俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
091.全て仕組まれていた図書館へ来訪する理由
現在、市営図書館6階。7階に上る途中。
図書館でも最終的な目的地について質問したのだが。
俺の考えなんて聞かなくても察しろというような、今朝というか昼間に見かけたような、つまりはデジャヴに出くわした。
つまり無言だったのだ。
そのまま水無月の後を追っていくとフロアが➆という表示になるとそこで階段を上るのを止め、フロアマップを確認してから真っ先にとある方向へと歩み進める。
当然ながら周りの本棚に目をやると、「七つの教訓、サラリーマンの掟」やら「もし総務省統計局統計センターで働く人が『マネジメント』を学んだら」と真面目な本の中にちらほら突っ込みを入れたくなるようなコメディ感溢れるタイトルのものもあって気になって仕方ない。
だがしかし、もし、これが図書館の館長の意図や指示によって生み出されているとなると、彼はまさに天才的というか豪傑なのではないか。
かの天才的漫画家も「手を抜け、同じフレーズを何百回も使え。バレそうになったら少し頑張る」(少々改編)と主張していたのだ、この本棚全てが真面目な本で埋め尽くされていたのであれば、俺のように通りすがりの人々を二度見させることは無かっただろう。
と、無駄とは言い難いがやっぱり無駄な思考をしていた俺はどうやら目的地に辿り着いていたらしい。
ざっとここまで来た道を回想すると。階段を上り続け、フロアの数字が7を示す階で登るのを止めてから、建物の東側へと真っすぐに歩き進め、図書館の最東端に到着したというわけだ。
今更となってしまったが、俺と水無月が来たこの市営図書館の外装はそのまんま長方形なわけで縦に伸びている。
長方形。それも白い。
もし地元でない都会からやってきた人がこの建物を見た時、真っ先にとある疑問が一つほど浮かび上がるだろう。
美術館じゃないか、と。
無論その問いに俺は、反論の余地なく、疑いようがなく「YES」と答えるだろう。
ビルでもなくタワーでもない、空に真っすぐと伸びた煙突のような建造物はこれでも本を所蔵する書庫であるのだが、信じようがないくらい美を醸し出している。
それに外装だけでなく内装も真っ白に染め上げられ、病院とまではいかないが清潔さが保たれている。屋内の中心部は開けており、一階から天井を覗くと太陽光で輝くテラスがこの上なく映えて見えるし、もう美術館でいいのではないか、と思いもしたが、周りを見渡せばすべて本棚しかないし、そもそも美術館と最も違う点が一つだけある。
紙の匂いだ。
てなわけで、これよりも地元の図書館について触れていても蛇足なので以上とするが、結局のところ言いたいのは最東端といっても縦に長い構造なので、そこまで階段から遠くなかった、それだけである。
一応、俺と水無月が歩いている書架の間には誰もいないことを再確認すると少しだけ安堵に包まれた。
もし、坂本なんかに俺と水無月が一緒で外出しているところを見られたり、それこそクラスメイトの一人にバレたりしたら、教室内でまた嵐が到来する(夏休みデートとかなんとかで言い振られそうだし)。掛依の一件から時間は経ったが、小さな火種でも火事が起きるというし、それに念には念をだ。知られないことに越したことはない。
まぁ、こんなことを考えていたわけで、もし俺の身に何か起こったら、なんて自分ばかり気にしていたからだろう。咄嗟に水無月の異変に気付くのには時間がかかった。
「ん……っ」
水無月桜はつま先立ちになり手を高く伸ばしていた。本棚の高い場所にある本を取りたかったらしい。やっとのことで伸ばした指先から目的の本までまだ50cmとある。
ここで俺は男の威厳というべきか、女性への見せどころだとして本を取ってあげるのが紳士らしい行為であるのだろう。か弱い女性に手を差し伸べる、なんてベタな展開だ。ベタすぎる。
てなことでそんなベタなことは下手であるというのは俺も直々に知っているわけで、つまりはジェントルマンらしい行為は何一つ出来ないので。
俺は普通に、何かのストーリー的展開でもなく、ただ人差し指で人ではなく、指した。
「あれを使えばいいんじゃないか?」
まさに現状況を打破するために適任である物体。人ひとりが乗れるほどで脚立の実用的版というか効率的に設計されたもの。
踏み台。
「風情が無いわね、この世はこんな面白いのに、あなたは本当につまらないわ」
