〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic

薪槻暁

27.The park(First encounter) has error program(determination)

 ***A


 これは俺が感情思念センターへと向かう数時間前のことだ。


 ***


 カイトという名の一般人に別れを告げ、花畑を抜けた。もう何も言い残すことも、思い残すこともない。感情とは、俺がこの世界で存在する意味とは何なのか。俺であり感情の一つでもある「ニクシミ」の必要性。俺はあの一般人と出会うまで自分など生きている価値なんてないと思っていた。他人を陥れたいという無情なる欲望に塗れた自分。


 きっと、そんな固定観念を打ち破ってくれたのだ。「ニクシミ」は人間にとって必要な感情だ。腹でも胸でもない、心臓よりも奥深くの体の底に彼の言葉が刻まれている。不思議だ。ただの言葉だというのに、脳内ではなく別の器官の方で記憶をしているとは。


「ったく、やっぱ俺の最期はこの場所になるのかよ。あの少女といい一般人といい、何かと因縁深い場所だなまったく」


 少女を救うためとはいえ(そもそもどうして助けたいと思ったのだ?)、複数人の男たちにナイフを刺した。そしてその場所に何事もなく俺は現れ、あの一般人とミユという少女と瓜二つの人物と遭遇したのだ。


「まさか、ドクターの指令でこの場に訪れたとはいえ、それがメリットになるとはな」


 俺はベンチに座った。噴水を取り囲むように配置されているからか、嫌でも視界に噴水が映りこもうとしてくる。


「これもホログラムの一つなのだろうな。滝のように空へと伝う水の束。そしてミルククラウンのように放射線状に広がる水しぶき」


 同じものを見ている人間はここにはいない。辺りは水滴が舞い散る音と、木々が揺れる子守歌のようなざわめきだけ。


「すべて作られたもの、音、光。虚構で塗り固められた世界」


 俺の独り言を聞く人間などいない。この場所に一人として人間がいないからという意味ではない。それでは


「全部、本物じゃない。概念的に、水は青い色で出来た液体だから、青い色で出来た液体をあえて生み出した


 きっとあの一般人は未だこの世界の事実を知ってはいないのだろう。


「まあ俺としてもデータベースを荒らしまくった時に分かったことだったから、本当か知らんが」


「それにしても、この公園はいつ見てもだな」


 どうでもいいような気がした。MBTによって感情が数値化されてしまったこととか、ホログラムで見せられた幻想だとか。あの一般人はさぞ業を煮やしていたようだったがな。


 公園内の背景は全て山で囲まれた田舎風景。あの木々の向こう側に都市部があるとは皮肉なもんだ。


 再び噴水の中心部に視線を移す、コイやサケのような魚一匹でも滝登りをしていそうだが、生物は一種として存在しない。、だ。


「お前はいったい誰だ?ヤサシサの体を使って何をしてやがる?」


 噴水の中から現れたのは俺がこの公園で救った、あるいは出会った少女だった。


 だが、その目に光は無く、表情筋も使われていないようで、人ではないとはっきりと分かった。


『ボクのことを知らないはずがないだろう?』


「その声は………やっぱりか、マスノマディックだな。何度も俺の脳の中に話しかけてきたのも、現にこの状況が証明しているようなもんだ」


『正解だが……名推理とは言い難い。ボクは彼女であり、彼でもある。たった一人の存在ではないんだ』


「だろうな。おそらくお前は体を借りているにすぎない。だから俺の記憶にある人間とはまったく関係ないってことだ」


 声はたしかに笑っている。しかし、少女の頬は緩むどころか、硬直しているように見える。


『そうさ。だからマスノマディック。ただ一人としての意味を成さない感情体放浪する多面体だ』


「なるほどな、束縛されずただ漂流する意識体。まさに名前そのものだ」


「それで、俺に何を求めているんだ?生憎、俺には時間はない。出来ることと言ったら………」


 見透かされていたのだろうか。MBTを使わず、俺の胸中に抱いている思いを読唇術のもっと高等な技術でも代わりに使って読んだというのか。


『君には、君という人間にはまだやるべきことがあるはずだ』


「何言ってやがる、いまさら奴の懐に潜ったところで俺の処理は変わらねえんだ」


『そうじゃない。君が本当にけじめを、ケリをつけなくてはならないことが他にあるんじゃないか?』


 けじめ、けり?俺がしたいこと?ないはずがないだろう。だが、俺には時間が無いのだ。もう数分足らずして六時を迎える。山の向こうに太陽が沈むと同時に俺は人生という名のリミットを迎える。


『そう思うだろう。予想するだろう。しかし、もう一度考えてみろ。この場所で少女を救い、この場所で彼と、普通の人間と出会った』


「何か違和感でもあるのか?ハハッ、まさか使ったナイフが消えたこととかを指摘したいのか?なら残念、あれはドクターが証拠を隠滅しただけだ」


『そんな陳腐な話ではない。もっとこの場所に関わることさ。君が複数の男達にナイフを刺した日は何時だったか覚えているかい?』


「2020年6月7日だ」


『ああそうだとも。そして君は一度少女を保護し、翌日この場に訪れた』


「それがどうした?」


『彼が、一般人がこの世界に来たのは6月7日。そして彼が君と出会ったのもその日だ』


 まさか…………そんなはずはない。俺が少女を救い、あの一般人と出会うには1日というブランクがあるはずだ。


 つまり、俺は7日にナイフを刺して翌日の8日に彼らと出会ったはずだ。


 いやまてよ。


『ああ。君の想像の通りだ。彼と君とが出会った日こそ、彼にとってこの世界で初めて一夜を過ごした日だった』


 それに、あの複数の男達がこの公園で一夜を過ごすとも思えない。


『やっと分かったみたいだね』


 真意が伝わったからか、それとも元からなのか分からないが、声主は高揚している。


「つまり、この場所は時間に歪みをもたらすと。そう言いたいのか?」


 無言。俺からの質問は答えない。しかし、返答は必要なかった。なぜなら、それこそが正解にほかならなかったからだ。


「時間差はざっと一日程度か。なるほど、これが俺に話しかけてきた訳ってことか」


 返事はない。きっと役目を終えたのだろう。だからというのか。


 残された時間。


 俺がやりたかったこと。


 不思議だ。今となっては一つしか浮かんでこない。


――――奴とのケリをつける―――――


 それだけだ。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品