〈感情高度文明都市〉Dear:*** from massnomadic
16.Myself and Yourself:The orange rose
***
レンが僕やミユとのやり取りを一蹴するように、料理を用意したのには驚いた。どうやったのか、という手段に疑問があったわけではなく、どうして記憶が無かったレンが出来たのかという問い。それが僕には気掛かりだったのだ。
だけど、何度も「どうして配達の手段を知っているの?」と聞いても「突発的というか、咄嗟に考えただけなので」と「分からない」の一点張りだった。
それにミユもその方法を知らなかった。料理を頼むときは必ずマーケットに訪れて購入するのが普通だと言うのだ。
けれど、その後は僕とミユ、レンで届いた料理を一緒に食べることにした。それ以上、どうして出来たのか、なんて疑ってばかりではレンにとっても一杯一杯だろうし、いつの日か分かる時が来るだろうと思ったからだ。
久しぶりに複数人で食事をしたような気がした。というかこの世界に来てはじめて本格的な食事を楽しむことが出来た。本物ではないけれど、ミユは僕を兄のように慕ってはくれているし、レンも分からないなりに質問に答えてくれた。
いつの日か僕の記憶。どうしてこの世界に来たのかは分からないけれど、前世としての僕を、社会人だったころの僕を話さなければならない日が来るかもしれない。
そう思いながら僕は一人ソファにて初めて深い眠りに落ちたのだった。
***A
奴らは理解出来ない。そして俺ではない俺自身もだ。何がオモシロイのだろうか。たかがホログラムを床に落とし拡散させただけで興に浸ったような笑いを奴にもたらしていたのはいったい何だったのか。
たしかシャレ……といったか、言葉に伝達以外の意味でもあるのだろうか。だが、あいつの笑みからしてみれば言葉以外に高揚をもたらした理由が見つからない。
そしてそれを見たあの少女だ。たしかミユ……といったか、やはりヤサシサとは違うようだ。顔や姿かたちは似ても中身は全く似てないというのはやはり見当違いだったということなのか。
だがそれにしてもホログラムを落としただけであそこまで感情を顕わにしていたのは何故だったのだろう。あの男を見下すような目はまさしく俺そのものだった。ならば、俺なのだろうか?
しかし、そんなことよりも俺自身の言動だ。何故、あんな提案をした?そしてどうして俺にホログラムの管轄権限があることを知ったうえで行動に至ったのだ。俺も知らないコード。それを知っている俺。
もっとも危惧すべきなのは自分なのかもしれない。そう思案しつつ簡易的に用意されたベッドで眠ることにした。
***B
翌日、僕たちはこのあたり、都市近郊一帯を散策することにした。僕もまだこの世界に来て一日しか経っていなかったし、レンもまた記憶を呼び起こす何かを探すため。
一度、公園がある都市の中央部に訪れてからマーケット、フラワーガーデンという感じで巡った。
「これもホログラムってところなんですかね。この棘があって一見触り難い赤い花も」
「そうみたいだね、僕としても本物にしか見えないよ」
木製のベンチに座る僕とレン。周囲を見渡すと多面多色とばかりに様々な花が植わっている。本物ではない幻想の花々。ホログラムで僕らに見せているだけの仮想現実。
「まるでVRみたいだ…………」
「今なんていいました?すみません、聞き取れませんでした」
「あ、いやいやただの独り言だから気にしないでいいよ。ってか、ミユはどこにいったんだ?いきなりガーデンに行きたいなんて言い出したのはいいけれど、迷子とかになったら手に負えないよ?」
「ミユさんならさっき北の方へ行きましたよ?俺から見てさっき行った公園とは反対側ですね」
「ならいいんだけど。僕もレンさんもこの辺りのことを知らない人間だからさ、万が一ミユと離れたら、ミユじゃなくて僕らの方が迷子扱いされるからなーー」
「その件なんですけど、さっきの棘ばかりある花ってどんな名前なんですか?」
僕はベンチの近くに落ちていた花一本をひょいと抓んだ。ホログラムだとはいえガーデン内で育てている生き物だ。だから僕はもう枝が折れているものを選ぶ。
「え…………痛くないんですか?」
そんな枝を拾う僕の姿に驚いたのか、自分で掌に傷を付けに行ったかのような眼差しでレンは僕を見つめていた。
「この花はバラって呼ぶんだよ。そしてバラの中でも棘があるものとないものがあるんだ。これは……無い方だね」
「あまりガーデニングとかには詳しくないけれど、たぶんここ一帯同じくバラだと思うよ。ほらこれも棘なしのバラ」
レンは初めて海を見た子供のような表情をしていた。憧憬心というか、強く心惹かれるような感動。知識としては「大きくて広い」と教えられるけど、実際に目で見た時のイメージの違い。そんなものを抱いていたような気がする。