「ちょっとスケール広げ過ぎじゃないか!!てかそれ以前にこの世は面白いなんて言葉を聞いたことなかったというのは置き去りにしていいのか!?」
「私が何を思おうと私の勝手だもの。それから妙な突っ込みはそれくらいにして早く取ってくれないかしら。羽虫なんだからそれくらいは楽勝でしょう?」
「とどのつまり俺に取らせるんですかい」と口答えしながらも俺は踏み台に乗り、一冊の、水無月が要求していたそれを指図通り本棚から抜き取る。
念のため言っておくが俺と水無月との間の身長差はそれほどない。もっと言うならば50cmもないので、俺自身踏み台を使わなければ本に手が届くことは無かったのである。本当は使わずに取りたかったよ、そりゃ。
「はいよ」と手渡すと「ありがとう」と不愛想にも水無月は言う。そんな二人いる一方が挨拶して一方が必ず一字一句間違えず返答するやまびこ的解釈によるものでもない挨拶に、俺は薄ら笑いを浮かべてしまう。無愛想でもそれが良いのだ。
「んで、これは一体なんだ?俺が小説を書くために参考となる本か?」
「そうよ、今あなたが読むべき知識、情報が詰まっているわ」
つまりは何だ、異世界系に加えて魔法飛び交う世界観に沿う図書館の内装の取材のほか、新しいプロットでも書くための情報源を提供してくれるということか。
有難いといえば感謝の気持ちでいっぱいだが、それは俺が考えるべきではなかろうか。物語の構想まで尽くされてしまうと俺の存在価値がなくなるではないか、といわゆる有難迷惑なんだけど……と頭に浮かぶが、何のその思い違い、勘違いだった。
『自作の小説が出版されるまで~序章~』
本のタイトル、目に留まったものでなく、図書館のオススメでもなく、水無月桜本人から手渡された本の主題。
「なんじゃこれは」
失敬。思わぬ出来事に吾知らぬ老人が憑りついたようだ。「何だこれは」と訂正しよう。
んで、言い直したのはいいが、本当に、何物だ。
いや、別に小説の中身とは縁も所縁もない本でそれはそれは胸を撫でおろすといいますか、水無月らしくない行為で安心してますけど。
「何ってタイトルのまんまじゃない。どうすれば書店に本が並ぶのか、その流れを書いただけの本よ」
「いやそれは読めば分かる!!そうじゃなくて何故今この場でこの本を渡してくるんだよ。今は取材だろ?ちょうど図書館に向かうシーンだから近所にあった市営図書館に来たんじゃないのか?」
「私、一度も取材なんて言ってないわよ」
唖然。漢字の通り口に亜の状態で然り。呆然でもいいか、口に木。そういえば呆然の呆という文字は幼児がおむつを穿いている当て字とされているが、なぜ幼児から呆という字が生まれたか些か疑問である。幼児なら元気よく暴れるのが普通ではないだろうか。
てなわけで俺は静寂かつ厳粛としたこの建物の中で地団駄を踏んではいられないと自覚することが出来たわけで(少々無理があるが)、その場に適した声量で訊いた。
「最初からこれが目的で来たってことで、つまりは執筆を進めないことも考慮の内だったのか?」
「はあ……違うわよ」と水無月は呆れたように捨て台詞を言う。あからさまに眼中から俺を外し、溜息をつくことでよく分かる。
「初めのうちは取材のつもりだったわよ、あなたが行き詰っているシーンの為にと、妄想力だけだと不十分だと感じたから外出を提案したの。でも……」
なるほど、これで分かったぞ。俺が勝手に意識していただけってことじゃないか。やっぱり時雨の言うことはあっているとは言い難いではないか。
「でも?」
相槌を差す俺に嫌気が差したのか、まさに顔を見ずに口が動いていた。体が勝手に動いていた、ともいうべきか。
「あなたの将来性のなさに呆れたのよ!!分かる?出版しようって言って神様頼みをしても、誰かがどうせやってくれるだろうって他人行儀になっても本を出すことなんて出来るわけないの!!」
全身全霊で、体全体で、両腕両手を奮って俺に伝えてくる様は凄然な彼女と違う熱烈な姿で圧倒された。
「それに……その本なら分からないことがあったら教えてあげることも出来なくは無いわ」
そして急激にテンションを下げる様にも俺は追いついていけない、つまりはまた別の意味で圧倒された。
と、どこか違和感や含みのある言い方に察した俺は手にしている本の表紙の著者を確認すると、案の定、話の流れの定石であるかのように、見慣れた、知っていて当然の名前が書かれていた。
ーー如月桜ーー
「これってあんたが書いたものなのか……?」
「でなければその名前は一体誰だと言うの」と再び呆れたように問われた俺は、それ以上口にするのは憚られたのだった。
