すばらしき世界のラグナロク

氷雨ユータ

その出会いは運命

「ああ、ただいま。調子はどう?」

「調子なんて絶好調に決まってますわッ。だって、貴方が来てくれたんですもの……」

 エルフの長、サーシャ・ニウ。種族の壁を越えて珍しい銀の髪と藍色の瞳は暗室の中でも目視出来る程眩しく、その肌は陶器よりも滑らかで。森の中で鍛え抜かれた肢体はしなやかに伸びて芸術的な美しさを魅せている。

 彼女との出会いを僕は運命だと思っているし、彼女自身もそう思っているだろう。この世界にとって僕達プレイヤーは突然空から降ってきたと言われても仕方ないくらい突発的に出現した存在だ。何も僕達は赤ん坊からやり直した訳じゃない。『神』が予め作っておいた肉体―――仮想世界ではないらしいので、アバターと呼ぶのは控える――ーがランダムに割り振られてここに来た。

 サーシャと出会ったのは見分の旅に出た初日の事だったか。

「今日は何の御用? もしかしてここに住む気になってくれたッ?」

「ああいや、それはまだ色々と……久しぶりに街へ出たいので許可を貰えないかなと」

 ゲームで見られる様なファンタジー世界をベースにしたとはいえ、これはゲームではない。生を望む僕達に与えられたもう一つの世界であり、人間同士の抗争を除けば戦う事はまずない。


 もっと言えば、魔物なんて居ない。


 『神』曰く、この世界をどう転がすかは僕達次第だ。人間同士の抗争があるのは他のプレイヤーがそういう風に転がしたからかもしれないし、だから僕はこの森に隠れたと言ってもいい。ここで争っていたらこっちの世界に逃げてきた意味が分からなくなってしまう。

「許可なんて、出さない理由がありませんわ! あ、でも一つだけ条件を付けても宜しいかしら。出来れば私も同行したいのですけれど」

「……同行?」

 意外な申し出に僕は眉を顰めた。これが『旅に出る』とかなら言い出すのも分かるが、ただ町へ出たいだけで同行を求めるなんて。断る理由はないけれど、ほんの少しだけ理由が気になった。

「町へ出るって、冒険しに行く訳じゃないんだけど。もし旅立つつもりなら隠さないで言うし」

「そんな事は分かっていますわ。私も久方ぶりに外へ出たいと思っていましたの。ここは魔力に満ちていてとても落ち着くのですが……人の世を忘れてしまいそうで。私は知っての通り長であり、種族間の交流を大切にしていきたいと考えておりますから。世間と隔絶されるのはあまり良くないと考えまして」

 じゃあ一人で行けばいいとひねた発言は心の中に留めておく。終末世界に身を置いていたお蔭で僕の精神はすり減ってしまった。冷たい発言の全ては過去の僕から生まれたもので、彼女が僕と行きたい理由は一緒に行きたいから。それ以上の理由はない。

「成程ね。でも君は長だ。情けない事を言ってしまうけれど僕一人じゃ護衛が出来ない。護衛が必要じゃないかな?」

 僕の固有オリジンスキルは平時では使えず、護衛の様に圧倒的な力を発揮しなければいけない時も使えず、一対一の戦闘でようやく使えるが、相手が弱すぎると役に立たない。一番理想的な状況は自分より遥かに格上な相手との多対一という、平和な世界にあるまじきピーキーさを誇る。

 このスキルについて知っているのは僕とサーシャの二人だけ。見聞の旅では色々な人物に出会ったけど、そのたびに僕はスキルを誤魔化している。

「その点については安心してください。ちゃんと用意しておりますわ。村一番の強者ですッ」

「おお、それは安心だねッ! 僕はこの村に詳しくないから強者と言われても思いつかないんですけれど」

「メティーですわッ!」

 飽くまで強者に心当たりがないというだけで村に住む全員と面識はあるつもりだ。その名前を聞いて、僕はうんうんと頷きながら、、 




 ………………ええ、メティー?




 如何ともしがたい表情で首を傾げるのだった。




















 森の外へ続く門を二人で抜けると、一足先に彼女は立っていた。

「はーい、サハル! 相変わらず呑気な顔してるのねッ! 今日はよろしくねー!」

 長い長いポニーテールを勢いよく振り回す女性の名前はメティー・ララフ。御覧の通りのハイテンションは彼女を象徴する何よりの特徴であり、エルフ以前に他のどんな種族を見てもここまでのハイテンションは見受けられない。

 また、軽度のナルシストであり、『私の美しさは人々に知れ渡るべき!』という発言から中々どうして露出度の高い格好をしている。具体的に言うと、背中がお尻の上部まで開けている。下着替わりの黒い布が胸の高さで服の下を隠しているが、ぶっちゃけそれしかない。

