俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
131.部室に入ってきた人物、それは由井香
夏休み某日。このむせ返るほどの暑さの中、俺は文芸部の部室にいた。某日というのはいささか無礼というか読者諸君にとっていつなのか分からないであろう言い方なので訂正。
夏休み最終週。高校生迎えて初の夏休みだ。最終週というと今頃は、中学と変わらぬ「課題」という責務に追われただろう。だが、現在進行形俺は別の責務に追われていたのだ。
同じ「課題」という名前の責務である。
「またまた惚けた顔しちゃってーー。センパイったら驚きすぎですよ?」
「でも無理もないですよねえ。こうして水無月さんに神無月さんという同級生がいる中で恋愛シミュレーションゲームをプレイしている。こんなシチュエーション滅多にないですから」
文芸部、唯一の扉を開き入ってきた自称後輩こと、由井香。水無月桜が如月桜というペンネームで作家活動を行っている人物。そう、ピエロのような存在。
「さすがにそこまで沈黙されちゃうと困るんですけどーー」
そんな人間がどうしてこの場所に来たのだろうか。水無月はともかく俺は由井の来訪理由が謎めいていて一言も発することが出来なかった。
だからこそ、話したこともなかった神無月茜がその場に居合わせていたのは不幸中の幸いだった。
「誰ですか?」
凛々しく、全く動じない声音。こんな時、神無月は心強い。クリティカルな一発をたたき出すのは、状況によっては大いに頼りになる。
「いきなり部室に来て、沈黙されて困る。なんて自分勝手すぎますよ?」
神無月がさらに問い詰めると、由井は頭を捻らせた。だが、捻らせただけだった。ただ頭を傾かせただけで実際考えることなど頭になかったのだ。
「そうかなーー?私だって水無月さんにセンパイにだって直接会って話してるのに、『こんにちは』ぐらいあったらいいんじゃないの~~?」
「ね、センパイ?」と付け足すように俺にとびかかろうとしたので、ひらりと身を横に逸らした。案の定、由井は部室の長机にダイブである。
「センパイったら、ひどいじゃないですか!?どうして私の抱擁からにげるんですか?あ、もしかして同級生に見られたら恥ずかしい、とか思ってるんですか?早く言ってくれればよかったのにーー」
「……結局何しにきたんですか?先輩?」
俺は受け答えが面倒なのでそのまま由井の問いを流す。NOといってもいつもの思考回路であれば何を言っても変わらないと思ったからだ。
ゆえに、訊くべきことを聞いたのだ。
「っもう……そういうクールなところも良いんだから」
「それで、どうして私がここに来たのかって話だったけど……当然の帰結。事実、自分で分からないんじゃどうしようもないんじゃないーー?」
由井は不気味な笑みを浮かべながら俺たち、文芸部員の顔を眺めた。全てを見透かしたその目と、今にも噴き出さんばかりの口角の上りよう。千変万化を繰り返す怪しさ、不気味さを兼ね備えたその顔はやはりピエロ、そのものだった。
それにしてもピエロである由井がどうしてここに来たのか、その理由は明白だった。恋愛シミュレーションゲームをプレイしていることがどうして彼女に知れ渡ったのかは未だ不明のままだが。 どうして今、この場に来たのかを考えればすぐわかることだった。
「まさかこのギャルゲーってことですか?」
俺は携帯端末を掲げて由井に問う。しかし問わなくても返事はすぐに判った。なぜならば、
「せっいかーーい!!さすがセンパイですね!!」
と、声に出すまでもなく終始笑っていたからだ。
しかし一体このゲームとどんな関りがあるのだろうか。そう考え始めた頃にはもう遅かった。これはアレだろう。クイズを出されて「分かる?」と言って一秒で「残念でした!!時間切れですーー」といった嫌がらせの類だ。
「その作品って誰が創ったと思う??」
これはすでに自分が創った、と主張しているようなものだ。俺はひとまず、由井を一瞥してからスマホの画面に視線を移す。タイトル画面からアプリケーションの製品情報を確認する。
Seven days of living.とアプリのタイトルを検索にかけると検索結果が画面に表示された。その製作者の中、シナリオと書かれている箇所に。
「皐月亮」
三文字で記述された名前に目が止まった。
「そもそも疑似恋愛をしたいからってそれをプレイしているようだったけどさーー」
由井先輩は変わらぬ口調で話す。まるで気力そのものをどこか遠くへ放り投げたような脱力感に満ち満ちた声は、俺の全身をさらに強張らせた。
真面目で、目標に向かって突き進む、そんな努力家な偉人に近づけば違和感を覚えるはずだ。この人は成功するだろう、そういったオーラが漂うはずだ。自分とは違うものを持っていると。
だがもし、自分でもその成功力を持っていることに気付いていなかった場合。オーラそのものが欠失し、欠片さえも垣間見えなくなるとは自分自身思いもしなかった。
先輩と俺のことをそう呼称する由井香は、
