俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

121.カラオケBOXで縁談なんて行うわけがない~黒服の男からの申し出~

 俺の横に座るは制服姿の神無月茜。それも高校の制服ではなくこのカラオケ店のものだ。そしてテーブルを挟んで向こう側に座るは普段通りスーツ姿の明嵜和音に、出版協会の人間である黒服姿の白井人贈。


「なんだかお見合いみたいだねえ。私がお母さん、白井君が父親に、マガト君はお婿さんに、茜ちゃんが娘ちゃんって感じ?感じ?」




 次から次へと役者を割り振られるように指を差す明嵜。「ちょっとそう言うのは止めましょうよ」と白井が横から止めに入った。


 サングラスにスーツと黒一色に染まった白井さんは話し方や、サングラスを外した外見を伺うと怪しげな風貌は無い感じだ。ラフな格好にすれば好青年に見違えるのではないだろうか。


 俺は一つ訊いた。


「白井さん。あんまり言いたくない話だったら、答えなくていい話なんですけど……」




「じゃあ、聞かないで」と明嵜。そしてまたそれを制止するように白井さんは横槍を入れた。




「だからなんで僕のことについて聞かれてるのに、貴女が先に答えちゃうんですかっ!!」


「すみませんっ。どうぞどうぞ、僕のことで訊きたいことなら何でもお教えしますが、あまり仕事の話については聞かないでくれると有難いです……口止めとかされているところもありますので……」




 なるほど、明嵜さんの傍若無人ぶりに毎回振り回されているといったところか……そもそも自分のことをさっきまでは「私」と言っていたが「僕」というのは素なのだろうか。


 俺は白井さんの容姿について訊くことにしたのである。


「あ、いえ。この前見たときもそんな服装でしたけど、何で全身黒一色なんです?」


「ああそれか……その件こそあんまり仕事について関わる話だから詳しくは言えないんだけど……」




 横からぶちこんできた。




「そんなの、名前が白井だからに決まってるじゃん。ほら、女の子はギャップに弱いって言うでしょ?でしょ?だから白井白色じゃなくて黒で勝負したってわけ」


「そ、そんなわけないじゃないですか!!そんな疚しいやましい考えで着ていません!!第一、名前の事をからかうのはこれまでって言いましたよね」




 なるほど。こう言い合っているところ、なんだかこの二人は仲が良いらしい。実に馬が合う仲のようだ。


 って、考えてる場合か。これじゃ俺側が両親みたいじゃないか。これこそブーメランだ。




「なんか。付き合ってるみたいですね」




 それを言ったのは俺ではない。決して俺ではないぞ。本心ではそう思っていたとしても口には出していない。ゆえにこの的を射た答え、クリティカルを突きつけたのは他でもない、俺の隣で座っている、この神無月茜だ。