「き、君が護衛なのッ? 本当にッ? 戦える様には見えないし……武器もないけど」

「このメティー様に不可能は無いわ! まー魔法は使えないけど、何とかなるでしょ!」

「ほんと、頼もしいですわねッ。ね、これなら構いませんよね?」

「まともに役立たない僕には何か物を言える資格はないけど、本当に大丈夫? 例えば野盗が現れた利した時はどうするの?」

「そんなの簡単よ! でもスキル開示は無ーし! サハルが自分のスキルを開示してくれるなら教えても良いわよ!」

「…………ああ。じゃあ今はいいかな。また機会があったら今度こそ開示するよ」

 この世界にはゲームみたいな確認画面も無いし、気軽に誰かの情報を閲覧する事も出来ない。自らの中に眠るスキルを漠然と感じ取れるだけ。その特別性は情報の大切さを示しており、スキルを開示するのは基本的には自殺行為だ。特に僕達プレイヤーは元々世界に存在しない固有のスキルを持っているから尚の事。

 『神』曰くNPCには数億パターン以上のスキルがランダムに割り振られているから特別性は無いが、所持スキルを知っているのといないのとでは話が変わってくる。ではいつ開示するのかと言われると、職業に就く時だ。昔の世界で言えば履歴書を見る感覚に近い。

 教会には固有スキルを除いた全てのパターンがある為、それを基に適性を探して職業に就く。NPC達はそうやって社会的立場を得て、経済を回している。

「ニヒヒ。メティー様の勝ちねッ。どうしても教えてほしかったら私も開示してあげるわ! ただ、その時はたっぷりとお礼を貰うけど!」

「ここで話していても仕方ありませんし、そろそろ行きませんこと? 引き車を使いたかったのですが、ワグノフ(馬とイノシシを足した変な動物)の調子が今は悪くて」

「いや、僕は構わないよ。町は森を抜けてすぐだからね」

「んじゃ決まり―! しゅっぱーつッ」

 どうしてメティーが仕切っているのかは分からないけれど、とにかく僕達は出発した。野盗以前に争いなんて起こらないのが一番良いのだけれど、そうも行かない。戦争と終末が嫌で逃げ抱した筈なのににプレイヤーの内の誰かがこの世界に悪影響を与えた。それは思い込みじゃなくて確実な話。だからこその固有スキルだ。

「あ、そだ。んねーサハル。そう言えばこんな話知ってる? 近い内に世界が滅ぶって」


「えッ」


「アッハハ。そんなマジな顔しなくてもいいわよッ! 町の噂を耳にしただけで、私自身はそう思ってない! だってこんな平和な世界だよッ? 滅ぶ訳ないじゃん!」

 世界が滅ぶ。

 遥か昔は予言者の戯言に過ぎなかった言葉は、僕にとってはあまりにも身近なものだった。穏やかな表情が凍り付いて、指は昔みたいに根本から先の感覚が無くなって動かなくなってしまった。それはほんの一瞬の出来事だったが、昔の身体に戻ってしまうのではという危惧が、内心に冷や汗を掻かせた。

「私も滅んでしまっては困りますわ。旦那様との素敵な日常が壊れてしまいますもの。して、その様な噂を誰が流しているんですか? 神中教会ですか?」

「私教会とか大っ嫌いだから分からないけどー、でもあんな真面目臭い所が不安の種になりそうな事言うとは思わないわねッ。だって、そこが私の嫌いな理由だし!」

「ですわよね。幾ら人里離れているとはいえ、本当に何らかの危機が迫っているなら他の種族から私に集合を求める通達が届いている筈ですし」

「その噂については僕が調べておくよ。でも何で急にそんな話を?」

「え、馬鹿みたいな話って面白いでしょッ。不安の種って村長は言うけど、町の人だーれも気に留めてない! そういう噂があって馬鹿らしーって笑ってるだけ!」

 世界の破滅を信じない。それはNPCの基本的な思考方針だ。それはかつて『神』が説明してくれた。


『この世界を作るに際し一千万人以上の思考パターンを打ち込んだ。第二の現実世界を名乗るにはそれでも全然足りないが、僕や外部からの侵入者が干渉しなければ基本的には世界保持を目指すようにしてある』

『外部からの侵入…………?』

『つまり君達だ。君達の思考パターンは敢えて入力していないから、その気になればこの世界を血なまぐさい世紀末……今のこの状況と変わりないようにも出来るし、原始時代まで逆戻りさせる事も出来る。まだアップデートは行っていく予定だよ。この機械を使う事になるその瞬間までね」


 つまり世界の破滅を予言する存在はプレイヤーか、プレイヤーに影響を受けたNPCの仕業だ。同じプレイヤーとして、今は馬鹿話でも放置は出来ない。

「非常に馬鹿らしい話だけど、その話はどうも気になるね。買い出しを済ませて帰るつもりだったんだけど、少し滞在しようかな」

「お供しますわッ!」

「自動的に私もお供~!」

「ありがとう。単なる気のせいなら良いんだけどね…………」   

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