俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
081.なぜ二人だけという状況なのですか……?
辺りに人がいないといっても屋台へ向かう通行者は少なからずいる、だからまったく静かというわけでもない。どちらかというと遠方から聞こえる屋台主の客引きや、焼きそばやらたこ焼きを焼いている音などの調理音が響いてきて騒々しい。
かすかに漂う焦げ臭く炭火で焼いた匂いがその証だろう。生ぬるい風に俺は嫌気が差すわけでもうんざりするわけでもなく、むしろ逆に空腹を助長するかのようである。悪くはない。
「そういえばさっき買ったクレープはまだ食べてないの……かと言いたかったところだがちょうど今みたいだったな……」
「ん?」といつもの喫茶店のマスター出来立てのクレープを頬張っている桜、クリームが生地から溢れんばかりの量が入っているので食べづらいのではないだろうか、とそれぐらいのことは想像がつかないはずもなかったが……時はすでに遅し。俺が注意立てする暇もなくそれは起こってしまった。
何というべきか、やってきたチャンスを絶対にモノにする、といった感じだろうか。
「なぁ……鼻についてるぞ。その……クリームがよ」
申し訳なさそうに言う俺にようやく気付いたのか、クレープを持つ手とは逆の手の甲で鼻を擦り、何もなかったというように再び食べ始めた。
「ま、でもこんなこともあるわよ、食べているんだから避けようのなかったこと」
「リアクション薄いなっ、高校でそんなことしてたら大ごとになってたんじゃないか?」
「当たり前よ、そんなことをするなんて一日かけて書き上げた原稿を破るくらい衝撃的だもの、だから他言無用よ、もちろん神無月さんにもね」
「創作者しか分からないようなネタだな……確かに半日以上かけて書いたデータが『動作が停止しました』の一言で抹消されたら発狂ものだ」
パソコンが落ちることはないとはいえない、それどころか頻繁に起きるときもある。
そんな時に保存の一つもしていないで書き続けていた原稿が掌返し、あらどこかに行ってしまいました、なんて目の前で起きたらまず信じられないと現実逃避をしたくなる。何といってもデータが消えてしまえば今までの努力はTHE水の泡にしかならないからだ。
というか顔に出さず、飄々と語るこんな口ぶりを見ていると感情の抑揚がないどころか、もう一層裏表がなくて人間的には良い奴に見えてしまう。
ま、確かに根は良い奴だけど。根も葉もないけど。
「何度もあるけどね」
「ご愁傷様です」と手を擦りながら応える俺。そういえば、とふと思いついたのだが、どうして俺は取材として二人きりでいるのだろうか。
今更、なぜこんな初歩的な来訪理由などを思い悩むのだろうか、なんてあたかも水が蛇口から出ることに違和感を抱かないのと同じように、当たり前であることに疑問を投げているような感じではあるが。
しかし、ならば蛇口からオレンジジュースが出てくることは疑問に思わないはずがないわけで、要するに俺だけを主観とするのはどうか、というもの。
だから俺以外の人物に注目すれば理由を問う意味と言うのは浮かぶわけだ。
ゆえに、まとめると、如月桜はミステリーが主体の作家であるということが俺にとっての疑問の浮種ということのほかならない。
ファンタジーやそれこそ恋愛小説を書くなんて話を彼女から一度たりとも訊いたことが無いということがもっともな話で、こんな二人でいる場景を描くということを、彼女がするとは俺には到底考えつかなかったからである。
こんなことは言われずとも無粋であるということは承知の上で訊くことにした。
「俺が今ここにいるのは桜の取材ってことなのは分かっているつもりだが、なんで俺と二人でなんてシチュエーションが必要なんだ?」
「なに、私が硬くつまらないような小説ばかり書いていると思っていたのかしら?もしそうだったのならそれは勘違いよ、お馬鹿さん」
お、おばかさん……?
