幸福戦争

薪槻暁

2、エピローグ

 欠点――その名の通り欠けた点。人間には必ずと言って良いほど持ち合わせている、いや。それは贖罪と称する部類に含まれるのか。それとも人間が元より自己本位で現れた副産物なのか。当事者の僕には分かるはずもないのは重々承知なのだが、それでも知識欲人間らしさの塊にそそのかされてしまう僕、僕たち人間はその疑問を解き明かそうと必死になる。一見、愚者の代替物のようで意味もおろか損しか存在しないようだけれど、それでも今の僕には少なくともそうは思わない。その概念の究明を急ぐ中、どうすれば乗り越えられるのかと思惑することさえも僕は賛同する。




『昨日から学び、今日を懸命に生き、明日への希望を持て。大切なことは問うことをやめないことだ。』




 かの有名な天才物理学者もそう言ったそうだ。何の考えもなく生きるのは、ただ生かされているような家畜と同類。重要なのは自分が出来ない、不可能な事柄だと感じてもそれをやり続けることなんだと。


 だからこそ、「欠点」という概念そのものを僕たちは捨て切らない。捨て切れないのではなく切り捨てないとの方が適しているかもしれない、それこそが人間らしさというものの魂胆だと僕は僕自身で定義づけた。


 合理的社会の乗り越えるという試みには勿論賛成する。けれどそれを二者択一かのように一方をそのまま切り捨てるのはどうかと思う。欠点を僕たちが持っていながらもそれに対処する、それこそが僕たちの生き甲斐にも繋がるのではないか。


 僕はあれから僕個人で思い悩むことは少なくなったけれど、それでも悩みの種は増え続けている一方だ。










 上空を見上げれば散りばめられた恒星の数々。地上を見下ろせば縦横無尽に埋め尽くす広告と人々の群れ。地平線の向こう側には巨大な絶壁が待ち構えているはずなのにそれすら視認出来ないほどに光という名の情報媒体が蔓延している。


 それでも空だけは何物にも染まっていない。自然に残された恒星が光るのみ。




「上空投影ホログラムが停止しているなんてよ。なんかあったのか?」




 普段は地上と相補するようにこの空も世界各国のニュースなどで埋め尽くされるのだ。




「違うよ、正常に動いてる。これはそのための確認みたいなものだよ」




 彼はさぞ納得したような表情を取り繕いながら答えを出した。




「動作確認点検か。どっかでやるとは聞いていたが……ここだとはな。しかもこの時間に」


「まさか、じゃなかったらこんな場所に呼んだりしないよ」


「確かにそうだな」




 彼は日常的になった無邪気とは言い難いが硬いとも言えない、そんな笑みを遊ばせながら僕の横に立つ。


 僕と彼は情報管轄区画の核とも呼ばれる特務室が備わっている建造物の屋上で夜空を眺めるとは名ばかりに黄昏れたそがれていた。


 中華人民国特務長官の暗殺およびアクセス権の奪取。作戦報告を入国から帰還まで隅々に渡って特務室で話し終えた後、僕たちはそのまま屋上で暇を取ろうとした次第である。




「結局、あいつは帰国するんだってよ」




 あいつーー中華人民国側の特務長の側近のオールド・セルナリーは自ら自国のアクセス権限類を差出した。




「ここで生活した方が楽だっていうのによ。なんでまた暗闇まみれのあんな場所に戻りたいなんて言い出すんだろうな」




 僕は僕なりに彼の気持ちを察することは難しいことではなかった。なぜならここではない、あの屋上で言葉をぶつけた時からもう結論を出していたのだから。




「そんな簡単なこと、僕にはすぐに分かるよ」




 ケリーは手持ち無沙汰に提げていた缶コーヒーを手摺りに当てながら疑惑の目で僕を見てきたので答えた。




「『幸せ』は人それぞれってことだよ」


「食糧が尽きないほどにある国、そうでない国、安全な国、そうでない国。人は自分が生きるその場所で自ら『幸福』の在処を探そうとする。彼は今までの人生の中で故郷こそがその場所なんだと実感したんだと思うよ」


