きみのとなり

佳川鈴奈

1.峠の再会 -氷夢華-



冬の朝、太陽の光が差し込んで目が覚める。

冬至は過ぎて新年が明けて数日。
だけど、まだまだ太陽が顔を出すのは遅い。

掛布団をあげた途端に、寒さに体がブルブルと振るう。
慌ててストーブで暖を取りながら朝ご飯を軽く済ませる。


今日はオフ。


車を飛ばして買い物に出掛けて、
何か日頃のストレスを発散したいなーっと思って休日ほど早起きになる私。


私の仕事はJ医大の放射線技師。


技師といっても、この四月に入職したばかりだからまだまだ新米だけど、
それでも感覚はいい方でそれなりに自分的には有能だと思ってる。



そして歌手になるのが夢だった私が、
こんな医療関係の仕事に方向転換した理由の一つは私の昔の思い出が深く関わる。



小さい時の私の夢は、歌手になることと、隣の家の兄貴のお嫁さんになること。


隣の家の兄貴を、私はずっと『たかにい』って呼んで追いかけてた。
兄貴と兄貴の友達の海兄。


海兄は私のライバルで兄貴は憧れ。


ずっと一緒に居られるって思ってたのに兄貴は、
兄貴の高校の卒業式の前日に兄貴のお母さんが亡くなって姿を消した。



「おはよう、兄貴」


写真立てには幼い日の写真が今も納まっている。



白と黒のサッカーボールを巧に操ってるユニフォーム姿の兄貴。



その隣には同じユニフォームを着て兄貴の傍で笑ってる私のライバル海兄の姿。
そんな兄貴二人と一枚の写真におさまってる私の足元にもサッカーボールが転がってる。


オトンが撮影した幼い日の一枚。



何時か、また逢いたいから。



医者を目指した兄貴を追いかけて私の未来も決まった。


慣れない勉強をして必死にオトンとオカンから聞いた兄貴の進学した大学へ入学したものの、
そこの附属病院にも兄貴の姿はいない。



私が必死の思いで入学した大学は兄貴の母校じゃなかったの?
オトンとオカンのバカっ。



その大学で、兄貴の名前を出して聞いてみても兄貴を知る者など殆どいない。
だけど唯一知ってた存在は兄貴を毛嫌いしてる奴だった。



兄貴を毛嫌いしてる奴でも、ようやく出逢えた兄貴を知ってる医療関係者。


他に行く宛のない私は放射線技師としてJ医大にそのまま就職を決めて今に至る。


附属病院の職員寮で生活している私は着替えを済ませてゴミ捨てを終えると、
再び部屋に戻ってメイク道具手に取る。


就職したこの病院はとにかく人間関係がややこしくてストレスばかりが溜まる。



だからこそ、貴重な休みの日は早起きをしてストレス発散フルコースを堪能したい。


大好きなドライブにショッピング、カラオケまで。
そんなこんなで本日のオフ日も毎週たがわず朝からお出掛け。


メイクを施して、ラフ着からお洒落着に着替えなおすと鞄を手にして玄関の方へと向かう。



「行ってきます」



誰も居ない部屋に向かって声を出すと玄関の扉をガチャリと閉じて駐車場へと向かった。


駐車場にはアタシの相棒。
ライトチューンをしたスーパーレッドのMR-S。


すかさず車に乗り込むと高速を飛ばして、
ちょっと遠くのアウトレットモールまで足を延ばす。


寮を出て運転し続けて二時間くらいのところにある、
そのショッピングモールでウィンドウショッピング。


見てたら見てたで、欲しくなってストレスたまるって言うのもあるんだけど車の維持費用にもお金がかかるから、そこは我慢。
ぶらぶらとショッピングモールを散策し始めて30分。


お気に入りのクロワッサンのチェーン店で軽く10時のおやつ。
甘いものが美味しい。



時間は10時半を少しまわったところ。



その時、携帯の着メロが鳴り響く。
着信相手は高校の頃からの親友、華奈子【かなこ】。



「はーい、氷夢華。
  今から、いつもの場所集合するんだけど暇してたら来ない?
 
 今日は仕事もオフなんでしょ?
  退屈してんなら行こうよ」


「あっ、行く行く。

 ちょっち今、出先なんだよね。
  1時間くらいで行けるようにするからさ、アタシの席確保しといてよ」

「OK。じゃ、うちら先に行っとくから。
 気合入れてきなよ」


華奈子【かなこ】と、もう一人の親友・弥英【やえ】に何時もの暇つぶしの誘いを受けて、
買えもしない服を見ることにも飽きてきた私はクロワッサンとコーヒーを食べきってアウトレットモールを飛び出した。


