俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

062.これが「固定」されない人間なのですか……?由井香との出会い

「えーーっとねぇ。って早苗月ちゃんは彼女とかいるの~~?」




 もう……なんと言ったら良いのだろうか。これでは、あなたはフルーツでいったら何が好きか?と訊かれて、「ゴリラ」と答えるようなものと同じではないだろうか、いや訊かれても「あなたはゴリラが好きか?」と質問を質問で返すことの方が同意義か。


 つまりは俺は何を返すのが正解なのだろうか。俺はそんなクレバーではないし、もともと頭が固い方だから最適解など思いつくはずもない。


 ならばこれしかない。




「はい。ゴリラです」




 一切合切、首尾一貫。全くもって何を言っているのか自分ですら理解できない。どうして俺が理解不能な返事をしたか、それはそもそも頭で浮かんだことを喋ってはいないからなのかもしれない。頭ではなく口が物を言う、なんてよく言う話だ。




「…………ごめん。何を言っているのかまるで理解できないんだけど」


「はい、俺も分かりません。ただ、ゴリラの学名がゴリラゴリラゴリラって言われているのは知ってます」


「…………ごめん。さらに何を言っているのか理解できない」




 なんだこの茶番。こんな人気のない場所に二人きりの中、冗談を言い、先が読めない話の展開に仕立て上げてしまったのは確かに俺。しかしだ、先に話の路線を破滅への道へと切り替えたのはこいつだ。


 今思えば、他人が不真面目なことには真面目に指摘するんだな。ついさっきまで欠伸で背伸びばかりで何を言っても聞き分けのない先輩だったが。




「すいません、どうしてか口からでまかせ、あることないこと口からぼろぼろ出てしまったんで」




 そして俺は先輩の質問を無かったことに話を捻じ曲げる。




「そういえば、どうして由井先輩は俺が『早苗月』だということを知っているんですか?」




 全く今までのやり取りは一体何だったのだろう……俺は一つ呼吸を深くしてから思い返すが、この由井という先輩はもう覚えはないようで「あっ、そうだそうだ」と、数分前の我に戻った。




「ん。そういえば私が部室へ行った時は人がたんまりいたのは覚えてるよ、ふわぁぁぁあ」


「人がたんまり…………?」




 そんなことはなかったはずだ。部員はサッカー部のように補助員など存在しないし、そもそも俺と神無月、水無月の三人しかあの部屋にはいない。




「それはおかしい話ですよ。文芸部にそこまで大人数が入部していませんし、部活動の歓迎期間中でさえ俺以外誰も文芸部の門を叩きに来ませんでしたから」




 そう、俺以外に文芸部に入部しようとは来なかった。誰一人、俺を除いて。俺にとってそれ以外に楽なことはないが。




「たんまりってのは部室の中にいたんじゃなくて、外にいたんだよ~~。廊下、廊下だってばぁ」


「廊下……?その時に俺って部室にいました?それとも廊下の大人数の中にいました?」


「部屋の中に決まっているでしょうよ~~、そうじゃないと早苗月って分からないよ?」




 疑問ばかり増えていく一方だ。仮に俺が部室にいたとしても、そこからどうすれば俺のペンネームに気付けるというのか。神無月や水無月が同じ部屋にいたとしても全く俺の正体に気が付かなかったんだ。何かトリックがあったに違いない。




「ねえねえ?私がそんなマジシャンに見える?そこまで疑い深い目で見つめられても困っちゃうよ。ん、まさか早苗月ちゃんは私のことを好きなの?キャーーー、恥ずかしっ」


「『キャーー』じゃないですよ先輩。余計な話するとまた脱線するのが目に見えているんですけど………」




 眠気眼なグダグダキャラかと想像したが、そうではないようだ。神無月と同じ、いやそれ以上のお転婆系か?それともただ忙しくせわしない女のだけなのか。それもきっと間違っているのだろう。俺は結論付けた、彼女は「固定されない」キャラなのだ。


