俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

095.不意に入った着信と決断(without my plan)

 夏という季節に入った住宅街、どころかこの国は、朝方から昼間、夕方にかけて騒々しい鳴き声で一杯になるのはもはや言うまでもあるまい。ミンミンやミーンミンなどと音がする周期が異なっているとしても人間の俺からしてみればどちらも変わらない。ただ鳴き方に変化が生まれているだけであり根本的な「騒々しさ」は何も解決していないのだから。


 だからというか、ならば「夜」は騒がしくないといえば嘘である。ミンをが連続する鳴き声ではなく、今度はジーーというなんとも暑苦しい鳴き声ばかりが響いてくるのだ――擬音で表現しなくても「ケラ」という生物が騒々しいといえばすぐに伝わるが。


 夜に催される演奏会、などと風流厚かましく喩えられたら問題は無いのだが、今こうして苦悩しているということはつまり……


 無理なのだ。


 何が無理なのか……それはつまり、俺が何も考えることなく安眠することである。


 しかし、夜眠れないということは翌日の健康状態に影響することもあり、仕方なく雀の涙程度に取った対策は耳を塞ぐことだった。


 ゆえに、就寝する際にヘッドホンをしなければ何度も目を覚ましてしまい、いわゆるノンレム睡眠のまま寝ることになってしまうことが多々あった。




 時雨が作った温かなクリームスープを飲み干し、再び読書(水無月が書いた解説本)に目を通そうとした俺だったが。


 ちょうど全ページの半分ぐらいに差し掛かった時に意識が遠のいたらしい。らしい、というのも人間ならば眠る瞬間は誰しも分からないわけで「寝た」という確固たる証拠は無いからだ。ということは、確固たる証拠ではない証拠ならあるわけで、結局何が言いたいのかと言うと、栞の挟まれていたページがちょうど半分のとこだった――つまり、俺は半分まで読み終えて意識を失ったということだ。


 どうやら椅子の上で寝てしまったらしい。


 食後は眠くなるというのは生物学的にも認められているが、実感してみると、こう惨めなものだ。


 惨め……とは人間を過小評価しすぎているが、それでも何かしなければならない義務めいた物事があるにもかかわらず行動を起こせないというのはやはり侘しいったらありゃしない。


 それにロボットならエラーを起こさずに問題を解決、処理をすることが出来るし、やはり人間は欠陥だらけのように見えてならない。


 自分が居眠りしてしまったことへの罪悪感の為にここまで考えすぎるというのも、それこそ煩悩であるかもしれないし、なんだか馬鹿らしいので皮肉ばかり口にするのは止めることにした。




 さて、後悔噬臍という言葉もあるわけで後ろめたいことなどはさておき、俺が次に取った記念すべき行動は時間の確認だった。


 今は何時だろうか、そんな冴えない疑問が浮かんだわけで冴えないといっても疑問には変わらないわけで、俺は手元に置かれていた、収めていたであろう水無月からの贈り物をデスクの上にひとまず置くと時計の方へ見やった。


ーーam.3:00ーー


 デジタル時計ではなくアナログ時計なので、数字で今の現在時刻を知ったわけではない。針の長針が右……ではなく(どうやらまだ頭が覚醒していないらしい)短針が俺から見て右に向いていたのだ。


 午前三時といって俺がこの時間に目を覚ました理由が分からなかった。起床時間を決めるアラームは長期休暇なので設定していないし、夜中に作業をするため事前に起きるように準備をする計画的な人間でもなかったのだ。


 ゆえに俺が思いついたのは俺自身ではなく、他人から起こされた可能性であった。


 他人から自分の部屋で一人過ごしている俺に干渉できる方法は二つある。一つは直接的方法、すなわちこの部屋の扉を叩くものであるのだが、それならばすでに却下だ、なぜならこの部屋を叩く人物がこの家族の中でしか選べないことに起因する。もっといえば家族の中でしか俺の部屋に訪れることはなく、その身内の家族ですら俺の部屋に訪れることは今までで数えられるほど少なかったからだ。


 いやしかし、妹の時雨は度々来ることがあったから、今さっき俺を起こしに来た、というのは考えられない。妹が扉を叩く回数が今までで他の家族と比べると多かっただけであり、現在その可能性は潰えている――昨日のあの一件があるからだ。だから、妹はドアを叩かずに床の上にシチューを置くことにしたのだ、そうでなければ一層訳が分からなくなる。


 ならば二つ目しか考えようがない。二つ目、それは直接的に対を成すとも言える間接的方法だ。間接的というのだから、俺を起こすために不快な音波や電子レンジのようなマイクロ波を浴びせたのでは決してない。どころかもっとも一般的で心底つまらないとは思うが、それぐらいしか考えようがない。


 俺は起こされた原因へと手を伸ばし、無造作にも電源を入れる。


 原因ーースマートフォンである。


 といっても原因イコールスマホというわけではなく、もし数学的に表わすとなると原因⊃スマホである。国語なら原因の中にスマホが含まれるということだろうか。


 電源が付くや否や画面上のステータスバーを下にスクロールすると段々ごとに情報が並べられる。アプリの更新催促やネットニュースが主であるが、その中で一つだけとあるアプリケーションの通知が目に入った。


 チャット式コミュニケーションアプリーー通称コンタクト。他人と会話する機会が少ない俺にとってそのアプリからの通知とは一人しかいない。会話するためのIDを交換している人物は限られているし、その中の大部分を家族で占めているのだ。


 つまりーー


 かのイラストレーター神無月茜からの連絡のほか考えられないのである(049より)。




 神無月とは水無月よりも深い縁がある高校生活唯一の友人である。俺が自作の小説を出版させるために必死尽力で作成した新聞こそ神無月とのつながりがあったからであるし、しかもネット小説を投稿している時からの俺の作品のファンだということもあり、何が何だか複雑に絡みあいすぎて訳が分からなくなってしまうが。


 まとめると、根っからの俺と水無月の作品のファンであり、ファンであるからこそという原動力があってイラストレーターを目指している。その人物こそが神無月茜である。


 そんな神無月が今現在進行形で何をしているのか、この長きにわたる夏休みという休日にどんな過ごし方をしているのか。聞くまでもない問いである。


 本気でイラストレーターを目指すことにした神無月は水無月のもとで修業している、それに尽きる。


 水無月自身は小説家であり編集者である他にはなく、勿論イラスト関係の職についているわけでもない。だからといってイラストに無関係ではない。編集者として、小説家として、小説だけでなくあらゆる本の表紙や挿絵に関わってきた、その経験があるのだ。


 どんな描き方が多勢大勢の人間を引き付けるのか、魅させるのか。統計学的に理解している。


 だからこそ、神無月は水無月の元でイラスト修行しているのだ。


 と、ここまで神無月の素性とやらを暴露しても決まってしまった結論は変わらないというものでーー決まったというより一方的に決められたものであるが。


 神無月茜からの返信は付加も、装飾も、ありとあらゆる邪魔な言葉を取捨選択したかのようで、純粋にあっさりとした文面でこう書かれていた。


『明日、am.12:00に下畑駅の公園入口改札に集合ね』


 一方的かつ命令口調な文で不意に水無月を思い出してしまった俺だった。



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