すばらしき世界のラグナロク

氷雨ユータ

ゲームスタート

「という訳で宜しくー!」

 メティー・ララフの同伴及び日記の記帳。それが僕に下された条件。日記はまあいいとして、問題は前者にある。
 彼女のお蔭でガラルタの被害は最小限に抑えられた。そこは純粋に感謝しているのだが、それはそれ。彼女を連れていかせるなんて―――正直に言おう。

 厄介払いだ。

 厄介払い以外の何者でもない。彼女が嫌われているという訳ではないが、まあ……理由は分からないでもない。僕が里の外で暮らす理由の一割もないが、しかし僅かながらに存在する理由が正にそれであるから。
「メティー。あんまり……その。夜とか演奏は控えめにしてくれよ」
 彼女はとても煩い。主に演奏が。
 まさかこの世界にギターが存在するとは全く思いもしなかったので何の音かと僕でさえ思っていた。ギターを知らない人は訳の分からない音を出していると思っていただろう。別に下手くそではないのだが、如何せん本人が気持ち良く歌うのを優先する為にどうしても騒音が生まれてしまう。
 しつこいかもしれないが、下手ではないのだ。ただ、どんな音にも限度があるというだけで。
「分かってるわよッ、相棒!」
「相棒ッ?」
「だってアンタも弾けるんでしょ? セッションしましょうよ!」
「ああ、そういう……でも時々で頼むよ」
「何で!?」
「僕の固有スキル教えただろ。ネタが割れたら簡単に対策されるんだ。君のスキルを一々コピーしてたら何処かで気付かれる恐れがある。だからセッションは夜限定だ」
「えーッ?」
 彼らがいつ戻ってくるか分からない以上、常に用心すべきとは当然の心構えであり、プレイヤーの顔なんていちいち覚えてないので『天雄』以外に来られたらまず気付けない。この里には居ないが、極論ガラルタにまだ潜んでいても不思議はなかったりする。
 出発は夜。暫くは空ける事になる我が家に、僕は別れの挨拶をしている所だった。メティーは不満げに口を尖らせていたが、厄介払いである以上彼女に残るという選択肢はない。小屋の中で気持ちを落ち着けるべく静かな演奏を始めた。
 それくらいなら全然聴けるし、名曲だ。
「所でそれ、何の曲だ?」
「ん。お父さんが弾いてた曲を思い出しながらだから、私も分からない。でもこれ弾いてると、凄く落ち着くんだ」
 見て分かる。演奏中の彼女は人格的にも非常に落ち着いていて、その口調も心なしか大人っぽい。一生そうで居てくれた方が過ごしやすいのは間違いないが、恐らく元気なメティーを見れないとそれはそれで心配しかねないのでやはり元のままでいい。
 僕自身の根っこが暗いのもあって、明るい人の事が好きだ。僕にない物を持っている気がするから。
「アンタさ、私がサーシャの命令で付いて来たと思ってない?」
「違うの?」
「私の夢を叶える為に私から願い出たのよ。私、というよりはお父さんの夢だったんだけど―――」
 メティーはアースドラフトで作ったギターを足元に還すと、物憂げな表情と興奮を両立させた複雑な表情で言った。



「私の夢は、世界で一番有名なアーティストになる事! 死んじゃったお父さんに聞かせてやるのッ。お父さんってば、多分私が気がかりでまだマナに還ってなくてアーラトロウで立ち往生してると思うから!」
 十年過ごしていてもエルフの文化はまだ理解しきれていない所がある。アーラトロウは死者が通る場所みたいなもので、多分死にきれてないと言っているのだろう。何処までいっても僕は人間だと再認識してしまう。
「で、サハル。最初の開催地は何処なの?」
「コンサート前提みたいになってるな…………まあガラルタにはもう向かわないよ。恨みも買ってしまったからね。東から抜けて『災禍のⅠディザスト・フラッド』に会おうと思ってる」
 彼は協力的な方ではないから確実に面倒事を呼び起こしそうだが、そこは何とかしよう。一度は戦って勝利した経験もあるが、初対面とそれ以降では事情が違う。あちらも『見業師』については把握済みだ。戦闘経験がモノを言うだけなら僕ではなくあっちに利がある。
 