 どうしてそんな面倒なキャラ設定になったのか、いささか気にはなるが、あまり頭を突っ込みすぎると面倒事に巻き込まれる。興味を惹かれ、手を出すことは善悪どちらのケースもあるのだ、俺にとってメリットがあれば、万事解決だが今まで事がそう上手く運んだことはあまりない。




「俺が部室の中、にいたとしても俺の名前が分かる手掛かりってないと思うんですけど……」


「んもうっ。まだまだだねえ、さなえちゃんは。どうやって知ったのか、君はそれぐらい頭の中にあるんじゃない?ふわぁぁぁ」




 そこまで言うのならば、トリックがあるのだろう。なるほど、小説家なのだからそれぐらいのアイデアをひねり出せと。その辺はミステリー作家である水無月が得意手だが、出された挑戦状は受け取ってやらないわけにはいかないだろう。




「その時の部室は俺だけしかいませんでしたか?ああ、YESかNOかで答えてください」




 「NO」と由井。




「なら、部室の外にいたのは俺の知り合いですか?」


「それはあんまり関係ないことだね。一応質問への答えを言っておくとたぶんNOだよ」




 関係ない……か。部屋の外の情報は関係ない、ということは部室内にカラクリがあるのか。ちなみにさっきから人の情報をあぶりだしているが、これも恐らく無関係。だったら部屋の内装について聞くしかない。




「俺が『早苗月』って名前を口にしていましたか?」


「NO」




 OK、あい分かった。俺が知らず知らずに口を滑らしていないということは、声で知ったわけではない。無論、水無月もあの精神上、口を滑らすことはあっても確率1%ほどだろう。なら残りの99%の可能性。音ではなく、視覚で俺の名前を言い当てるほどの情報を得るには。




「その場にパソコンはありましたか?そして俺のでしたか?」




 ニヤニヤと俺を眺めるかぎり、この先輩の謎は解明されたということだろう。




「質問は一回に限り、一つにしてよ~~。ウミガメのスープやろうって言いだしたのは君じゃない。あ、言ってはいないか」


「そうですよ、俺はこれといって特別なことは何も言ってません。ただYESかNOか答えて欲しいと言っただけです。『ウミガメのスープ』だなんて一言もね」




 ニヤリと笑い返す俺に、どうやら少しばかり悔しいようだ。




「ふんっ、でも気付いたようで何よりだね。ふわぁぁぁ」




 何度目かの欠伸をする由井香。この先輩は文芸部の部室周りに人だかりが出来た時、つまりは掛依真珠親衛隊が俺を追ってきた時(面倒な揉め事01~06)の群衆に紛れこんでいたのだろう。そして部室に入るドアの小窓から俺のパソコンの画面を見てしまったのだ。作品タイトル脇にあるペンネーム「早苗月亮」という名前に。


 そういえばこの前、神無月が水無月のハンドルネームに気付いた時も、同じような方法だった気がするが……パソコンが原稿用紙になっただけとは、俺もあいつ水無月のことをあーだこーだ言える立場ではないな。


 それで…………謎が解明されたのはいいが。




「で、何の用なんですか?俺にいきなり抱き着いてきて、何が目的なんです?」




 目をキラキラと輝かせて、とは無難すぎてつまらないのでもっとリアルに言うならば、虹彩の表面上には黄鉄鉱のような黄金色の煌き。その奥、眼球の深奥には月光色の宝石が眠っているようにも見える。あいつが考えるような文体になってしまったのは些か不満が募るが、まあいい。


 それよりも今、ここで起きている現実を考慮しなくてはならないのだ。




「わたしっ、先生のファンなんですッ!!」




 ガバッと両手を広げ、思い出したように今ひとたび俺に抱き着いてきた由井香。高校二年の先輩。俺はほどなくして彼女の両手を振りはらい、一目散に逃げたのだった。

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