてきなさい。
 その人と会って結果次第で決めるとしよう」



院長はそう言って、オレとアイツにチャンスをくれた。

後はアイツ次第か。

アイツの腕はオレが保証できる。
後はアイツの仕事に対する姿勢。

多分、大丈夫だろ。

面接前にも関わらず、どこか安堵しているオレが存在する。


翌日アイツがまだ眠る中、家を出る。
テーブルの上には置手紙を一つ。


病院の住所と、面接に来るようにとその時間を記した。
鷹宮の家に逃げ出したところで解決するわけじゃない。



どうしたらいい?


氷夢華の親父さんとおばさんの顔がちらつく中、
おふくろの説教が聞こえてくるような気がした。


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