 …………応用出来ないのも僕のスキルの弱さだなあ。

 『剣王』であればその場に武器が無くとも石に魔力を込める事で無理やり武器という認識に持ち込む事が出来る。『調音師』であれば足元だけでなく生物も楽器に出来る……といった風に、スキル効果の文面を柔軟に解釈する事でその動き方には幅が生まれる。これは汎用スキルにも言えて、例えば『薬草知識』ならば普通に薬草売りとして生きていく事も出来るし、毒草を誰かに売りつける事も出来るし、正当な知識を悪用して詐欺を行う事も出来る。
 また、未知の植物に対してある程度の見解を立てる事も出来る。

 僕の『見業師』にはそれがない。

 固有スキルだろうが汎用スキルだろうがコピー出来る代わりに、それ以外の事が出来ない。コピーした範囲で応用は出来ても、コピーそのものに何らかの対策を取られた場合、どう足掻いても僕はそれに太刀打ち出来ない。
 自分で思いつくのも何だが、パッと思いつく限り対策は二つある。

・不意打ちの一撃目で殺す
・広範囲火力で焼き払う

 僕の見業は敵対した瞬間と攻撃を受けた瞬間に自動的に発動する。なので敵対以前に存在に気付かない、一撃目はコピー出来ないので素面の僕を殺すくらいの威力があればそれで終わり。
 敵対した瞬間とは僕の認識に過ぎない。なので僕の見えない場所から広範囲を巻き込んだ攻撃をすれば死ぬ。
 そして『災禍のⅠ』は後者の方法を取れる。僕には為す術がない。
「災禍は全部で十つある。長い旅になる。それとちょっと前も言ったけど僕は―――」
「護衛が出来ない、でしょ? 安心なさい! 自分の身くらい自分で守るわッ。このメティー様を舐めるんじゃないわよ!」
 自信満々、か。彼女も単体では重大な欠点を抱えているので、そこはサポートしよう。勝手に相棒認定されてしまったが、音に様々な効果を乗せられる彼女は中距離から遠距離を戦えるので相性補完が出来る(僕はコピーした相手次第だ)。
「日も落ちて来たし、そろそろ出発しようか」
「夜に出発って言わなかった?」
「言ったけど、見積もりが甘そうだと思ってね。この森は広いから夜に出発したら外へ出る頃には深夜になる。今の内に出ておけば夜には出られると思う」
「森の中に居ても誰か襲ってくるって訳じゃないし、別に良くないッ?」
「それもそうだけど、そんな事言い出したら今日はここで寝ればいいって結論に帰ってくるじゃないか。朝になったら朝は動くの怠いってなって、昼になったら夕方に出るのはって躊躇して、夕方になったら―――」
「アンタってそんな物臭だったんだ! ウケる!」
「ウケないで。そういう訳だから行こう。プレイヤーが災禍を知ってるとは限らないけど、君達にとっては常識だ」
 プレイヤー達はこの世界を思いのままに転がす力を持っている。協力的なNPCは確実に存在するから、彼等の入れ知恵で『災禍』へ先回りされた日には―――いや、幾らプレイヤーとて彼等を対策なしで打倒するのは厳しいか。
 『災禍』はゲーム的な発想で言えば全員が隠しボスだ。僕達だけに配られた『固有スキル』同様に、全員が異常なステータス調整と固有オリジンとは別枠のスキルを持っている。幾ら僕達が恵まれたスキルを与えられていても容易に勝てる相手じゃない。

 この世界は本来平和であるべき……戦う必要のない世界なのだから。

 真に平和であればどれだけ強かろうが弱かろうが関係ない。関係なかった。今までは。
「さ、魔王としての第一歩を踏み出そう。世界を勇者の魔の手から救わなきゃね」
「勇者?」
世界ゲーム滅ぼすクリアしようとするものだよ。意味は分からなくていいよ、分かっても意味は無いから」
 今の所、僕に魔王としての風格は皆無だ。旅を続けるうちにそういう風格が出てくれば幸いだが、もし出なかった場合は『災禍』にでもリーダーを交代しよう。僕は飽くまで人事として旅を続ければ結果的には変わらないし。




 さ、戦争開始だ。

 





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