幸福戦争

薪槻暁

紛い物の幸福

 確かに、この場所――東京は安全かつ幸福を保証されているようだ。


 30メートルを優に超えるほどの安全壁に囲まれた都市部。上空はレーザー照射されたホログラムが覆っている。


 他国からの干渉、攻撃は全て皆無。




「この国は紛い物の幸福だな」




 カフェテリアで議論を持ち込み話し合うのは僕と同チームのジョン・ケリー。




「ケリーはここに来て幸せじゃないって言うのかい?」


「幸せって言えば幸せだ。だが幸せじゃないって言えば幸せでも何でもない。あるのはただの地獄そのものだ」




 ケリーは日本で誕生した人間ではない。彼はアメリカという共和国で命を灯した。




「だったら母国の方は?」


「あそこは幸せという定義そのものが破綻している」


「考えさせてくれる余地すら与えて貰えないからな」


「俺とササキ。ここに住む日本国籍の人間はあらゆる人間に支えられていることを忘れたら駄目だってことだ」




 こうやって仕事の合間にトークを愉しむのは慣習の一部。




「あちらで作られているものは僕らの一部に成り得ているってこと?」


「そうだ。自国で産み出せないものは他国から奪う他無い。ならいっそう、自国で有り余ったマネーを使って買い占めようとしたのがここ日本ということだな」


「でもそうすれば、あちらの人達にも収益があるじゃないか?それって幸せに繋がるんじゃないの?」




 ケリーは無言で上空を眺める。これは故郷を嘆く時の癖みたいなものだった。




「一部の人間だけだ……政権や軍事、国権に関わるお偉いさんどもに牛耳られたんだよ」


「民間団体もデモを起こしたりしたさ、だがな国の殆どの戦力を持つ軍部には勝てっこない」


「俺の歴史なんてそんなものさ」




 僕は何も言うことが出来ない。何せ僕は正真正銘の日本人。彼の国を破滅に導いた張本人なのだ。




「じゃあ、僕、いや僕らに恨みは無いのかい?」


「確かにお前は日本人で俺の国を消した国の民だ。だが、そんなことを言っていたら俺がここにいる存在意義が無いだろ?」


「そうだね、すまない……」 


「何もお前が謝ることはないぜ。俺は俺のためにここにいるんだからよ」




 彼はアメリカ人。僕が消し去った国に住んでいた住人。この国は狂気そのものだけれど、反抗することや対抗することが僕には、僕達には出来ない。


 それは自分を死に導くことでもあるのだから。




「おっ。召集の時間みたいだぜ」




 彼は店内の天井からぶら下がったモニターを見ている。


 画面には番号が一面に敷かれており、その中の僕とケリーのパーソナル番号が映し出されている。いわば第二次世界大戦頃の赤紙のような意味合いを持っているのだ。




 ここは軍備と日常が合わさった都心。平和に過ごす日常の中で、いつ現実を突きつけてくるのか分からない。




「次はどこへ旅行するんだい?」




 ケリーは不敵な笑みを浮かべ、


「これも何かの縁だな。そうだ。ここは俺が得意だから旅路の案内をしてやろうじゃあないか」
















「そういや、ケリーはなぜここに来たんだ?能力適正数値を超えたから?」


「言ってなかったか?俺はだな……」




――目標地点接近。これから第一小隊分離します――


 人工的なアナウンスとともに放たれていく無数の卵。


 硬化されたポット――卵、各一つに二人の人間が搭乗し大地へと急降下していく。


 ポットには上空と同化するように投影されており、地上からでは見分けをつけることなどほぼ不可能。




「やっぱり止めた。このセッションが終わったら教えてやるよ」




 僕とケリーは同チーム。二人タッグで行う作戦はこの街――ボストンの反政府グループからの奪還が主な目的。


 彼にとって自身の故郷を家族から奪うような意味だ。


 僕は彼が口に出そうとしたことを求めてはならないような気がした。なぜならこれから分かってしまうことだと思ったから。














 僕達は第三小部隊で主な戦力は上空からの爆撃。


 第二小部隊は第一のバックアップがメインなので、実際に戦地で戦闘を行うのは第一、第二といった辺りである。


 僕は自分のコンソールポッドに乗り込み、戦況を確認、もしくは小型の拡散爆弾を投下するだけだ。




「あーあ、相変わらずだな」




 隣のコンソールから音声受信が行われる。


 彼がどんな意味で変わっていないのか、彼自身しか知り得ないだろう。僕は聞かないことにした。




「お前はここを地獄だと思うか?」


「そうだね。僕には幸せには見えない」




 向こうから笑い声が聞こえる。彼は確かに笑っている。それは確信出来た。






