すばらしき世界のラグナロク

氷雨ユータ

神のミワザ

 町の人間を殺しても経験値が入る。そんなゲームは存在するだろう。

 だが、この世界はゲームではない。レベルシステムもスキルポイントシステムも無い以上、仮に経験値が存在しても路傍の石に劣らぬ程に全くの無意味だ。それを敢えて稼ごうと言うのなら容赦はしない。この世界がゲームではない事をその身に教えなければならない。

 ―――こういうのが嫌だから僕は隠居したんだけどな。

 ともかく今は町の安全を取り戻すべきだ。殺すのではなく、飽くまで撃退を狙っていく。十年過ごしたとはいえこの平和な世界だ。『天雄』とは違って僕には過去に培った良識がある。人殺しは出来ればしたくない。
「メティー。もし君が音で攻撃するなら僕を巻き込んでくれると助かるな」
「え、ほんとにッ! おっしゃー! じゃあ遠慮なく行かせてもらうから!」
 彼女が大きく指を振り上げた瞬間、妨害せんと『天雄』が踏み込んだ。正体不明のスキルに振り回してくる僕より明らかに固有スキルの分かりやすい彼女を狙うのは当然だ。僕という障害物だけを正確に避けた剣閃。僕はそれよりも早く。彼の顔面を掴んで地面にたたきつけた。
「へぶッ―――!」
 勢いあまった剣が手元から離れて聴衆の中へと埋もれていく。誰かに突き刺さらなかったのは幸運だった。後はそのまま彼等を守っていれば自動的に武器も封印出来る。


「ジャンカ・ダァァァァァブ!」


 力強い音色が町中に景気よく響いた。僕はすかさず『心共鳴ラウンドレゾナンス』のスキルを使ってメティーとの感覚を共有。今の音が聞こえた時点で隠密は意味をなさない。メティーのスキルは僕(・)と本人が一番良く分かっている。
「……『剣王』を舐めるなよ!」
 顔面を叩きつけられている状態にも拘らず『天雄』は剣を僕の胸に突き立てる。彼の装備する剣は所持スキルから言って第三武器以上……ざっくり言えば強力な武器であり、防御特化の固有スキルでもなければ基本的には受けられない。特に『剣王』は武器に秘められた力を解放しているとはいえ、このパッシブスキルを見る限りでは防御という行動がそもそも愚か。その為の『鈍泥』サポートだったのだろう。
 藍色の刀身が僕の身体を貫く事は無かった。顔を叩きつけられ視界を遮られている彼には何が起きているか分からない。何度も何度も剣を突き出して致命傷を負うのを期待している。
「オーバー・ビイイイイイイイイイイツ!」
 誰に求められるでもなくメティーは演奏の世界に入り浸る。慣れた手つきで弦を弾くその姿は楽し気で、満ちていて、晴れ晴れとしていた。聴衆は殺される恐怖から解放され、彼女の演奏に入り浸っては恍惚とした表情を浮かべている。
 
 ―――中々便利なスキルだな。

 アースドラフトでギターを作らなければスキルの大部分を使えないが、代わりにスキルの殆どが強力な効果を要している。弱点は演奏妨害で簡単に中断される事か。そして『オーバー・ビーツ』の効果は―――

「「「いやああああああああ!」」」
「「「「「「「があああああああ!?」」」」」」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬう!」

 演奏に魅了付与。魅了に抵抗した人間の強制招集。町中に隠れていたであろう十人の冒険者がメティーの目の前まで引きずり出される。それ以上の効果はないので彼女の演奏を止めれば全ての効力は消滅する。大鎧を着込んだ一人の男が立ち上がりざまに跳躍し、伸縮式の長槍をメティーめがけて突き出した。
「させないよ!」
 掌で刃先を受ける。そして僕は、男の全てを理解した。その一瞬に体勢を立て直した『天雄』が距離を取って剣を構えた。
「こいつは妙な固有スキルを持ってるぞ! 接近は控えろ!」
 その発言は俺に塩を送った。プレイヤー全員の警戒が俺に向けられ、多勢に無勢。スキルをまともに使わなければ勝負にもならないように圧倒的格上達。


