幸福戦争

薪槻暁

2、決意とともに

「ホント、予めあらかじめ避難経路というか脱出経路を決めておいてよかったな」


「君に同感せざるを得ないよ。しかも地上へのルートも決めておいて正解だったね。まさかこんなに早く作戦が進むとは思いもよらなかった」




 地上へと真っ先に脱出した僕たちはこの国の中で最過疎地域である農林水産区画の物置小屋に潜伏した。




「まさか、向こうからお迎えがくるとはな。さっきまでただの観光旅行みたいだったが、一気に仕事に様変わりだぜ」


「だが、どこから奴ら気付いたんだ?」




 彼なりに素直な問いだったので僕は予想していた一つの仮定を提案した。




「多分だけど、入国してすぐだと思う」


「どういうこった?ならどうして俺たちを即座に排除しないんだ?」




 僕はこの国の現状を内と外から試行錯誤した結論を打ち明けた。




「あくまでこれは僕の想像の類だ。当てにするのもしないのも君次第だけどいいかな?」




 無言で彼は首を縦に振った。




「合理的に考えてみると、入国して直接的に僕たちが消されなかったのは、すぐに地下へと潜り込んだからだろう。あの惨状というか光景を見れば地下街は管理されていない無法地帯。監視カメラや防犯システムは機能していないし、そこで見失ったんだろうね」


「確かにその案が最も納得がいくもんだ。あれは散策していた時だっけな、あんだけ機械的な人間の中に普通の人間が混ざっていたら嫌でも気にするぜ」




 それは僕も同じ感覚だった。人間は同調行動をとるのが多いとの謂れをよく耳にするのだが、その真反対の行動をとっていたのだ。




「敵意をひた隠しにしてもあんな状況を作ったのが敗因だったな。にしてもあんな方法はまずとらないがな」




 僕は首を右に傾け不可解であると面に表現する、ボディランゲージというやつだろうか。




「俺たちの寝床を爆破した方法だ。あんなやり方じゃ当の本人も粉々に散らばってる」




 僕たちに誰かが近づいているという証明は足音で成されている、つまり自爆ということだ。この時代に自らを犠牲にして他を巻き込むというその方法自体、死んでいるのも同然だった。なにせ後進国といえどもラジコン爆弾や遠隔操作式投下拡散爆弾など、いわゆるドローンという名の無人型のものが広まっているのだ。わざわざ操縦を放棄して自らの命を取引するなど以ての外の行為に等しい。




「あれは押し付けられたのか?どっちなんだかよくわからん」




 その昔、その方法も重宝されたこともあったらしい。これが自分の願いになるのだと、己の大切な人、母国のためには命さえも捧げるという精神が。けれど僕には理解できなかった。育ちすぎてしまった経済は僕のような無知の人間を生み出し辛辣な時代という過去を忘れてしまうのだ。そしてまた再び過ちを繰り返すのが僕たちの宿命でどうしてもそこからは逃げ出すことが出来ない。だからこそ自分という人間を捨ててまで僕たちに向かって来た人物のことがどうしても気になって仕方が無かった。その人の顔や性格、名前、性別さえもまったくと言っていいほど知らないのに、ただなぜあんな死に方を取ってしまったのだろうかと僕の心の奥深くでその疑念が漂っている。




「きっとそのどちらでもないと思うよ」




 彼は僕の辻褄が合わないだろう雑な返答のせいで困惑した表情である。


 僕だってそう思いたくない、だけどそれしか思いつかないこのやるせない気持ちを何処に投げて良いのだろうか。


 自身の右手を固く握りしめ、新たな決意とともに声を挙げた。




「行こう」




 その一言で彼も漸く察しがついたのか僕の後を追った。


















「OK、あと数キロ先の黒色の塔らしい」




 僕たちは知らぬ間に見渡す限りのネオン街に囲まれており、そのメインなる大通りから外れた裏路地を進んでいく。背景と同じ色彩のホログラムを全身に投影しているので大通りでも姿かたちの識別が困難なのだが、暗闇が増すこのような道を通ることで人の気配すら消し去る。


 人通りが少ない裏路地もある意味危険といえば危険だが、こちらに敵意を向けたり、攻撃態勢をとりさえすれば問答無用で僕の傍らで所持する小銃で沈黙させるので心配はない。




「まだ把握できないね、もう少し進もうか」




 把握――僕たちの右手に備えてあるデバイスでマザーから作戦についての情報を受信するのだが、この状況では周辺の詳細地図を頭に入れておきたかったのである。




「了解っと、方角はこのままでいいみたいだ。辺り警戒しながら攻めるぞ」




 僕たちは母国で教わった足音はおろか気配すらもろとも霧消させる歩き方で作戦を進める。




「なあ、お前はこの作戦をどう思うよ」


「それは僕たちの国と対比させてほしいという意味かな?」




 質問を質問で返す僕の乱雑な返答に少しは戸惑うかと予想したのだが、彼はそうでもなかったようだ。




「そうだな、そいつも含めて答えてくれると助かる」




 僕は彼の考え続けているだろう問いに答えた。




「僕は、請けて良かったと思ってるよ。いつまでも自分の国に引きこもっていたらこんな風景とか地獄のような惨状は見れなかったんだろうなってよく感じる」




 自分が言っていることに矛盾しているかのような味わいを覚える。だからこそ僕は言葉に言葉を紡ぎながら言いたいことに説得力を持たせた。




「けどさ、今ここに僕がいなかったらだれがこの国を見るのかなって同時に思うんだよね。何度も何度も想像してみてもその場所で佇んで傍観しているのは僕しか思いつかなかった」


「情けないことにさ、毎度こんな仕事なんて受けないで楽に過ごしちゃおうかなんて考えているんだよ。何だってこんなことしなきゃならないんだってさ」




 彼は僕の言葉を遮るように言い放った。




「だがお前はこの場で見届けることを選んだ」


「そう。自分が今生きている国とそうでない国、どちらで過ごせば本当の『幸せ』が見つかるのか模索することにしたんだ。いつからか思い始めていたんだ、これじゃあ『偽りの幸福』に満たされているだけなんじゃないかって」


「そりゃあ、レンの件もあったよ?彼を追うのが僕の目標なんだって。けどそんなのは理由の一つに過ぎない」




「まあこんなとこかな、僕の作戦について思うことは」






 彼は少々困惑した面持ちでこちらを眺めているようだった。そういえば何か言い忘れていたような気がする……




「あ、ああ……俺が聞きたかったのはこの作戦について中華人民国なんだが」




 僕は話す意図が的外れであることに焦りを感じ、素早く答えることにした。




「あっ……ごめん。今回のケースについては特別だと感じているよ」


「というと?」


「赦さない」




 一瞬いつにもない僕としては珍しい感情に彼は驚きを隠せなかったようだ。だが少し間を置いてから彼は口を開き始めた。




「お、おう……だが俺もそんな感じだ。いつもならこんな国の状況になっちまって残念だって思うことしかないが、今回ばかりは違うな」




 僕と彼との共通に抱いたある感情――それは、類い稀な殺意そのものだった。





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