屋上の駐車場の中央スペースに停めてあった愛車に乗り込んでイグニッションキーをまわす。


心地よい振動が車全体に伝わる。
アクセルを数回ふかして相棒の調子を確認してアクセルを踏み込む。


屋上である五階から国道入口まで降りると左ウィンカーを出して一気に加速させる。



アタシ、橘高氷夢華【きつたか ひむか】。


オトンはコンピューター会社に勤めるサラリーマン。
オカンは元保育士。


二人いる弟の上の方は介護福祉士に成り立ての新米社会人。
下の弟は今も働かずパラサイト。

後、オトンの方のばあちゃんと私の五人家族。


ちなみに出来る女は自立しないとって言うのがモットーのアタシは大学卒業と同時に独立。

生意気腐った医者たちのご機嫌とりながら、
こうやって走って適度にストレスを発散させる日々を送る真面目な社会人。


って、自分で言うなって感じかっ。



車内のフロントガラス越しから見る前の車に少しイライラを募らせる。




あぁ~っ、前の車何トロトロ走ってんだよ。
法定速度そんなにきっかり守らなくてもいいじゃん。


邪魔なんだよ。


この車に乗ってスピードを加速している間はストレスから解放されるんだから。
左右の道路の車の合間を縫うようにスピードを加速させながら目的の場所へと向かう。


あっ、もうすぐ入口になるね。

料金所の標識を確認して自分の中のちょっとしたゲームを開始。

ETCゲートイン・クリア・GOっ!!。

料金所を通過した途端に運転席の左側に設置しているタイマーに目を向けてほぼ同時にアクセルを全開させる。
車内に響く軽快なサウンドが次から次へとアタシをヒートアップさせて行く。

ハンドルから伝わる重力の抵抗を感じながら相棒を加速させ続けて20分と少し。

料金所のゲートに並びながら思わずハンドルに八つ当たり。
自己ベスト更新出来なかったかっ。


まっ、法定速度守ってちんたら走ってたら30分くらいかかるところなんだけどね。


仕方ないか。
アタシの車……峠仕様だし。


料金所の出口をクリアすると待ち合わせのF峠に向かってまたアクセルを踏み込む。


峠を五分の四くらい登った地点で、車が何台か停車してヤジ馬が並んでる?


無視して通り過ぎるにはギャラリーが邪魔すぎだよ。
アタシも諦めて相棒を近くに駐車させ、その輪のほうへと歩いていく。



『おいっ、救急車まだかっ』





えっ?この声……。



慌てて輪の中心が見える場所に移動して中へと入っていく。



ブルーのシルエイティ?
って、何やってんだ?



『今、救急車は全部出払っていていないそうです』


ついてネェやつ。



『おいっ、この近くの病院で一番近いのは?』

『此処から麓の町まで降りて、 そこから駅の方に走っていくとF市民病院があります』

『誰かオレの車、走らせられる奴いるか?
  病院まで患者を運ぶ。

 一刻の猶予もない』


聴きなれた声が周囲に協力を求める。
けれどお互い顔を見合わせては手を『出来ない』と断わりつづける。


アタシは覚悟を決めて携帯電話を握り締めると弥英の携帯に電話する。
聴きなれた着信が近くでなる。



「氷夢華、アンタ来てたんじゃん」

「弥英、アタシの相棒頼むわ。

  ちょっとシルエイティの奴、知ってんだ。
 手伝ってくるよ」



相棒の鍵を弥英に預けるとシルエイティの傍に近付く。


ダチの各務【かがみ】が勤務してるから携帯に入れていた、
F市民の電話番号を呼び出してアイツの前に差し出す。



「アタシが、運転してやるよ」



アイツは驚いたようにアタシを見て「有難な」っと言葉に出すと、
患者である中年のおじさんを後部座席に乗り込ませて自分も乗り込む。


アタシも運転席に滑り込むように乗り込むと、
アイツ用に合わされた運転席を自分用に即座に調節してエンジンをかける。


「弥英、華奈子、行ってくるよ。
  相棒暫らく預かっといて、また時間できたら取りに行くから。

 後、麓にサツ待機させといてよ。
 急患運んでんだからさ捕まりたくないし」

「OK!!。氷夢華、いっといでっ。
 早く片付きそうならまた顔出しなよ」

指先だけで弥英たちに合図すると、後部座席にも手で合図してすぐにアクセルを踏み込む。
こんな再会するなんて思ってなかったよ。





いい男になってんじゃん……兄貴……。



麓まで一気に下りきってパトカーと合流すると病院まで一気に乗りつける。
兄貴が病院には連絡つけてたけど迎えが看護師だけ?




「各務、ドクターは?」

「それが氷夢華、今この急患の処置出来る先生の手が離せんの。
 この前にも二台急患あって人数いんのよ。

 どうしたらええ?
 うちらアシストにはつけるけど」

「うだうだ言ってねぇで場所貸せ場所。

 処置はオレがやる。
 猶予はないっ。
 処置室運べ。血液、コロナリ準備」


兄貴は移送用担架【ストレッチャー】に患者を乗せると自らも隣について押していく。


「ですが当院は部外者は……」



共に隣に付き従いながら断ろうとする各務の連れの看護師に兄貴はキレた。



あぁ……やっちゃった。


兄貴、こんな短気なところも昔から変わってないじゃん。
なんてちょっと懐かしさも感じながら。



そんな兄貴の短気さも、優しさから来るものだってアタシはちゃんと知ってる。


「心筋梗塞の疑いが強い。
 助かる患者、見殺しにする気か?

