俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

133.俺の尊敬する作家がこんな近くにいるはずがない。

 夏休みが終わり、授業開始初日の放課後。俺は文芸部の部室にいた。今週末の文化祭で販売する短編集を作製するためだ。実際はプロットすらできておらず、計画も何も立ってはいないのだが。


 そして突然、あまりにも突然だが、ジャンルはどうでもいい小説、漫画、イラストレーターと有名なクリエイターに遭遇した時、どんな態度を示すだろうか。


 そのクリエイターのファンでも何でもなければ今そこに道端に立っていようが、おかまいなしにスルーするだろうだが、ファンであればどうだろう。


 推しのアイドルが近くに居たら、もしくは話しかけてきたら、といったドッキリ番組があるのもうかがえる話で。要するに有無を言わさず近づいて、もしかしたら尾行なんてしてあいさつ程度はするだろう。「すみません、●●さんですか?」と、恥ずかし気に訊きながらサインでもねだろうとするのが一般的だろう。


 して、話を戻そう。俺、曲谷孔はしがない高校生であり小説家だ。小説家を目指そうとしたきっかけを与えてくれたのは中学の頃に出会った作品「シスターコンプレックスファンタズム」。そしてその執筆者が今、目の前で立っている由井香と。


 恋の七日間、ゲームタイトルに再度視線を落とす。シナリオ創案者の欄に「皐月亮」という名前。


「皐月って……あの皐月亮さんですか……」


「その皐月亮さんじゃなかったら、どの皐月亮さんになるんですかねーー?」


 俺は呆然としてしまう。俺が敬愛していた、崇拝していたというべき作家が同じ高校の一個上の先輩だと。信じられないにもほどがある。


「仮にこのシナリオを書いたのが、先輩だったとしても、どうして俺がそんなこと信じられるんでしょうか?」


「たしかに同じ高校に小説家が二人もいる時点で、三人目が出てきても驚きはしないんですけど。この名前……皐月先生だけは信じられない、冗談はやめてください先輩」


 信じられない、というよりも俺は信じたくなかったんだろう。たぶん、由井香が皐月亮だということよりも俺の一個上の先輩だったというのが、単に嫌なだけの自分勝手な理由。


 由井は、先輩は心浮きだったような面持ちを浮かべて俺に近づいてきた。


「どうしてそんなことが信じられる、ですかあ……。じゃあ、私からはどうして信じられないの?って返します」


「茶番劇をしたいわけじゃない。俺は本気で聞いているんです。なぜ先輩であるあなたが、皐月亮だって証明できるんですか?」


「そういう本気なセンパイの表情、癖になっちゃいそうですねーー‼もっと聴きたいなあ……」


 すると横で立っていた水無月が牽制した。


「からかうのは止めてください。答えないのならこの部屋から出ていっていただけませんか。場を荒らしているだけで煩わしいです」


 面接に来て早々、服装が酷いから試験を受けさせませんといった感じだ。水無月は部室に入ってきた由井先輩に対して圧力をかけた。視線もなお鋭く、口だけではないのはすぐに読み取れた。