図書館でも最終的な目的地について質問したのだが。
俺の考えなんて聞かなくても察しろというような、今朝というか昼間に見かけたような、つまりはデジャヴに出くわした。
つまり無言だったのだ。
そのまま水無月の後を追っていくとフロアが➆という表示になるとそこで階段を上るのを止め、フロアマップを確認してから真っ先にとある方向へと歩み進める。
当然ながら周りの本棚に目をやると、「七つの教訓、サラリーマンの掟」やら「もし総務省統計局統計センターで働く人が『マネジメント』を学んだら」と真面目な本の中にちらほら突っ込みを入れたくなるようなコメディ感溢れるタイトルのものもあって気になって仕方ない。
だがしかし、もし、これが図書館の館長の意図や指示によって生み出されているとなると、彼はまさに天才的というか豪傑なのではないか。
かの天才的漫画家も「手を抜け、同じフレーズを何百回も使え。バレそうになったら少し頑張る」(少々改編)と主張していたのだ、この本棚全てが真面目な本で埋め尽くされていたのであれば、俺のように通りすがりの人々を二度見させることは無かっただろう。
と、無駄とは言い難いがやっぱり無駄な思考をしていた俺はどうやら目的地に辿り着いていたらしい。
ざっとここまで来た道を回想すると。階段を上り続け、フロアの数字が7を示す階で登るのを止めてから、建物の東側へと真っすぐに歩き進め、図書館の最東端に到着したというわけだ。
今更となってしまったが、俺と水無月が来たこの市営図書館の外装はそのまんま長方形なわけで縦に伸びている。
長方形。それも白い。
もし地元でない都会からやってきた人がこの建物を見た時、真っ先にとある疑問が一つほど浮かび上がるだろう。
美術館じゃないか、と。
無論その問いに俺は、反論の余地なく、疑いようがなく「YES」と答えるだろう。
ビルでもなくタワーでもない、空に真っすぐと伸びた煙突のような建造物はこれでも本を所蔵する書庫であるのだが、信じようがないくらい美を醸し出している。
それに外装だけでなく内装も真っ白に染め上げられ、病院とまではいかないが清潔さが保たれている。屋内の中心部は開けており、一階から天井を覗くと太陽光で輝くテラスがこの上なく映えて見えるし、もう美術館でいいのではないか、と思いもしたが、周りを見渡せばすべて本棚しかないし、そもそも美術館と最も違う点が一つだけある。
紙の匂いだ。
てなわけで、これよりも地元の図書館について触れていても蛇足なので以上とするが、結局のところ言いたいのは最東端といっても縦に長い構造なので、そこまで階段から遠くなかった、それだけである。
一応、俺と水無月が歩いている書架の間には誰もいないことを再確認すると少しだけ安堵に包まれた。
もし、坂本なんかに俺と水無月が一緒で外出しているところを見られたり、それこそクラスメイトの一人にバレたりしたら、教室内でまた嵐が到来する(夏休みデートとかなんとかで言い振られそうだし)。掛依の一件から時間は経ったが、小さな火種でも火事が起きるというし、それに念には念をだ。知られないことに越したことはない。
まぁ、こんなことを考えていたわけで、もし俺の身に何か起こったら、なんて自分ばかり気にしていたからだろう。咄嗟に水無月の異変に気付くのには時間がかかった。
「ん……っ」
水無月桜はつま先立ちになり手を高く伸ばしていた。本棚の高い場所にある本を取りたかったらしい。やっとのことで伸ばした指先から目的の本までまだ50cmとある。
ここで俺は男の威厳というべきか、女性への見せどころだとして本を取ってあげるのが紳士らしい行為であるのだろう。か弱い女性に手を差し伸べる、なんてベタな展開だ。ベタすぎる。
てなことでそんなベタなことは下手であるというのは俺も直々に知っているわけで、つまりはジェントルマンらしい行為は何一つ出来ないので。
俺は普通に、何かのストーリー的展開でもなく、ただ人差し指で人ではなく、指した。
「あれを使えばいいんじゃないか?」
まさに現状況を打破するために適任である物体。人ひとりが乗れるほどで脚立の実用的版というか効率的に設計されたもの。
踏み台。
「風情が無いわね、この世はこんな面白いのに、あなたは本当につまらないわ」
「ちょっとスケール広げ過ぎじゃないか!!てかそれ以前にこの世は面白いなんて言葉を聞いたことなかったというのは置き去りにしていいのか!?」