「皐月って……あの皐月亮さんですか……」
俺の敬愛すべき、いや小説家になろうとしたきっかけを与えた張本人だったのだ。
夏休み最終週。高校生迎えて初の夏休みだ。最終週というと今頃は、中学と変わらぬ「課題」という責務に追われただろう。だが、現在進行形俺は別の責務に追われていたのだ。
同じ「課題」という名前の責務である。
「またまた惚けた顔しちゃってーー。センパイったら驚きすぎですよ?」
「でも無理もないですよねえ。こうして水無月さんに神無月さんという同級生がいる中で恋愛シミュレーションゲームをプレイしている。こんなシチュエーション滅多にないですから」
文芸部、唯一の扉を開き入ってきた自称後輩こと、由井香。水無月桜が如月桜というペンネームで作家活動を行っている人物。そう、ピエロのような存在。
「さすがにそこまで沈黙されちゃうと困るんですけどーー」
そんな人間がどうしてこの場所に来たのだろうか。水無月はともかく俺は由井の来訪理由が謎めいていて一言も発することが出来なかった。
だからこそ、話したこともなかった神無月茜がその場に居合わせていたのは不幸中の幸いだった。
「誰ですか?」
凛々しく、全く動じない声音。こんな時、神無月は心強い。クリティカルな一発をたたき出すのは、状況によっては大いに頼りになる。
「いきなり部室に来て、沈黙されて困る。なんて自分勝手すぎますよ?」
神無月がさらに問い詰めると、由井は頭を捻らせた。だが、捻らせただけだった。ただ頭を傾かせただけで実際考えることなど頭になかったのだ。
「そうかなーー?私だって水無月さんにセンパイにだって直接会って話してるのに、『こんにちは』ぐらいあったらいいんじゃないの~~?」
「ね、センパイ?」と付け足すように俺にとびかかろうとしたので、ひらりと身を横に逸らした。案の定、由井は部室の長机にダイブである。
「センパイったら、ひどいじゃないですか!?どうして私の抱擁からにげるんですか?あ、もしかして同級生に見られたら恥ずかしい、とか思ってるんですか?早く言ってくれればよかったのにーー」
「……結局何しにきたんですか?先輩?」
俺は受け答えが面倒なのでそのまま由井の問いを流す。NOといってもいつもの思考回路であれば何を言っても変わらないと思ったからだ。
ゆえに、訊くべきことを聞いたのだ。
「っもう……そういうクールなところも良いんだから」
「それで、どうして私がここに来たのかって話だったけど……当然の帰結。事実、自分で分からないんじゃどうしようもないんじゃないーー?」
由井は不気味な笑みを浮かべながら俺たち、文芸部員の顔を眺めた。全てを見透かしたその目と、今にも噴き出さんばかりの口角の上りよう。千変万化を繰り返す怪しさ、不気味さを兼ね備えたその顔はやはりピエロ、そのものだった。
それにしてもピエロである由井がどうしてここに来たのか、その理由は明白だった。恋愛シミュレーションゲームをプレイしていることがどうして彼女に知れ渡ったのかは未だ不明のままだが。 どうして今、この場に来たのかを考えればすぐわかることだった。
「まさかこのギャルゲーってことですか?」
俺は携帯端末を掲げて由井に問う。しかし問わなくても返事はすぐに判った。なぜならば、
「せっいかーーい!!さすがセンパイですね!!」
と、声に出すまでもなく終始笑っていたからだ。
しかし一体このゲームとどんな関りがあるのだろうか。そう考え始めた頃にはもう遅かった。これはアレだろう。クイズを出されて「分かる?」と言って一秒で「残念でした!!時間切れですーー」といった嫌がらせの類だ。
「その作品って誰が創ったと思う??」
これはすでに自分が創った、と主張しているようなものだ。俺はひとまず、由井を一瞥してからスマホの画面に視線を移す。タイトル画面からアプリケーションの製品情報を確認する。
Seven days of living.とアプリのタイトルを検索にかけると検索結果が画面に表示された。その製作者の中、シナリオと書かれている箇所に。
「皐月亮」
三文字で記述された名前に目が止まった。
「そもそも疑似恋愛をしたいからってそれをプレイしているようだったけどさーー」
由井先輩は変わらぬ口調で話す。まるで気力そのものをどこか遠くへ放り投げたような脱力感に満ち満ちた声は、俺の全身をさらに強張らせた。
真面目で、目標に向かって突き進む、そんな努力家な偉人に近づけば違和感を覚えるはずだ。この人は成功するだろう、そういったオーラが漂うはずだ。自分とは違うものを持っていると。
だがもし、自分でもその成功力を持っていることに気付いていなかった場合。オーラそのものが欠失し、欠片さえも垣間見えなくなるとは自分自身思いもしなかった。
先輩と俺のことをそう呼称する由井香は、
「皐月って……あの皐月亮さんですか……」
俺の敬愛すべき、いや小説家になろうとしたきっかけを与えた張本人だったのだ。
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