俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

060.食パンをくわえ走りながら曲がり角でぶつかる.故意ver.

 凛とした眼差しで見つめる彼女の視線の先には俺……ではなく、坂本。忽然と現れては己が虫だと主張されることに慣れていない彼は、半開きの口のまま棒のように突っ立っている。無理もない、クラス内でもここまでレベルが高い毒舌はいないし、校内でも中々見つけられないほどなのだろうから。




「ああ、水無月じゃないか。こっちは俺の知り合いなんだからその言い方は止めてくれたらどうなんだ?」


「あら、あなたにも友人と呼べる人がいたのね。てっきり孤独に浸ることが趣味のようだから、そんな関係作るのさえ億劫だと思っていたわ」




 そんな中俺のように毒舌に慣れているのは普通ではなく、レアケースなのだろう。全く、嬉しくはない賜物をもらったわけだ。まぁしかし貰った贈り物を使わないというのも勿体無いだろうし、今ここで使うぐらいの用途には活かさせてもらおう。俺が水無月を友人の坂本に間接的に紹介するということで。




「正解なような気がするがそうじゃないような気がするのは置いておくとして。念のために言っておくが、こいつが水無月だ。俺と同じ文芸部員」




 「…………ああそういやそうだったな」と拍子抜けしたように頷く坂本。無理もない、あんな罵詈雑言浴びせられて、はい、切り替えろという方が強引にも程がある。しかし、ここではなく別のところに問題が起きているのは言うまでもない。




「私は文芸部の部員ではないのだけど?」




 話の展開を知らない水無月は、自分が部員であることすら噂されていることを知ってはいないのだ。友人である坂本に俺と同じ扱いを受けさせる方も些か悪い気がするが、ここで水無月が話を合わせて来ない方が面倒なことになる。




「ああ、そういや神無月が部室で呼んでたぞ。なんだか部活動でやることがあるとかなんとか」




「……分かったわ」と水無月。どうやら一時退却をさせることに成功したようだ。なんだか納得していないようで眉をひそめていたのだが、仕方なく俺の願いを呑み込んでくれた、らしい。あとで何を言われるか、尋問されるかたまったものじゃないがひとまず場を乗り越得たので良しとしよう。


 俺の言うことを素直に聞くとはこれまた珍しいこともあるらしいと改心するが、きっと部活動という名の仕事の為だろう。決して俺の願いをすんなりと聞いたのではなく、自分が成すべき案件であるから。言うところ自分の為なのだ。


 ま、そこに漬け込んで俺が騙してしまう方が最もな面倒事(通り越して揉め事に発展しそうだが)に成り果ててしまうだろうが…………今はそのことを考えないようにしよう。




「つーーか、いつまで突っ立ってるんだよ。俺とあいつが話している間、何も言わないなんてお前らしくない」


「…………あ、あ」と話し出すのもままならないほどの坂本。あいつ水無月の言葉の影響が強すぎることもあるだろうが、茫然自失する時間があまりにも長すぎる。明らかに平常時とは別人の彼に俺はもう一度問う。




「おーーい。戻ってこーーい」




 ここではない、別の次元に飛ばされたようだ。四次元、五次元を通り越してもう100次元目に到達している頃ではなかろうか。ポーカーでもワンプレイして勝負が決まっているほどの時間が経過した後にようやくふと意識が戻り、我に返った坂本は噤んでいた口を開き始めた。




「あ。わりぃわりぃ。呆気に取られてたわ…………」


「少々長すぎると思うんだが……でもそれはこちらこそすまない。あれが、あいつ水無月の言い方ってのかな、話癖なんだよ」


「そうなのか…………」




 気落ちしているのか、言葉が途切れてしまったようだ。本当に申し訳ない。




「悪気はないんだけどな。慣れてくればそんなに気にしなくなるから、そこまでなんとか。な?」




 現に何度も絶え間なく毒舌を吐かれてきた俺はもうすでに慣れている。薬を使いすぎれば効き目が失ってくるように、あいつの言葉の威力もまた俺に対して効果が薄れてきているのだ。