「私が何を思おうと私の勝手だもの。それから妙な突っ込みはそれくらいにして早く取ってくれないかしら。羽虫なんだからそれくらいは楽勝でしょう?」
「とどのつまり俺に取らせるんですかい」と口答えしながらも俺は踏み台に乗り、一冊の、水無月が要求していたそれを指図通り本棚から抜き取る。
念のため言っておくが俺と水無月との間の身長差はそれほどない。もっと言うならば50cmもないので、俺自身踏み台を使わなければ本に手が届くことは無かったのである。本当は使わずに取りたかったよ、そりゃ。
「はいよ」と手渡すと「ありがとう」と不愛想にも水無月は言う。そんな二人いる一方が挨拶して一方が必ず一字一句間違えず返答するやまびこ的解釈によるものでもない挨拶に、俺は薄ら笑いを浮かべてしまう。無愛想でもそれが良いのだ。
「んで、これは一体なんだ?俺が小説を書くために参考となる本か?」
「そうよ、今あなたが読むべき知識、情報が詰まっているわ」
つまりは何だ、異世界系に加えて魔法飛び交う世界観に沿う図書館の内装の取材のほか、新しいプロットでも書くための情報源を提供してくれるということか。
有難いといえば感謝の気持ちでいっぱいだが、それは俺が考えるべきではなかろうか。物語の構想まで尽くされてしまうと俺の存在価値がなくなるではないか、といわゆる有難迷惑なんだけど……と頭に浮かぶが、何のその思い違い、勘違いだった。
『自作の小説が出版されるまで~序章~』
本のタイトル、目に留まったものでなく、図書館のオススメでもなく、水無月桜本人から手渡された本の主題。
「なんじゃこれは」
失敬。思わぬ出来事に吾知らぬ老人が憑りついたようだ。「何だこれは」と訂正しよう。
んで、言い直したのはいいが、本当に、何物だ。
いや、別に小説の中身とは縁も所縁もない本でそれはそれは胸を撫でおろすといいますか、水無月らしくない行為で安心してますけど。
「何ってタイトルのまんまじゃない。どうすれば書店に本が並ぶのか、その流れを書いただけの本よ」
「いやそれは読めば分かる!!そうじゃなくて何故今この場でこの本を渡してくるんだよ。今は取材だろ?ちょうど図書館に向かうシーンだから近所にあった市営図書館に来たんじゃないのか?」
「私、一度も取材なんて言ってないわよ」
唖然。漢字の通り口に亜の状態で然り。呆然でもいいか、口に木。そういえば呆然の呆という文字は幼児がおむつを穿いている当て字とされているが、なぜ幼児から呆という字が生まれたか些か疑問である。幼児なら元気よく暴れるのが普通ではないだろうか。
てなわけで俺は静寂かつ厳粛としたこの建物の中で地団駄を踏んではいられないと自覚することが出来たわけで(少々無理があるが)、その場に適した声量で訊いた。
「最初からこれが目的で来たってことで、つまりは執筆を進めないことも考慮の内だったのか?」
「はあ……違うわよ」と水無月は呆れたように捨て台詞を言う。あからさまに眼中から俺を外し、溜息をつくことでよく分かる。
「初めのうちは取材のつもりだったわよ、あなたが行き詰っているシーンの為にと、妄想力だけだと不十分だと感じたから外出を提案したの。でも……」
なるほど、これで分かったぞ。俺が勝手に意識していただけってことじゃないか。やっぱり時雨の言うことはあっているとは言い難いではないか。
「でも?」
相槌を差す俺に嫌気が差したのか、まさに顔を見ずに口が動いていた。体が勝手に動いていた、ともいうべきか。
「あなたの将来性のなさに呆れたのよ!!分かる?出版しようって言って神様頼みをしても、誰かがどうせやってくれるだろうって他人行儀になっても本を出すことなんて出来るわけないの!!」
全身全霊で、体全体で、両腕両手を奮って俺に伝えてくる様は凄然な彼女と違う熱烈な姿で圧倒された。
「それに……その本なら分からないことがあったら教えてあげることも出来なくは無いわ」
そして急激にテンションを下げる様にも俺は追いついていけない、つまりはまた別の意味で圧倒された。
と、どこか違和感や含みのある言い方に察した俺は手にしている本の表紙の著者を確認すると、案の定、話の流れの定石であるかのように、見慣れた、知っていて当然の名前が書かれていた。
ーー如月桜ーー
「これってあんたが書いたものなのか……?」
「でなければその名前は一体誰だと言うの」と再び呆れたように問われた俺は、それ以上口にするのは憚られたのだった。
「コメディー」の人気作品
書籍化作品
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