幸福戦争

薪槻暁

3、たわいもない会話

「ねえ、本当に良かったの?」




 暖かな日差しと夕焼けが温和な家族風景をさらに印象深くする。見たことのある家具ばかり置かれて、しかも記憶にある配置と全く同じ。




「ああ、これでいいんだ。これで……」




 でも彼女はというと僕と違ってそこに入ったことも見たこともないはずなのに、不思議と僕と同じ境遇の人間なんじゃないかという思いに駆られた。




「仲間思いなのは心優しいあなたの証明なのかな」




 真崎トレアは年齢と身長は変わったものの、彼女らしさを示すものは何一つ相変わらずそこにはあった。




「ほとんど変わっていないんだね」


「女の子に向かってそれは言っちゃダメってこと知らないのー?」




 僕の目線の先が彼女の頭にぶつかるので下に目線をずらすと目を細めて僕を睨む少女、彼女の姿がある。


 髪型は短髪から長髪へと変え、髪色は茶色から黒色へと移っていた。けどつぶらな瞳に幼げな様子を醸し出すのは全くと言っていいほどあの時と同じだった。




「ごめん、ごめん。ほんの些細なジョークだよ」


「じょおーくじゃないでしょうよ!もうあなただって相変わらず死んだ魚の眼みたいな顔してるじゃないの」


「それは単なる悪口じゃないかっ?」




 僕の突っ込みに彼女は腹を抱えて笑う、結局のところやっぱりあの時から時間は経過していないようなノスタルジーを感じた。




「なあ。何であんな格好してたんだ?」




 僕は彼女に問いかけると同時に机の上に置かれたマスクを指差した。




「何でって、当たり前のことでしょうよ。あなたと私たちじゃ犬猿の仲みたいだし、そのうえ姿なんてさらしたら何されるか分からないでしょう?」


「僕からすれば『作戦』みたいなものなのか……」


「ん?私は私たちがやりたいから行動しているのみよ?」




 彼女はさぞ生きたいように生きている自由奔放で健気な気がした。そしてそんな姿が羨ましいようにも思えた。




「私たちの判断であなたを連れ込んだの。誰からも指図されない、自分の正義に従って実行したの」


「カースト制ではないってこと?」


「そういえばそんな古びた制度あったねえ……そう、みんな平等に過ごすのよ、でも他人に危害を与えるのだけは死んでもやっちゃいけない、禁じ手。あっ、死んだらそもそもそんなの出来ないっけ」




 零れ落ちたような冗談は敢えて僕は拾い取らずにそのままにしたのには訳がある。それは聞いていた話と全く違うことだった。




「危害を与えないってことは、殺すことも駄目なんだよね?」


「……当然よね」


「なら、英国の場合は何だったんだ?」




 彼女の表情は少しも変わらずただ事実を平然と語るのみだった。




「あなたたちの自作自演よ」




 信じられなかった。




「あんなに建物を崩壊させてヒトを虐殺しては、他人のせいにしてね。ほんっと、こちとら迷惑極まりないって話よ」


「っ待って。自作自演?つまり僕たちが勝手に壊して助けたってことか?」


「はーーあ、そうよ。これだから事件を引き起こした当の本人は気付かないってわけねえ」


「っじゃあ、君たちがテンプル騎士団という名前で活動しているテログループってのは何なんだよ?」


「テログループ?ははあ……」




 彼女は溜息を一つ吐いて僕に真実を教えてくれた。




「ねえ、あなたはさ、ニュースとか報道されている情報をそのまま鵜呑みにするわけ?まさかそれでこの場に来たわけじゃないわよね」




 僕はうつむきながら、




「ごめん……」




 まるで自分に非があることを理解した子供のように頷いた。




「でもまあ、考えたらあなたがそう簡単に『はい、そうですか』って納得するはずもないわよね」


「知ってるかな、肩に十字の紋様がある人たちのことなんだけど」




 いくら忘却の彼方へ送りたいと考えても戻ってくる因縁の敵のことだ。




「知ってるも何もそいつらと出会ったからここにいるんだよ」




 何を言っているのかさっぱりという姿で僕に訊いてきた。




「一応言っておくけど私たちの中にはそんな人たちいないわよ」


「『信じられない』って顔ね。まあ仕方のないことよ、私だってあなたの立場だったらそうなると思うもの」




 僕は無言で彼女の言葉を待つことしか出来ないほどに呆気に取られていたというか、人間信じられないようなことが立て続けに起こるとこうなるのかと実感したのだ。「信じない」とすれば行動を起こすのは簡単だけど彼女が僕に虚言を伝えていると思う方が難しい。




「私はこちら側に引き取られ、あなたはそちら側に引き取られたって話よ」


「私はね、あの大火災の後に親戚の人に引き取られたの。両親は元々縁が無いようなものだったし、当時の私にとってあまり関係ない話だったのだけれどね」


「んで、私はその人たちと引っ越した先がここだったって魂胆よ。突然の海外旅行なんて私にとって驚天動地だったねーー」


「まさか地上じゃなくて地下に住むなんて思いもしなかっただろうしね」




 誰でも想像できる予想なのに、彼女は自分以外の誰かに打ち明けたかったと言わんばかりの表情である。




「そう!まさにその通りよ!まさかあの伝説の地下空洞があるなんてね。まるで不思議のダンジョンに迷い込んだんだって感じたわよ」


「って、私のことばかり話してるけどさ……」




 そして、彼女はあの時以来の憧憬がこもった眼差しを僕に向けてきた。




「ねっ、あなたの過去を教えてくれない?あの事件が起こって離れ離れになってからどう過ごしたのか。私は知りたいの」


「知ってもいい話じゃないよ」


「いいよ。とにかく知りたいの」




 彼女の眼には光や星が散ったように眩しいほどの熱を帯びていた。僕は言うか言うまいか一度試行錯誤したのだけれど彼女には勝てなかった。




 そう、あれは火の海から助けられた後の話だ。



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