「バラ、って呼ぶんですか…………花は花でも多種多様なものが存在するんですね」
「花言葉って知ってる?」
「はなことば、ですか?いえ……まだ記憶が戻っていなくて用語とかも覚えてないんです。花、言葉……花が由来する意味とか文言とかですか?」
「うん。さっきも言ったけど大衆的な花言葉しか知らないんだけどね。花言葉っていうのは、花を象徴する意味を持たせた言葉なんだ」
「花を象徴する…………?そんな言葉を作ってどうするんですか?」
「たとえばさ、僕なんかあんまりやったことはないけれど。好きな人とかに好きだって伝えたいときとかあるよね?」
「そんな時に、言葉の代わりに『好き』を意味するような花をその人に贈ってあげるんだよ」
僕も前世に一度だけやったことがある。愛する人に花束を贈る行為。
「どうして言葉にして伝えないんです?言葉ってものは他者と関係を構築するために利用する手段でもあるはずでは?」
「うーーん。言葉にして伝えるのも重要だと思うよ。でも人間ってさ、思うように体が動かないときってよくあるんだよね」
「ここぞって時なのにプロポーズ出来ないとか、なんだろうね。一度決心したはずなのに、あれやっぱりやめておこうかなって思っちゃう時とかさ」
ああそうだ。僕は告白して家庭を持ったはずだった。幸せに、何も不幸なく暮らしていくと思っていた。
「そんな時に、言葉なしでも思いを伝えられるように、って『花言葉』があるんじゃないかな?存在する意味なんて無いよ。僕がただあって欲しいからある。生きるために食糧がとか、子孫を残すために異性がとか。必要だからあるって、理由があるから存在するわけじゃないと思うんだ」
ただ「幸せ」が欲しかっただけだった。それなのにいつのまにか僕の人生は壊れていた。そしてその理由は今になっても分からない。何度考えても。
「そういうものなのですか……まだ俺には分からないです。何が人間らしいとか、他人を殺してはいけないだとか、倫理的な概念は理解出来るんですけど」
「焦ることないよ。僕だって記憶がないんだし。似た者同士だよ。それにさ」
僕は足元に落ちていたバラの中から二本だけ摘まみ取り、そのうちの一本の花びらをレンの方に向ける。
「この花を君にあげる。だから一緒に、少しずつでもいい。過去に何があったか記憶を取り戻していこうよ」
「あ、先駆けはなしだからねーー。一気に全部思い出したりとかさ」
その先駆けをしているのは僕なんだけど……まだ話すべき時じゃない。
「オレンジ色のバラ………ですか?」
「うん、花言葉はそうだね。君とミユのどっちにも似つかわしい言葉って感じだよ」
そうして僕はレンをベンチの傍で待たせつつ、迷子にならないようミユを探しに行くのだった。
レンが僕やミユとのやり取りを一蹴するように、料理を用意したのには驚いた。どうやったのか、という手段に疑問があったわけではなく、どうして記憶が無かったレンが出来たのかという問い。それが僕には気掛かりだったのだ。
だけど、何度も「どうして配達の手段を知っているの?」と聞いても「突発的というか、咄嗟に考えただけなので」と「分からない」の一点張りだった。
それにミユもその方法を知らなかった。料理を頼むときは必ずマーケットに訪れて購入するのが普通だと言うのだ。
けれど、その後は僕とミユ、レンで届いた料理を一緒に食べることにした。それ以上、どうして出来たのか、なんて疑ってばかりではレンにとっても一杯一杯だろうし、いつの日か分かる時が来るだろうと思ったからだ。
久しぶりに複数人で食事をしたような気がした。というかこの世界に来てはじめて本格的な食事を楽しむことが出来た。本物ではないけれど、ミユは僕を兄のように慕ってはくれているし、レンも分からないなりに質問に答えてくれた。
いつの日か僕の記憶。どうしてこの世界に来たのかは分からないけれど、前世としての僕を、社会人だったころの僕を話さなければならない日が来るかもしれない。
そう思いながら僕は一人ソファにて初めて深い眠りに落ちたのだった。
***A
奴らは理解出来ない。そして俺ではない俺自身もだ。何がオモシロイのだろうか。たかがホログラムを床に落とし拡散させただけで興に浸ったような笑いを奴にもたらしていたのはいったい何だったのか。
たしかシャレ……といったか、言葉に伝達以外の意味でもあるのだろうか。だが、あいつの笑みからしてみれば言葉以外に高揚をもたらした理由が見つからない。
そしてそれを見たあの少女だ。たしかミユ……といったか、やはりヤサシサとは違うようだ。顔や姿かたちは似ても中身は全く似てないというのはやはり見当違いだったということなのか。
だがそれにしてもホログラムを落としただけであそこまで感情を顕わにしていたのは何故だったのだろう。あの男を見下すような目はまさしく俺そのものだった。ならば、俺なのだろうか?