「な、何を言っているんだよ……え、えっと」


「神無月茜ちゃんだよ」




 だが言われた当の本人達の中で、白井さんは満更でもない様子で否定はせず、明嵜さんはそこまで興味を示そうともせず「そう?」と掌返し。


 とまぁ、茶番らしい舞台幕に呆れたのか知らないが、即座に本題に切り替え始めた。一番の問題者はあなた明嵜さんなんだけど。




「それで、話の主旨に戻るけど、神無月ちゃん。あなたにも聞いてもらうけれど、時間は大丈夫?大丈夫?」


「モチのロンです!!さっき、先輩に確認したら『そんな忙しくないから用があるなら抜けなよ』と言われたので」




 えっへん、と自慢げに語る神無月。いや、そんな偉いことではないからな。いくらなんでも仕事中だからな。




「それじゃあ、ここからは流れを変えて僕から話すことにするよ」




 そうして神無月にも白井の正体を明かしつつ、俺が聞こうとした本題へと移った。










「君たちには水無月雅美先生について見ていて欲しい」


 突如、話の中心を目の前で提示されて頭の中が一時停止する。それは大方、過程という結論に至るまでのメソッドが丸々抜けていたためだろう。


 出版協会の人間が俺に近づいてきたというのならば、大体予想はつく。高校、小説に関し、水無月桜にも関係はしているが彼女には話しづらい要件。


 そんなもの、水無月の母親ぐらいしか思いつかない。


 白井はフリーズしていた俺のことを見つめて言った。




「そんな硬くならなくて平気だよ。なに偵察とか調査とかそういうことは一切しなくていい。ただあるがままの水無月先生について見ていて欲しいというだけだ」


「水無月先生……ですか?俺が通っている高校の理事長でヒカリレーベル文庫の編集長でもあるあの……」


「そこまで知っているのなら、僕がなぜあの人の状況を知りたいかは大体把握できるよね?」




 出来なくはない。俺や水無月桜、神無月茜という三人が同じ高校で同じレーベルのもと、出版される形となっている。それが不自然であるはずがない。




「正直なところ……俺はそこまで知りません。成り行きというか高校に入ってから流れるように事が進んでいったので、疑ってはいましたけど、深くは考えていませんでした」


「それは同感、というか同情せざるを得ないね。僕も明嵜さんから情報提供があった時は驚いた、まさか同じ高校で出版される形がまた現れるとはとね」




 視線をテーブルに落としながら追想に耽る白井。そして神無月が運んできた麦茶に手を出す明嵜。ひょんな疑問だが、二人はどうして知り合ったのだろうか。出版業界というのは俺が考えるよりも結構狭いものなのだろうか。




「そういえば、お二人はどのように知り合ったのですか?見たところ、二人とも出版関係だからなんでしょうけど、明嵜さんは編集部、白井さんは出版協会じゃ、あまり知り合う可能性ってないような気がするんですけど」




 にまぁと悪魔のように口角を吊り上げ不気味な笑みをしたのは明嵜だった。




「私と、クロはーー付き合ってるのよ~~」




 そういうことじゃないんだが。




「あ、クロってのは白井君のことね、いつも黒い服着てるからさ」




 いや、だからそういうことじゃないんだが。


 というわけで、ここでも俺が聞きたかった本心を代弁したのは神無月だった。




「そうじゃなくて、どうしてあなたがたが知り合ったのか、ってことです。職場も職種も違うのに、こんな依頼を同時に持ってくるにあたって私たちに話していないことでもあるんじゃないんですか?」


「あるよ」




 これまでにないほど痛烈的だったので、水無月雅美に関する真相に近づいたように思えた。




「けれど、それを言うのはまだ早い。時間的にね。不確定な事実を鵜呑みにはあまりしたくないんだよ」




 大らかだった口調も消え、残ったのは「管理者」というあるべき姿。これが本来の白井人贈という人物なのだろう。


 ゆえに神無月も事実を知れない歯痒さに身悶えしつつも、耐えることしかできないでいた。


 水無月雅美、あの人は一体何を企んでいるのだろうか。




『ーーこれからどうなるのか、楽しみだからなーー』(104話より)




 この前、水無月邸に訪れた際に掛けられた声。全てを見透かしたような口調。




「この話は桜には話さないんですか?」




 白井は変わらず軽々しい姿はせず、俺だけを見つめて言った。




「先生の娘さんだったね……」




 そして数秒沈黙したのち。




「ああ。この話は彼女には話さないでいてくれるかい?一応、彼女の母親ということになるからね、勘付かれたらまずいって話じゃないんだけど、僕が知りたいのは素の水無月雅美先生だからさ。思惑をはかられた状態ではない方が嬉しいんだ」


「……彼女が知ったところでどうなる話でもないからね。あまり大ごとにしないためにもこれは他言無用だよ?」




 そこまで大ごとに、抱えられそうにもないほどの責務を俺や神無月に課せるメリットは何だろうか。それに……




「ただ見ているだけでいいんですよね?何か調査するわけでもなく」




 何なのか知らないが、疑惑を掛けられている以上、どうして俺たちにその件を放り込んでくるのかが今一パッとしない。




「ああ。だからわざわざ理事長室に行って話してもらう必要も無いよ。ただ何らかの違和感を感じたら即刻報告してくれると有難いってだけだ」


「ただ、時がたった時、いずれ君たちには真相を話すだろう。それまで今のところはこれを受けて欲しいんだ」




 自分の身の回りで一体何が起こっているのか、まだ知らないが、それでもこの依頼を受けるべきだと俺は直感でそう思った。


 横に座る神無月に視線を移した時、彼女も半ば仕方なく納得した様子でこちらを見返してきたので、




「分かりました。見るだけなら、受けます」




 そうして、俺は出版協会からの依頼を承諾したのだった。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品