「っ、と今の言い方は私としても度が過ぎていたかもしれないわね」
過ぎているといいますか、オーバーしすぎてもう多重人格の持ち主にしか見えなくなってきたのですがね。
「ラブコメよ、ラブオブコメット」
「素直にラブコメディと言えばいいというのは置いといてコメットってなんだ?英語か?」
こちらとしてもまさかコメディを書くとは思いもしなかったので驚きをひた隠しにしながら、冷静に答える。
「これだから平凡で何の変哲もないただの高校生はダメなのよ」
「その言い方だと殆どの男子高校生を敵に回すことになるぞ、と俺としても特色ある男子がどれだけいるのか知らないけどな」
「それで?コメットってどういう意味なんだ?まさか自分でも考えなしに思いついた英語やら他国の言葉を付け加えたわけじゃないだろう」
「なら……空を見上げなさい」
そうぶっきらぼうに言葉を投げ捨てる桜の言いなりに俺は暗くなった夜空の星々に目をやると、そこには満天な星空でも暗雲でも屋台から紛れ込んできた煙でもなかった。
一面、繰り広げられる絵画のような輝く光の群数。光と光のコントラスト、舞台劇、人工的に作られた星々が夜空を覆っていたのだ。
隣で座っている同じクラスメイトであり、作家でもある如月桜の意向を汲み取ることに加え。
コメットという一言の言葉に込められた思いを、俺はこれから知ろうとしている瞬間であった。
かすかに漂う焦げ臭く炭火で焼いた匂いがその証だろう。生ぬるい風に俺は嫌気が差すわけでもうんざりするわけでもなく、むしろ逆に空腹を助長するかのようである。悪くはない。
「そういえばさっき買ったクレープはまだ食べてないの……かと言いたかったところだがちょうど今みたいだったな……」
「ん?」といつもの喫茶店のマスター出来立てのクレープを頬張っている桜、クリームが生地から溢れんばかりの量が入っているので食べづらいのではないだろうか、とそれぐらいのことは想像がつかないはずもなかったが……時はすでに遅し。俺が注意立てする暇もなくそれは起こってしまった。
何というべきか、やってきたチャンスを絶対にモノにする、といった感じだろうか。
「なぁ……鼻についてるぞ。その……クリームがよ」
申し訳なさそうに言う俺にようやく気付いたのか、クレープを持つ手とは逆の手の甲で鼻を擦り、何もなかったというように再び食べ始めた。
「ま、でもこんなこともあるわよ、食べているんだから避けようのなかったこと」
「リアクション薄いなっ、高校でそんなことしてたら大ごとになってたんじゃないか?」
「当たり前よ、そんなことをするなんて一日かけて書き上げた原稿を破るくらい衝撃的だもの、だから他言無用よ、もちろん神無月さんにもね」
「創作者しか分からないようなネタだな……確かに半日以上かけて書いたデータが『動作が停止しました』の一言で抹消されたら発狂ものだ」
パソコンが落ちることはないとはいえない、それどころか頻繁に起きるときもある。
そんな時に保存の一つもしていないで書き続けていた原稿が掌返し、あらどこかに行ってしまいました、なんて目の前で起きたらまず信じられないと現実逃避をしたくなる。何といってもデータが消えてしまえば今までの努力はTHE水の泡にしかならないからだ。
というか顔に出さず、飄々と語るこんな口ぶりを見ていると感情の抑揚がないどころか、もう一層裏表がなくて人間的には良い奴に見えてしまう。
ま、確かに根は良い奴だけど。根も葉もないけど。
「何度もあるけどね」
「ご愁傷様です」と手を擦りながら応える俺。そういえば、とふと思いついたのだが、どうして俺は取材として二人きりでいるのだろうか。
今更、なぜこんな初歩的な来訪理由などを思い悩むのだろうか、なんてあたかも水が蛇口から出ることに違和感を抱かないのと同じように、当たり前であることに疑問を投げているような感じではあるが。
しかし、ならば蛇口からオレンジジュースが出てくることは疑問に思わないはずがないわけで、要するに俺だけを主観とするのはどうか、というもの。
だから俺以外の人物に注目すれば理由を問う意味と言うのは浮かぶわけだ。
ゆえに、まとめると、如月桜はミステリーが主体の作家であるということが俺にとっての疑問の浮種ということのほかならない。
ファンタジーやそれこそ恋愛小説を書くなんて話を彼女から一度たりとも訊いたことが無いということがもっともな話で、こんな二人でいる場景を描くということを、彼女がするとは俺には到底考えつかなかったからである。
こんなことは言われずとも無粋であるということは承知の上で訊くことにした。
「俺が今ここにいるのは桜の取材ってことなのは分かっているつもりだが、なんで俺と二人でなんてシチュエーションが必要なんだ?」
「なに、私が硬くつまらないような小説ばかり書いていると思っていたのかしら?もしそうだったのならそれは勘違いよ、お馬鹿さん」
お、おばかさん……?
「っ、と今の言い方は私としても度が過ぎていたかもしれないわね」
過ぎているといいますか、オーバーしすぎてもう多重人格の持ち主にしか見えなくなってきたのですがね。
「ラブコメよ、ラブオブコメット」
「素直にラブコメディと言えばいいというのは置いといてコメットってなんだ?英語か?」
こちらとしてもまさかコメディを書くとは思いもしなかったので驚きをひた隠しにしながら、冷静に答える。
「これだから平凡で何の変哲もないただの高校生はダメなのよ」
「その言い方だと殆どの男子高校生を敵に回すことになるぞ、と俺としても特色ある男子がどれだけいるのか知らないけどな」
「それで?コメットってどういう意味なんだ?まさか自分でも考えなしに思いついた英語やら他国の言葉を付け加えたわけじゃないだろう」
「なら……空を見上げなさい」
そうぶっきらぼうに言葉を投げ捨てる桜の言いなりに俺は暗くなった夜空の星々に目をやると、そこには満天な星空でも暗雲でも屋台から紛れ込んできた煙でもなかった。
一面、繰り広げられる絵画のような輝く光の群数。光と光のコントラスト、舞台劇、人工的に作られた星々が夜空を覆っていたのだ。
隣で座っている同じクラスメイトであり、作家でもある如月桜の意向を汲み取ることに加え。
コメットという一言の言葉に込められた思いを、俺はこれから知ろうとしている瞬間であった。
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