しかし、そんなことよりも俺自身の言動だ。何故、あんな提案をした?そしてどうして俺にホログラムの管轄権限があることを知ったうえで行動に至ったのだ。俺も知らないコード。それを知っている俺。
もっとも危惧すべきなのは自分なのかもしれない。そう思案しつつ簡易的に用意されたベッドで眠ることにした。
***B
翌日、僕たちはこのあたり、都市近郊一帯を散策することにした。僕もまだこの世界に来て一日しか経っていなかったし、レンもまた記憶を呼び起こす何かを探すため。
一度、公園がある都市の中央部に訪れてからマーケット、フラワーガーデンという感じで巡った。
「これもホログラムってところなんですかね。この棘があって一見触り難い赤い花も」
「そうみたいだね、僕としても本物にしか見えないよ」
木製のベンチに座る僕とレン。周囲を見渡すと多面多色とばかりに様々な花が植わっている。本物ではない幻想の花々。ホログラムで僕らに見せているだけの仮想現実。
「まるでVRみたいだ…………」
「今なんていいました?すみません、聞き取れませんでした」
「あ、いやいやただの独り言だから気にしないでいいよ。ってか、ミユはどこにいったんだ?いきなりガーデンに行きたいなんて言い出したのはいいけれど、迷子とかになったら手に負えないよ?」
「ミユさんならさっき北の方へ行きましたよ?俺から見てさっき行った公園とは反対側ですね」
「ならいいんだけど。僕もレンさんもこの辺りのことを知らない人間だからさ、万が一ミユと離れたら、ミユじゃなくて僕らの方が迷子扱いされるからなーー」
「その件なんですけど、さっきの棘ばかりある花ってどんな名前なんですか?」
僕はベンチの近くに落ちていた花一本をひょいと抓んだ。ホログラムだとはいえガーデン内で育てている生き物だ。だから僕はもう枝が折れているものを選ぶ。
「え…………痛くないんですか?」
そんな枝を拾う僕の姿に驚いたのか、自分で掌に傷を付けに行ったかのような眼差しでレンは僕を見つめていた。
「この花はバラって呼ぶんだよ。そしてバラの中でも棘があるものとないものがあるんだ。これは……無い方だね」
「あまりガーデニングとかには詳しくないけれど、たぶんここ一帯同じくバラだと思うよ。ほらこれも棘なしのバラ」
レンは初めて海を見た子供のような表情をしていた。憧憬心というか、強く心惹かれるような感動。知識としては「大きくて広い」と教えられるけど、実際に目で見た時のイメージの違い。そんなものを抱いていたような気がする。
「バラ、って呼ぶんですか…………花は花でも多種多様なものが存在するんですね」
「花言葉って知ってる?」
「はなことば、ですか?いえ……まだ記憶が戻っていなくて用語とかも覚えてないんです。花、言葉……花が由来する意味とか文言とかですか?」
「うん。さっきも言ったけど大衆的な花言葉しか知らないんだけどね。花言葉っていうのは、花を象徴する意味を持たせた言葉なんだ」
「花を象徴する…………?そんな言葉を作ってどうするんですか?」
「たとえばさ、僕なんかあんまりやったことはないけれど。好きな人とかに好きだって伝えたいときとかあるよね?」
「そんな時に、言葉の代わりに『好き』を意味するような花をその人に贈ってあげるんだよ」
僕も前世に一度だけやったことがある。愛する人に花束を贈る行為。
「どうして言葉にして伝えないんです?言葉ってものは他者と関係を構築するために利用する手段でもあるはずでは?」
「うーーん。言葉にして伝えるのも重要だと思うよ。でも人間ってさ、思うように体が動かないときってよくあるんだよね」
「ここぞって時なのにプロポーズ出来ないとか、なんだろうね。一度決心したはずなのに、あれやっぱりやめておこうかなって思っちゃう時とかさ」
ああそうだ。僕は告白して家庭を持ったはずだった。幸せに、何も不幸なく暮らしていくと思っていた。
「そんな時に、言葉なしでも思いを伝えられるように、って『花言葉』があるんじゃないかな?存在する意味なんて無いよ。僕がただあって欲しいからある。生きるために食糧がとか、子孫を残すために異性がとか。必要だからあるって、理由があるから存在するわけじゃないと思うんだ」
ただ「幸せ」が欲しかっただけだった。それなのにいつのまにか僕の人生は壊れていた。そしてその理由は今になっても分からない。何度考えても。
「そういうものなのですか……まだ俺には分からないです。何が人間らしいとか、他人を殺してはいけないだとか、倫理的な概念は理解出来るんですけど」
「焦ることないよ。僕だって記憶がないんだし。似た者同士だよ。それにさ」
僕は足元に落ちていたバラの中から二本だけ摘まみ取り、そのうちの一本の花びらをレンの方に向ける。
「この花を君にあげる。だから一緒に、少しずつでもいい。過去に何があったか記憶を取り戻していこうよ」
「あ、先駆けはなしだからねーー。一気に全部思い出したりとかさ」
その先駆けをしているのは僕なんだけど……まだ話すべき時じゃない。
「オレンジ色のバラ………ですか?」
「うん、花言葉はそうだね。君とミユのどっちにも似つかわしい言葉って感じだよ」
そうして僕はレンをベンチの傍で待たせつつ、迷子にならないようミユを探しに行くのだった。
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