「ははっ、そりゃそうだよな。俺だってここは地獄だと感じるぜ。一般市民どもはこの場所をを消したくなるのは分かる気がするよな」




 僕の言葉に共感しているうちに自虐的な笑みを含んでいる彼の顔が心配になってしまった。




「だがな……」




 彼は心の底に閉じられた扉を開くように、彼の口も開いていった。




「この場所が幸せだと思う奴だっている」


「家族、親戚、友人、大切な人さえ失ったとしても、自分のその手で取り返そうとするんだ」


「死んだら何も残らないんじゃないか?」




 僕はあまりにも冷静沈着すぎて非人道な人間のようだった。いや、非人間的だったと言い換えるべきだ。




「とても理性的だこと。だが彼等はそんなことを考えてられないんだ。言っただろ?富の大部分を国の上層部が独占しているんだ」


「俺達一般市民には人権なんてそんな大層なものは存在しない。あるのは鞭だけだ」


「考える暇も無かったということ?」


「簡潔的に言えばそんなとこだ」




 雨と鞭の雨が非情にも欠落した国。自由主義を掲げていたかつての故国はどこへ行ったのだろう。




「まるで産業革命時のイギリスみたいだね」
 



 二度目の笑い声が聞こえる。今度はさっきと違う単に興に浸っている調子だった。




「上手いなその表現。なら俺も同じように返してやろう」


『世の中には幸福も不幸もない。 ただ、考え方でどうにでもなるのだ』


「シェイクスピアかい。今日は国に掛けたんだね」


「と、楽しいお話会も終わりみたいだぜ」




 目の前のモニターには物々しい光景が広がっていた。


 燃え盛る炎と逃げ場の無い瓦礫の山。無惨にもスポンジのように穴が空いている廃ビルの数々。




「ここがボストンなのかい」




 書物に載っている輝きしか知らなかった僕は、あまりにも違いすぎる現実に認めることが出来なかった。




「ああ。俺のふるさとだよ」


「昔と何ら変わっちゃいねえ。店や家の配置、川や畑だって何一つあの時のまんまだ」


「辛いかい?」




 僕は聞いてしまったことに罪悪感を覚える。それだけ彼の思いを知らなくてはならないという重圧がかかっていたのだろう。




「………………辛いのか、辛くないのか。二つの選択だったら辛かったに決まってる」


「ただ……俺は今の立場を気に入ってる。だからこそ今は辛くないのかもな」


「僕だったら辛くて何も出来やしないと思うよ。その点、やはり君は僕より上に行くね」




 彼は彼自身の選択に悔いはなく、ひたすらに自分の生き方を尊重しているように見えた。




 僕はそんな彼が羨ましくて堪らなかった。




 そもそも、自分でこの選択、生き方を望んでいないためなのだろうか。














 閃光弾が付随した時限式爆弾が投下される。まるで僕達が他国を占領するように戦地を拡大させていくその姿はまさに悪魔そのものだった。


 隣から音声データの受信が続く、




「俺達とこいつらの違いは一体何なんだろうな」




 生まれた地が問題だったと思うかもしれない。だが彼も元はあちら側の人間だったんだ。




「きっと無いだろうね」


「ほお?」




 珍しく興味あり気の反応をしてきた。




「人はそれぞれ人。違いなんてものは元来あるはずが無かったんだ」


「それはどうして?」


「僕達が彼等と違うという価値基準、評価基準は僕達人間が決めていることじゃないか。それは例えばあるゲームをプレイしたときにプレイヤーがルールを作ってしまうのと同じじゃないか」


「国籍、人種などのカテゴリを自ら生み出し己の欲求に任せた結果だということか?」


「無論そういうことでもあるよ。僕ら人間は知的生命体として生まれた。知が生まれてしまったら知能の優劣だって付属してしまうものなんだ」




 彼は一呼吸置いて落ち着きを取りながら語った。




「なら、他の人々も殺していいってことになるのか?俺等みたいによ」


「それは違う」


「何でさ?」




 僕は論理的に思考している訳でもないのに、答えたくなってしまった。人間ゆえの感情心が残留していたのだろう。




「いや……分からない。けど違うと思う」




 そうやって曖昧にも返答してしまう。


 ある意味、人間らしさが滲み出てくる喜びもあるかもしれないが。




「ほおー。違う、か……」




 今度は声の色が明るさを増したようだった。




「だがな。それが答えだ」


「答えって?」


「俺がこの部隊に入った理由だよ」


「俺はこの街、国から逃げ出したくなったのかもな」




 あくまでも自分の記憶、過去とは認めないようで、自分の選択、人生に後悔しているのが垣間見えたような気がした。











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