 そんなこと嬉しくもないが。まあしかし、仕事上で何度も説教される事態に陥っても、屈せることのないような耐性を持てるという点にしては有り難いと感じているがな。


 だからつまり何が言いたいのかといえば結局のところ、彼には彼女の言動には慣れてくれれば気にもしないのだろう、そういうことだ。




「んま、俺はそんな気にしていないから平気だけど…………マガトはいつもこんな対応ばっか取られてるのか?」


「……そうだな。褒められることなんてゼロに等しいし、あまり良い意味で捉えられることはねーよ」




 突如現れては「羽虫」と呼ばれ人間とは見なされない始末。俺は坂本がどうしてこんな黙っているのかは大体理解出来ていた…………つもりだった。どうしてか、それは単純に言葉が荒々しく受け入れようとしてもまずどう受け入れれば良いのか戸惑っていたからではないかと。






「めちゃめっちゃ……いいじゃねーーーーかッ!!」






 ゆえに俺は目を点にするほかなかった。なぜ無言のまま何も話さない状態が続いたのか、という問題もあったが、何よりどうしてそこまで明るい表情なのかと。まるで待ち望んでいた晴天が空に広がったように、晴れやかに、かつ悩みの種が消え失せたように、満面の笑みで溢れていた。




「なんだよっ、あの黒髪ロングスレンダー美少女はよ!!あまり正面から話したことはないから、顔もよく覚えていなかったが、とんでもない美人じゃねーーかッ!!」




「お、おお」と俺は頷く。確かにそれは一理ある、顔立ちは整ってるし、スタイルも良い(あるところを除いて)。何も喋らなければきっとモテているに違いない。しかし…………




「しかもあの塩対応といい、もうさいっこうじゃんかよ!!おい、マガト俺に紹介してくれっ」


「…………本気か!?てっきり俺はそこに幻滅するんじゃないか……と」


「んなわけないだろ!!むしろ顔よりそっちの方が俺は惚れたぜ、なかなかこの高校内でもあんなやついないぞ」




 予想とはまた別の方向へ向くものだ、こいつの考えはいつも読めない。ま、そこのところが俺としては憎めないところなんだがな。きっと、また何か言うのだろう。名言めいたことを。




「だってよ、あそこまで正面を向いてくる奴はそうはいないぞ。本音を言ってくれる嬉しさというのか?俺としてはそれ以上に求める物なんてねーーな」




 やはり、だ……かっこいい、かっこよすぎるぞ坂本卓也。




「まあ……な。仮面を被る人間はあまり好みじゃない。それはよく分かる」


「だろ?だからきっとあいつはいい人間なんだろーーなって思うぜ?俺好みーーとかそんなんじゃなくてよ、フツーーに友達としてもいい人間なんだんなって」




 ああ、なるほど。俺はきっと避けているのではなく、あえてのか。勝手に運命的なものがある(恋とかそういうことじゃない)のだと決めつけていただけのようだが、いや信じられん。


 名言製造人間を目の当たりにしているとこっちとしても頭が上がらなくなるどころか(本人は気付いていないが)、こんな俺のような人間がいて申し訳なさがふつふつと浮き出てくるので、さっさと席を立ち教室を後にすることにした。




「確かにな、お前の言うことやること、いつも感心させられるな…………ありがとよ」




 だから俺はそう言いつつも一旦教室を退出しようとした時。


 ほんの数秒の出来事だったのか、それとも数十秒経過してしまったのか。それすら曖昧な程一瞬のことだった。会話がいいところで終わりを迎えたので、手も振らず俺はそのまま一時教室を出ようとしたのだ。無論、計画したわけではない。ちょっと廊下に出て水道の方へ向かおうとしただけ。


 ただ、俺はその場にいるのを少しためらっただけなのだ。俺と坂本の間で水無月の話をするというのは新鮮ではあるがゆえに疲れる、しかもこの後にも部活が控えているのだ。そこで合わせる顔がなくなるし、今後の仕事に影響が無いとは言い難い。


 ゆえに、俺は訳も分からず戸惑うしかなかった。




「セーーンパイッ!!」


 廊下に出て即座に振り返った先にいたのは超クールな編集者でも陽気で誰にでも挨拶をしてしまうような朗らかな人物でも、裏表チェンジのオセロ女でもなかった。


 俺よりもやや低身長でネクタイの色が異なった、それは可愛い可愛い天使のような後輩だった。

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