 オレは鷹宮総合病院に勤めている医者だ。
 身元が確かめたかったら電話してくれ」



兄貴が自分の身分を名乗った途端に事務長っぽい男が乗り出してきて会話に割り込む。


「鷹宮総合病院……あの神前大系列の病院のドクターですか?」

「あぁ、番号は……」

「あっ、申し訳ありません。
 当病院も神前の庇護を受ける病院です。

 神前系列の鷹宮と言えば、その噂は存じております。

 当病院には現在、処置するドクターがいらっしゃっても技師がいません。

  なにぶん今は人手不足で当直のドクターも先ほど緊急手術に入られまして、
 技師の方も到着するまでには後30分ほど時間が……」
 


事務長は申し訳なさそうに兄貴に紡ぐと視線を逸らす。


その視線が物語る……先は……。


心筋梗塞は冠動脈が突然閉塞して血液が供給されないために心筋が壊死する病気。
動脈硬化で狭くなった部分に血液の固まりの血栓が出来て血管を閉塞しちゃって起こるわけで、
閉塞した血管が早期に再開通してくれれば心筋の障害は軽くすみむし、
カテーテルを用いて治療すれば95%以上で血流を再開させることが出来る。



さっき兄貴が言ったコロナリって言うのは冠造影のことで、
鎖骨下の血管から心臓の冠状動脈に造影剤を入れてX線撮影する検査。

それでとりあえず状況を調べて、マズかったら治療的介入【インターベンション】に突入。


こっちの方は心カテ。
それでバルーンで広げるか血栓を溶かす薬入れるか医師たちが判断する。


そんなことアタシがさせないよ。



「各務、誰か忘れてない?
  ここに居るじゃん、優秀なアタシが。

 手伝ってやるよ。
 案内して。

  コロナリの準備でいんでしょ?
 状況によっては心カテ?」

「あぁ。そうなる。つけるか?」

「任せてよ。経験豊富だよ、アタシ。
 いい写真一発でとったげるから」

「頼もしいな。すぐに行く」

「OK」



そう言いながら血液検査の結果を手にした看護師から
用紙を奪い取って状況を把握していく兄貴を背中にしてアタシはアタシの持ち場に向かう。


コロナリの仕度を整えた頃、兄貴たちが患者を連れて入ってくる。


兄貴が欲しがるデーターである責任血管を的確に、
ピンポイントでショットして至急に現像させてシャーカステンへ。


兄貴はすぐさま、アタシが提供したデーターを目にすると『心カテ準備』っと素早く声をかけていく。

途端にアタシたちも手術着に着替えて、その上からX線の防御被爆装備をつける。


これが重いの何のって。

そうこう言ってる間に準備が整って嵩兄は上腕の血管から直径数ミリの管を挿入させてX線透視で確認しながら、
冠状動脈へと送り込んでいく。


そしてファイバースコープで血管内の具体的な状態を把握しつつバルーンで狭くなった血管を広げる。


アタシの役割はカテ-テルを操る兄貴が仕事しやすいようにX線照射角度を兄貴の指示通りにコントロールしていくこと。


兄貴にとってはアタシが捉える透視画像が頼りなわけだから……こっちも頑張るってもんよっ。


コロナリから心カテへと繋げ、一気にバルーンで責任部位の血管を広げて血流を再開させると、
「このまま様子を見る」っと声に出して思わずもれる安堵の溜息。




……やるじゃん、兄貴……。




搬送から処置完了まで阿吽の呼吸で退治したアタシは、
患者が移動するのを見送って着替えを済ませる。



着替えを済ませて患者が移されたICUの方へ向かう。



「氷夢華、お疲れ様。助かったわ」

「別に……まぁ、あの親父助かって良かったじゃん。
 運がいい親父だよ」

「ふふっ。後、あの医師も凄いよね。

 うちの医師、あんなに早く心カテ出来ないよ。
 心カテ出来る医師、一人しかいないのに」

「アイツは?」

「院長先生と話してると思うわ。
 先程、お見えになられたのよ」

「そっ。ちょっと、珈琲メーカー借りてもいい?」

「えぇ。けど……豆……」

「平気。豆はあるからさ。
 何時も持ち歩いてんのよ」

「なら使って」


各務の断りを得てアイツの好きなブレンドで
珈琲を入れてやる。



これで……思い出せよ……。





……兄貴……。






アタシの名前も記憶も想い出も全部。


アタシがコレを入れてやるのは、
兄貴と海兄だけなんだからなっ。

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