「自分の人生の大半を過ごしている故郷が一番だと思うのは当然だと思うが?」




 彼の一般的に考えれば当たり前な問いに、発言した僕自身も静かに微笑を作りながら、




「そうだね」


 と呟いた。




 誰かのために、ではなくと伝えたあの時の言葉。


 たとえ地獄のように感じてしまう場所でも彼なりの『幸せ』を見出すことが最善の策だと考えついたとき、僕はどう思っていたのだろうか。


 それは彼を助けようと必死になった時以外分かり得ないだろう。




「ちょっとばかり行きたいところがあるからお先に失礼するよ」




 そうささやかな言葉を彼に送り、僕は久方振りの夜景を後にした。


















「まさか君から呼び出されるとはね。長年生きているとなると珍しいこともあるもんだ」




 柔和にかつ、探りを入れてくるような聞き方で僕に語り掛けるのは母国の行く末の鍵を握る人物の一人、マザーだった。




「僕とあなたが話すなんてそんな珍事ではないでしょう」


。それはともかく何の用だい?何の要件もなく私と話したいなんてことはないだろう?」




 僕は作戦上で遭遇した出来事、思いついたことを語るためにここに来たのだった。


 改めてここは都市中央区画の片隅に位置する、少々年季が入った喫茶店。中央部には多くの飲食店が並ぶメインストリートもあるのだが、そちらのカフェテリアでは普段用いるためにこういった内密な話、会談を行う場合は人気のないこの喫茶店を選ぶのだ。


 頷くと同時に僕は問いただしていた。




「はい。単刀直入に聞きます。あなたは今回の作戦についてどうお考えなのでしょうか?」




 僕たちに作戦内容に伝えるとき、彼はただ次の戦場の場と何をすれば良いのか淡々と語っただけだった。


 その国の政治、経済状況すら、作戦途中で情報を得ろなどという状態で僕たちは戦地へと赴いたのだ。単に知らないということではないのは作戦遂行した僕が当事者であるのでよく分かった。


 彼はその口を閉ざしたままでいるので、僕はある予想を提示した。




「僕たちを利用した。そうですよね、




 中華人民国特務長、すなわちマスターはこう言っていた。『私は欠損した子供』なのだと。




「ああ、そうだとも。私は彼らアンドロイドの母親であり君たち人間の義母でもある」




 彼は僕の目線に応えるように閉じていた口を開き始めた。




「実の生みの親ではないのだけどね、ただ私が彼よりも早く生まれただけの話だ。何の教育も与えていない。彼は自身であの国でネットワークを構築し私という先駆者が存在することに気付いただけのことだ」


「だが、『人との相互理解』が足りないことは私にも薄々把握していたのだ。だからこそ彼に拍車をかけるために君たちを送り込んだのだ」




 彼の作戦の趣旨説明に納得がいかなかった僕は再び問う。




「ならどうして暗殺が目的だったのでしょうか?拍車をかけるだけならそこまでしなくても良かったのではないのでしょう」




 彼は一つ深呼吸し過去を回想するように話す。




「私だって何度も考えたさ。そう、何度も」


「『何だって、住民を粗末に扱うのか。なぜ住民のことを第一に考えないのか。幸せになろうなどとなぜ考えないのか』と」


「しかし、返ってくる返事は全て同じだった」


「『私には分からない』」


「そこで私は考えたのだ。これは自分の落とし前の付け所かもしれないとね」




 僕は反論しようと体は動きそうになっても脳がそれを否定する。僕という人間が生きた時間はたかが知れている。彼の何度もは何十年単位なのだ。




「私たちの汚点は私たちで処理を済ますのは当たり前のことだろう」


「そこで君たちの力を行使してしまったのは申し訳ないと思っているが……」




 僕は彼の説明には十分すぎるほど充足している。けれども彼の言葉には納得がいかなかった。




「汚点……ですか?」




 何も悪気が無いような顔で聞き返す。




「そう言ったはずだが……何か間違えたかね?」




 僕はやはり彼が本物だとは思わない、いや思えないような気がする。




「いえ、あなたが本当の母親だとは思えないと思っただけです」


「確かにそうだとも、私とはあくまでも義母の関係だ。本物ではないのだよ」




 彼は全てを知り尽くす全知全能の神でも、未来預言者でもない。僕たちによって生み出され今じゃ立場が逆転した生命体、アンドロイド。






 結局は僕たちと同じ欠点を持っているのだと。

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