すばらしき世界のラグナロク

氷雨ユータ

魔王として、世界の為に

 『見業師レプリク・レプリカ』。
 それが僕の固有スキル。
 敵対状態に入った存在のステータス、スキルを全てコピーする。これは任意発動ではなく敵対状態―――攻撃を受けるか明確に戦闘の意思を見せた場合に自動発動する。なのでコピーしたい相手を一方的に敵視してもこの効果は得られない。また、多人数と敵対状態になった場合は全員のステータスを合算し、スキルは加算される。
 強力なスキルだがその分制約があり、

常時発動パッシブスキルを除く全てのスキルは一度使ったら消滅する。
・武器に付属するスキルまではコピーできない(飽くまで使用者自身)
・敵対が無くなった瞬間全ての効果が終了する。

 僕が強者との多対一を望むのはこのスキルがあるからで、碌にスキルも解放されていない野盗の様な格下相手に力を発揮出来ない理由が分かっただろうか。スキル未使用時の僕のステータスは十年も旅していただけはあって平均以上ある。かえって弱体化してしまうと、数の力で確実に押されてしまう。
 一対一でようやく効果を発揮とは言ったが、攻撃系のスキルに常時発動は存在しないので使い処を見極める事が必要だ。つまりこのスキルは何よりも戦闘の経験値と勘が必要になってくる。
 先程の戦いでも色々と使えたが、ネタが割れれば簡単に対策出来てしまう為迂闊にスキルが使えなかった(雑兵を適当な数けしかければそれで済む)。固有スキルには二つと同じものが存在しないので恐らく『魔装師』は気付いただろうし、二度目は無いと思って良い。
 殺すのだけは躊躇われたから強制送還したが、あの程度で彼らが諦めるとは思えない。
「へー! 中々面白いスキルね! って事は私と同じ芸当も出来るって訳?」
「勿論。でもセッションしたいなら攻撃してくれないと困る。そうしないと模倣出来ないから」
 『調音師』の常時発動スキルには『音属性の攻撃を無効化』がある為、僕に何ら攻撃の影響がないのもそういう事だ。そもそも固有スキルは基本的に扱う攻撃に対する完全耐性が―――
「って違う違う! メティー。君はどうしてそんな固有スキルを? まさか……ずっとプレイヤーなのを隠してた?」
「ぷれいやー? 何それ、全然分かんない! ただ私のスキルは……お父さんのを受け継いだの!」
「お父さん?」
 固有スキルはプレイヤーにしか与えられない外部特権だ。その気になれば僕だって子供は作れるけど、しかしメティーの年齢はどう考えても同い年か少し年上か。ここの時間の流れがどうであれ彼女がここまで育つという事は『お父さん』は僕達がここに逃げ込む前から住んでいた……?
 しかし『神』は僕達が実際に使うまでアップデートをしていた筈だ。嘘を吐く理由も見当たらない―――


「サハル! 大丈夫ですかッ?」


 ふと湧いた疑問は血相を変えて駆け寄るサーシャの声にかき消された。
「ああ、サーシャ。ごめんね、そっちこそ怪我は?」
「大丈夫ですわ。それより貴方……怪我を―――してないですわね」
「まあ、僕に有利な状況だったからね。僕の心配よりこの町の心配をしてくれ。何人か殺されちゃった。僕のスキルじゃどうしようもなかったとはいえ、力不足だったよ」
「まあ…………」
 メティーが来てくれなかったらもっと死者は増えていた。というか誘いに乗らざるを得なかった。僕のスキルは飽くまで一時的なコピー。自分の身を守るには最適だが、誰かを守る事には全く向いていない。
「僕はちょっと外の空気を吸ってくるよ。『天雄』は悪名じゃなかった。英雄同然の人間に日常を壊されてみんな困惑してる筈だ。だからちょっと、説明お願い。彼等はこの世界を滅ぼそうとしてるんだって」
「そ、それは突飛過ぎない……事もないのね。実際に殺された訳だし」
「オウケー。でも一番詳しいのはアンタだから、詳しい説明はやっぱしそっちに投げるわよ」
「ああ、それでいいよ」
 僕は寝転がった状態から勢いを利用して飛び起きると、かつての自分に戻りたくて町の外に出た。メティーの演奏に魅了されていたか、はたまた英雄が理由も無く人を殺すなんて信じられないのか、何人かの不安を隠せぬ住民が僕に寄ってきたがメティーの所へそれとなく促した。
 

 ―――ああ、博士。僕はどうすればよいのでしょうか。


 本当に不安の種を潰すなら、町もろとも『極克』で更地にしてしまえば良かった。僕は『魔装師』の常時発動スキルで魔術の効果は大幅削減されるから無事だったろうし。でも出来なかった。それはこの町の為でもあったし、彼等に対する情があったから。思想は違えどかつては同じ『神』に頼り救われた仲。僕達が争うのをきっと彼は喜ばないだろう。