 この瞬間に僕の固有スキルは最も力を発揮する。


「アンタ、私の演奏聴いてるのに何の変化も無いのねッ!」
「君にはバレたか?」
「見当はついたけど、分からないわ! でも多分……私と同じ・・・・でしょ!」
「大正解だ!」
 僕は前方で杖を構える『魔装師マスターソーサリー』の杖に目を付けると、側面の『天雄』に気を配りつつ魔術を唱える。
「地を払い、天を仰ぎ、逆靡く流れは天地を転がす。天命にして破滅、遮る目暈は地を這いめぐる。回りだす」
 長い長い詠唱を黙って見過ごす人間はいない。その魔術を唱えられる事に当の『魔装師』は困惑から動けなかったが、『天雄』を含めた十人のプレイヤーが詠唱を止めんと同時に責めてきた。
業槍士ロンド・バンツァー
鵺拳グアイウ・ツィーアン
軽業師ウォルバット
役者ハイアクト
聖教師インリッヒ』  
勇者ブレイザー
錬創術師アルケミアンス
異人エウスレン
夢想詩人ファンブル・ラック』。
 それだけ固有スキル持ちが居れば上出来だ。今の僕なら、この全員に勝てる。
「スロオオオオオオオオオオウ! コアッ!」
 信じられない事だが、ギターの音色が目に見えて……耳に聞こえて遅くなった。『スロウコア』は音を聞いた全員の敏捷を低下させる。それは音源の中心地に居る程効力が高まり、僕みたいに隣で立っているとまるで全身に鉄球を付けられた様な重さを感じなければいけない。
 今の僕には全く通用しないが。
「空けよ明星、堪えば滅尽の業火。ノアのお告げは天上の道をただ示し、必衰の洗礼を希わん!」
 全スキル使用。
 メティーと一瞥を交わし合い、合図を送る。 


極克オール・オブ・ゼロ!』
「ノォォォォォォォォイズカペラ!」
   

















『極克』。
 魔力の塊で出来た隕石を落とし、効果範囲内を更地にする単純な魔術だ。プレイヤー達は『魔術に無作為な追加効果を付与する』スキルによって転移魔術である『瞬果テレポ』を付与し強制送還した。
 いずれにしても、撃退は完了した。魅了の解けた聴衆は自分達の置かれている状況に今いち理解が及んでいないらしい。
「…………イエエエエエエエエイ! ……ライブとまではいかないけど、我ながら良い演奏が出来たわッ!」
「……君、疲れてないの?」
「疲れるッ? 世界を狙うメティー様が疲れるなんてあっちゃいけないのッ。即興のセッションにしては上々だったって、アンタもそう思わないッ?」
 僕はその場に倒れ込んで、無防備に全身を空に晒した。
「…………僕は疲れた。多対一が一番有利とはいえ、誰も傷つけずに撃退なんて無茶苦茶だ…………ああ、そういえばメティー。サーシャは?」
「隠れさせてるわよ勿論。長を人質にされたらアンタ戦えないでしょ?」
「まあそうだね。人質に取られていたら今みたいに強引な手段はとれなかった。僕達を殺す事に躍起になって誰も人質という手段を取らなかったのが幸いだったよ」
 因みに町民への被害はメティーが同時に放った『ノイズカペラ』が消してくれた。あの音には、演奏範囲内の魔術を弾く効果がある。ただし追加効果までは防げない。追加効果の範囲は付与魔術の範囲に順ずるので、プレイヤー達は追加効果のみを喰らって帰還した訳だ。
 簡単に言えば、魔術はプラフであった。
「そういえばあの人たちは何処へ行ったの?」
「さあ。『瞬果』は任意に設定した一か所に戻す魔術だから、彼等が拠点としてる場所なんじゃないかな」
 残念ながらそれ以上は分からない。というか今の僕にはそれを知る術が那い。
「あ、そういえば約束だったわね! アンタのスキル教えてよ!」
「…………まあ、そうだね。君が居なければ被害者がもっと増える所だった。本当はゼロを目指したかったんだけどね。教えるよ」
 彼女の攻撃……というか演奏はプレイヤー達を巻き込んで僕にも届いている。
 メティー・ララフの固有スキルは『調音師シンガー』。



 そして僕の固有スキルは――――――。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品