幸福戦争

薪槻暁

3、偽世界と都

 地球空洞説という言葉をご存じだろうか。僕たちが生きるこの地球という星において表面上で生活するのが私たちではないということである。中身が金属などで詰まった球体ではなくところどころに空間が形成されその場所に私たちが存在している、簡単に話せばそんな説だ。


 しかし万有引力の法則が発見されて以来、それは衰退したも同然だった。それこそ御伽噺というか空想科学的なものだと。


 そう、当たり前と思っていたことがこんなにも簡単にひっくり返されてしまうとこんな感情に至る。


 「あり得ない」と。


 けど、この光景を見ればそんな理論的な構想も崩れてしまうのだろう。天井には光り輝く太陽、地上には赤橙色の日光によって照らされたヴェネチア風の屋根とテラスが都市の大部分を占めている。いわゆる水の都を現界させたようなそんな風景だ。
 都市の奥には青い海原、遠くまで見渡してもそこには青一色の平野しかないことには意外というか、こんな世界が未だに存在しているのかと呆気に取られる他なかった。


 地上においてもここまで明るく、陽気に生きている人間は見たことはなかった。もちろん、僕らを除いたうえではあるが。生きていこうと決死の覚悟で生きようとする気力が感じられない、かといって労働されるがままに生かされるような家畜に成り下がっているわけでもない。前を向いて、そして無理もせず自分が生きたいように生きる世界。




「おう。なんだお前はあんまここじゃ見ない顔だな」


「旅行の真っ最中かしら」


「へいへいっ、ここに寄っていかないかい。今なら……」




 通りの真ん中を歩く僕たち二人に投げかける言葉は招待状と等しいもので僕たちは会釈しながらそれらを受け流す。ある時は食料品、衣料品、またあるときは特殊な雑貨屋。この通りに集った皆々は己の持参物である商品を並べている。


 イタリアの世界に迷い込んだ僕らは運がいいのか悪いのか知らないが、とあるバザーの群れに溶け込んでいた。












 それは、今から数時間前のこと。




 「地下に空洞がある、それはつまり地下に住居を建設出来るスペースがあるってこと?」




 草木が茂るジャングルの中で特に茂った場所……ではなく逆にあまり雑草が蔓延はびこっていない光が差す場所のベースキャンプで今後の動きについて確認していた。




「そうかもな。さすがにこれだけ空間があるとなるとその可能性も高くなる」


「だが……」




 彼が瞬時に答えを出さずにためらってしまうのは勘の鈍い僕だって理解出来る。これまでの得てきた知識、常識というものに即しないのだ。つまりは「非論理的」だということ。


 けど、これまでの教訓が生きたのか、そんな大層なことは知らないけれど僕の胸の内側からはそれを反したい気持ちの方が強かった。




「うん。こんなの『あり得ない』ってことは僕だって分かる。でも行ってみなきゃ分からないのも一つの方法だよ。だから論より証拠だ、僕らの目でそれが本当か確かめてみようよ」




 口から流暢に流れ出る言葉には僕らしく、僕らしくもないものが混ざっていたけれど今はそれに従うことにした。


 少し経ってケリーは意外そうで納得した表情でもある入り混じった目で僕を見つめ直し、




「お前が言うならそうするか、分かったよ。お前に一票入れてやる。当たるか、当たらないかはまた別としてな」




 そうして潜り込んだつもりだったのだが……




 こんな場景に遭遇してしまったら誰だって自分の脳を疑いたくなるのではないか。


 商いを露店で、しかも商品を裸のまま外に放っている。皆が相応に中央を通り抜ける客に対して呼びかけ、興味を湧かせた人は立ち止まり、そうで無い人間は素通りしていく。街全体が活発に動き出し、異端のように思われる僕たちがこうやって平然と歩いているのはこの投影技術のおかげなのだろう。


 しかしだ、ここに僕たちが紛れていることも然りだが何よりこの場所へと到達できたのかは相当な疑問になるだろうと思う。地下2kmも深度があるこの場所に潜るなんてことは近現代技術を持ってしても不可能に近い。


 簡単に話せばこうだ、「招待された」の一言に限る。


 いざなわれたというか、向こう側からの刺客が運悪くも来訪したのだ。




『こんーーーーにちは』




 という不可解極まりない音声はAIやいわゆるロボット特有の調子でなく、ヒトが喉を用いて発する声のような気もしなかった。とにかく聞いたことのない人種、ヒトじゃないかと勝手に思い込んだのだが。


 そんな僕の予見なんて気にするわけがないと主張するようにその声の主は挨拶を続けた。




『あれええ、聞こえないいのかあ。変だよねえ、そんなことあるはずないのにい』




 無視することも出来たのだが、これ以上辺りを騒がしくさせてもそれはそれで面倒なので、返答した。




「聞こえてる」




 今度は甲高い声で返ってきた。




『おおおー。やはり間違ってはいなかったかあ。たまに誤作動しちゃうこともあるからねえ』


『君たちは……ん、ああそういうわけかあ。ほうほうならーーウエルカムにする以外ないよ』




 いちいち間延びする音声の主には口出ししたいが、それよりも彼の言葉の方が一足先のようだ。




『イイねっ、イイよっ、勿論だともっ、さあ入り給え。キミも、いやキミたちも私たちとはすでに同胞の仲だ』




 僕とケリーは目線の位置のみでやり取りを一瞬で行う。




「分かったよ。で、どうすればいいんです?」


『方法?っそんなものはなあいよ。だって君の前にもう存在しているのだからねえ』




 僕は辺りを見渡しそれらしきもの、つまりは地下へと繋がる手掛かりを探すのだが、目に入るのは草木に落ちた雨滴や日光ばかり。




「何もないが」




 声を発している向こう側で溜息が聞こえた。どうやら呆れ返っているようだ。




『んーー、これだから君たちはっ。人間が主体的なんて傲慢な考えにすぐに走るんだよおねえ』




 かといって僕たちに興味が無くなったわけでもないらしい、それは僕の個人的主観だとしても当たっているような気がする。




『ほらっ、そのすぐ側にあるツタを引っ張ってみて』




 テントの傍ら、三角屋根の角にだらしなくぶら下がっているツタ。それは先日から存在していたのかは定かではないが、おそらく無かったのだろう。僕は恐る恐るそれに手を触れると人工物と自然な営みが施された両方の要素が僕の掌から体へと伝わった。




『ほうら、そこに入口が出来ただろおう?』




 僕はそこで一つ目の呆気に取られてしまうことになる。


 ツタを引っ張ったそのすぐ後にテントの真横の地面に大穴が開き、そこには。




『あれええ、出来てないのかなああ』




 まるで僕を天から見下ろし僕自身の心の内を知り尽くしたような口調が余韻として頭に響き残る中。




 僕は目の前に現れた大穴の中の階段を見つめたままだった。


 

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