 ―――ああ神よ。お許しください。
  
 送り返した程度で諦める彼等ではない。今度はもっと大勢引き連れてリベンジに来るかもしれない。僕は無事で済んでも周りはどうだろう。何度も言うが僕のスキルは守るのに役立たない。まだ『剣王』の方が役に立つだろう。あちらは武器の潜在能力を解放して圧倒的な身体能力で捻じ伏せるだけなのに対してこのスキルは変則カウンターの様なものだ。
 僕が狙われればサーシャが、メティーが。何よりこの世界が危ない。
「サハル! 説明終わりましたわよ。皆さん納得はいっておりませんが、貴方に感謝している、と」
「……遺族は」
「はい?」
「僕が助けられなかった人の家族は何て言ってる?」
 顔を見なくても分かる。サーシャは俯きながら小声で呟いた。
「……恨んでおりますわ。あんなに強いなら助けられただろう、手を抜いたなって。私はそんな事ないっていいかえしたのですけれど……」
「いや、いいよ。スキルを明かす訳にもいかないし、そう思われても仕方がない。その償いって訳でもないけど、僕は決心したよ」
 RPGの金字塔において、ゲームをクリアする側は勇者と呼ばれていた。勇者は魔王を倒せばゲームクリア。何もかも全て、解決する。この世界をゲーム感覚でしか捉えられない彼は自分を勇者とでも思っているのかもしれない。いや、勝手な想像だ。ただ民間人を経験値と言い表す辺り思い込んでそうだと思っただけ。悪い事じゃない。
 そんな彼等に立ちはだかる壁が僕ならば、敢えてこう名乗ってみせようか。




「僕は、魔王になる」



 
   




















「『天雄』ツェッタ・ホーロンよ。何をそんなに荒れている」
 神都『バハルト』。世界の中心に据えられた楔の町。五百年戦争と呼ばれる大戦争の末に種族同士が和解し、その証として建てられた都。全ての大陸はかけ離れていながら、神都を通して全て繋がっている。そこには様々な種族が色とりどりの営みを催していて、よそ者を呑みこまんとするほどの極彩光輝に満ちていた。
 そんな都の壁を悪戯に切り崩す男が居た。『天雄』ことツェッタである。
「クソクソクソクソ! 何だアイツは! どんなスキルだ、この俺の攻撃が通用しないなんて!」
「ほう、そんな者がいるのか。お前よりも強い者が」
「そんな筈はない! 俺は選ばれた最強の存在だ! 『剣王』のスキルが通用しなかったのは何か理由がある筈…………そうだ、あの魔術! リリカなら知ってる筈だ!」
 ツェッタは徐に踵を返すと、足早に王城の中へ押し入り、角の一室に声を掛ける。中に居るのは『魔装師』ことリリカ・エンハルト。
「おい! 帰って来た瞬間から引き籠りやがって! 出て来い! 何か心当たりがあるんだろ!?」
 遅れてやってきた老年の男性は背後から険しい目付きで一連の動きを見つめていた。三秒と経たず扉を切り崩し、ツェッタは中で蹲っていた少女の胸倉を掴み上げる。少女は怯え、早速泣いてしまった。
「おい、リリカ。あの魔術は何だ? あんなに長ったらしい詠唱をしておいて俺達を送り返すだけなんておかしい。お前の固有スキルは目視した魔術を解析出来る筈だ。何か分かったんだろ?」
「し、知らない……! 知らないよう…………は、離してください……」
 問答無用に少女を殴り飛ばした。スキル補正のかからぬ一撃は、しかし確実に―――かつての世界であれば小学校に上がったばかりであろう―――少女の頬に痣を作った。一発で済むはずも無く、また掴み上げられる。
「俺達は仲間だろ? 教えろよ。そんな臆病な奴じゃなかった筈だお前は。ん?」
「……れ、レイハ君なら知ってる! 絶対! 絶対知ってるから……もう離、して」
「レイハだぁ?」
 『夢想詩人』如きが何を知っているというのか。話が通用しないならと追撃を加えようとする彼の手を背後に佇む男性が止めた。
「もうやめろ、『天雄』よ。それ以上はおよそ英雄のする行動ではない」
「…………俺に指図するのか」  
「ああ、するとも。お前達に居場所を提供しているのはこの私だ。気に食わぬのなら殺せばいい。お前達の居場所は世界の何処にもなくなるだろうな。私にはその力がある」
 それが脅迫ではないのをツェッタは知っていた。代わりと言わんばかりに近くの壁を殴ると、拳大の穴がぽっかりと空いた。

 生来、彼はそこまで短気ではない。

 彼をこうも怒らせているのは『裁禍』のスキルによる特別性の喪失。最初にこの世界へ下りた時、自分たちは唯一無二の固有スキル―――チートを貰った、と思っていた。実際、あの男に会うまではそうだった。
 なのに違った。
 あの男によって自分たちの絶対性は揺らぎ、強さへの自信は粉々に撃ち砕かれた。剣を止められたなんて初めての経験だった。その困惑が怒りとなって表面化しているのだ。
「……お前より強いのであれば、腹心として迎え入れるのもありか」
「な! ……い、いや。偶然だ。あんなのは偶然! 俺達が負ける筈ない!」
「だが送り返された。そうだろう。今まで自称『勇者』のお前達を配下に持つ事で我がカリスマを民に見せつけてきたが……交代の時やもしれんな。いずれにせよ、お前達の居場所はなくなるやもしれん。所でその者とは何処で遭遇したのだ?」
「……言いたくない」
「そうか。まあ良い。探す方法は幾らでもある。懐柔する方法もな。必要とあらば我が領土、我が娘、無限の富さえ差し出そう。強さとは最も信頼に足る数値だ」
 老年の男性は意趣返しの様にツェッタの胸倉を掴み、顔を近づけて言った。
「神からの賜り物があるからと胡坐を掻いたツケが回ったのだな。失望したぞ『天雄』」
 

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く