「入ってきて歓迎の『か』の字もないなんて酷いなあ。いいよ、そんなに知りたいのなら聞かせてあげる」


 そう言って由井先輩は自分のスマホを取り出した。ネットでとあるページを探していたらしく、「あ、あった!!」と俺に見せつけてきた。


「これが私のマイページ。ネットで小説を書いてるんだけど、これって執筆者しか入れないし鍵かけられてるから私しか入れないよ」


 画面には「シスターコンプレックスファンタズム」というタイトルに、執筆中と書かれたサブストーリーの数々。その中で目を引いたのはプロットと記載されたページだった。


「おっと、そこまでだよ?なんたってここにはまだあげてない部分もあるからね。いわゆる企業秘密ってやつ?うざい担当からも連絡きちゃうだろうしさ」


 執筆者のページには言わずとも執筆者しか入れない。そのページに入ったということはつまり正真正銘の作家、皐月亮本人だということだ。


「本当に、現実の実際の皐月、亮先生なんですか……?」


 俺は声が震えてしまう。今までなんでもなく、嫌気が差す後輩みたいな先輩だと接してきた人物。この人物こそ推していた作家とは。


「そうだよおーー、どう?見違えた?すごい人だって偉人だって認めてくれた?」


「自分で偉人扱いする人に初めて遭遇したんですけど……本物ですね」


 体が動かない。どうやって、どこで書いているのかと聞きたいことは山ほどあるはずなのにだ。あなたの作品を読んで小説家を目指すことにしましたなんてことも伝えたいはずだ。


「だいじょうぶマガト?」


 突然の驚きを隠し得ない俺を不安がったのか神無月はそう口にした。対して俺はフリーズしていたパソコンが再起動するかのように、平然を装うことにした。


「あ、ああ大丈夫だ神無月。俺は何一つ変わっちゃいない。全範囲オールグリーン、イケる、俺はイケる」


「いや全然いけてないから!?グリーンじゃなくてまだレッドだよ、危険信号出さなきゃダメなレベルだよ!?」


 通常運転ではない俺を見て神無月は慌てふためいた。たしかに自分でも何を言っているのか分からなかった。そこに水無月は横槍を入れたのだ。


「言葉遊びはもうやめなさい。どうやらあなたは皐月亮、本人のようね。前から存在は知っていたけれど、同じ高校だったとは……ね」


「あ、みなちゃんさっすがーー。その洞察力、やっぱりミステリー作家らしいねぇ」


 ちょっとまて。


「ん……前から知ってたってどういうことだ?水無月は皐月先生のことをこの高校の先輩って把握していたってのか?」


「だから、人の話をちゃんと聞きなさい大バカ者。存在は知っていたけれど、


 俺と神無月は未だ真相を掴めないでいた。先に口火を切ったのは神無月だった。


「ど、どういうこと?みなは皐月先生がいるってことは知っていたけど、この高校にいるってことは知らなかったってこと?」


「おあいにく様、8割がた正解ね神無月さん。そこの低能な人とは違っていい頭してるわ。


 言葉遊びするなって言ったのはどうしたよ。


「皐月さんは同じレーベルで出版されているの、だから名前ぐらいは憶えているわよ、名前ぐらいは」


「ちょっとーー。その言い草はないでしょーー同じ会社で働いている同僚なんだからさ言い方くらい考えてもらってよくてよ?」


「ないわ」


「即答!?ひどいよ如月さん……いや今は高校だし場所を考えて『みな』って呼んだ方が良いかな?あはっ」


「やめてください」・「嫌です」と神無月、水無月が同時に発した。


 ころっと表情を変えて非難されていることを気にも留めず由井先輩は喋っている様子。だが、水無月と神無月は冷静に対処した。ロボットか何かですかあなたたち二人は。俺は三人の会話を取りまとめることにした。


「要するに水無月と由井先輩は同じレーベルから出版している作家で、面識はないものの話だけは耳にしてたってことですかね?」


 水無月は溜息を溢した。俺、また何か間違いを犯しましたかね。


「耳にしたってレベルじゃないわよ。『またあの皐月先生が○○賞とった』とか、『皐月先生がサイン会で別の作家のサインを書いた』とか『皐月先生が〆切を破ってもう2年たちました』とか、皐月先生皐月先生、何度聞けば済むのかしらあの名前。しかもどうして逐一私に報告してくるのかしらあの担当編集者、減給させようかしら」


「水無月が言いたいのはよくわかった。わかったからもう目の前で皐月先生の話題をふるのはよすんだ」


 水無月はお経でも唱えているのか、抱えているストレスを吐露し続けている。その一部始終を全て聞いているのは当の本人の皐月先生なわけで。


「でしょーー。私って業界では有名人だったりして?」


 と、頭を抱えるわけでもなく自慢げに語っているところ、結局は俺が見ていられなかったのだ。



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