幸福戦争

薪槻暁

2、眠らない街

「なあ、これから訪問する地域の住民はどういった奴等かは知り得ているよな?」


「一応、頭に入れたつもりなんだけど……つまり、僕たちと似た人々だということだよね」


「ご名答、ベストアンサーだ。身の安全を保証すると言わんばかりの人工的な防衛機材」


「だが一方で、こうも微細な影響は考慮しないずさんさ。まるで親子だな」




 両隣の部屋には誰も住んでいない、アパートメントの一部屋に嘲け笑いが響く。


 国内の上空は空と喩えられないほどの暗闇に包まれている。暗闇――僕たちの国では大気に投影しているホログラムの代用品。この国は金属で造られたドームによって覆われているのだ。




「まさかね、僕もこんな方法だとは思わなかったよ」




 僕とケリーのみの作戦。すなわちそれは戦地へと赴き方も変えなれけばならないという必然性も生まれるのだ。


 今から数時間前の出来事。




 闇夜の海原に放り出された巨大な船舶。ICチップや化学、生物学的産業品を乗せた貿易船は対岸の国へと日本を旅立った。一昔前まで軽量物資を輸送するのはコストパフォーマンスに敵対するかのようなやり方という認識があった。しかし、僕らの真似事をなんの躊躇もなく実行したこの国はその代償として空を失った。簡単に言えば金属で上空を覆っているので航空機の離陸はおろか着陸も困難となった次第である。




『ブラザー1、オールグリーン』


『ブラザー2、オールグリーン』




 僕は人一人分入れる程の木箱にそれぞれ物音も立てずに交信を始める。


 今思い返してみると微笑が浮かんでしまった。ブラザー――作戦マニュアルでパートナーを互いに呼応する際に使う名、僕とケリーに最適なネーミング。


 僕が独りでに笑みを溢しているのを、表情も掴められなければ音も聞こえない彼は想像できないだろう。


 だから彼は疑念の余地が一切振り払った様子で聞いてきた。




『俺達が入っているこの寄贈品は各産業中心区画に送られるんだったよな』


『そうだよ。到着して合図を送ったら作戦開始』




 作戦開始とは言ってもまず初めに取るべき行動は安全区への逃避だ。


 マザーからの周辺地域マップで地理感覚や人口密度の高低度合いを頭に叩き込んだ僕たちは現地に訪れる前ですらルートを把握している。




『了解。工場脇の地下通路から侵入、以後俺達の居住スペースを確保っと』


『それが手っ取り早いね。それじゃあ、長い旅路になるかもしれないから作戦遂行時刻まで仮眠としようか』


『OK』




 そうして僕らは交信を途絶えて浅い眠りに入った。






 その後の状況と言うと、何事もなく事は進んでいった。


 人が居られないような廃屋に到着し、現地の人々だろうか見たこともない人間達各々がトラックの荷台から輸送品を運んでいった。荷台の奥に潜んでいた僕たちは背景投影技術式のホログラムを身に纏っていたので、彼らに見つかることはおろか外界と識別することすら難題だろう。


 そうして工場の傍、排水溝と隣接している地下通路から闇夜の世界に迷いこんだのだった。














「しっかし、こんなものを見せつけられたらこの国が正真正銘の紛い物の幸福だと思わざるを得ないな」




 部屋の向こう側に見えるところどころ錆びた廃ビルの数々。規則なんてものは言葉の概念すら存在していないのではないかと想起させるほどの無法地帯の群れ。僕たちもその一部に潜んでいるのは致し方がないが、




「本当の意味の紛い物の幸福……。でも人それぞれが考えることこそ意味があるものであって『本当の意味』なんてことは生じないはず……」




 けれど一言発する僕の言葉に必ず思い返す含みがあるということは自身にもそう思いたくないという望みがあるからだろうか。




 だからこそ彼は含みのある笑いで語った。




「人間味があるお応えだな。それもお前の言うとおり当たりだ。だが、ここに住む奴等が自分達の生活は幸せだと世間に広めているのは覚えているよな」




 作戦が始まる前夜に送られたマザーからのデータ。


 当国のデータベースから抜き出されたそれは幸福度指数を示すグラフだった。二つ存在していた中で一方は表向き思考のもの、つまり僕たちに媚を売るための上っ面だけのデータ。そして他方は現実を絵に描いたような信じがたいデータ。


 僕はあまりにも差違がありすぎるそれらに異論を呈することすら出来なかったのだった。




「富の殆どを支配しているのはたかが人口の数パーセント。他の奴等は全て奴隷もしくは機械の一部に成り下がるしかない、しかも連中には教育の機会を与える価値すらないときた。そりゃあ繁殖や同一行動しか頭に無い連中に『幸福』について聞いても返ってくる返事はゼロだろうな」




 この国は上層部からの情報操作以前の問題を抱えていた。人間らしいと知覚させる「思考」の余地すら与えていなかったのだ。
 人間を道具としか見ていないとはまさにこの事のような気がした。




「なんだかこの国だけ時間が経つのが遅い気がする」


「もしくは時が逆流してしまったかな」




 彼は窓から人々の群れを眺めながら呟いた。




「妥当な喩えだな。国の財産を所持していた貴族どもは国民を時にただの道具やゴミとして使い捨てた。全て生まれた地、家庭環境が悪だと主張し、さも自分達の行いに悪なものなど無いと言い張った」


「それは正当防衛みたいなものだよね。自身の権利を保つためにはその地位に居座る理由が生まれてしまうから」


「確かにそうだ、人間誰しも不安定な要素を持ち歩くからな」


「けれど人間は人間。失敗を犯してしまった」


「ああ、彼らは自分と住民たちの均衡を意識するあまり重要なことに気づけなかった」


「それがこの国にも繋がる欠落したものだよね」


「その通りだとも、『知識』。彼ら住民が着々と積み重ねていったものは決して無駄なものじゃなかった」


「それは自分達が佇む位置、国の現状を把握する媒体を理解する必需品。まさに革命を起こすキーパーツだ」


「奴等にはそれがない」




 そう小さく呟いて前方の建造物の綻びを眺めた。







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