俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

055.新聞記事完成……と思ったのですが……?

「これがどんな意味を持つのか分かるよな」




 意味か。理事長、いわば高校のトップを担っていると言っても過言ではないキーパーソン。そんな人物がくだらない、言うならば冗談にしかならないことを噂話として広めるだろうか?


 あの部会で見た理事長の姿を思い出せば、冗談を言うような人柄には見えない。では、生徒だけにはあの態度を取っているのか?




「理事長っていつも厳格そうな人なんでしょうか?」


「そうか、曲谷は部会で目にしているんだったな。うん、まあそうだ、日常的にもあんな感じだな。理事長室に出向くことはあるが、いつ行っても何らかの仕事をしている。それが仕事だからってレベルじゃない、休憩時間だっていつ取っているのか分からないんだ」




 水無月雅美。水無月家はここまで勤勉なのか、子供といい親までも同じような性格だな。




「あ。そういえばその理事長関連の話なんだが、水無月桜は元気にしているか?」


「それは担任である先生の方が知っていると思うんですが。何も俺に訊かなくても、直接あいつに聞けばいい話じゃないですか?」




 掛依はおぼつかない顔つきで「そうだな」と答えた。




「部活でもよく働いていていますよ、まあ他人の仕事ですケド?」




 先輩の行動の為に何の罪も被るはずもない無実の俺に贖罪として他部の仕事を課せられたのだ。その過程の中でこの担任も関わっていないとは言わせない。




「俺もお陰様で新聞部のコンテストに受かるための記事を書きすぎたせいで、寝不足ですよ」




 皮肉を言い過ぎたのか、それとも自分の無力さを感じ取ったのか。俺はそこまで責めるべきではなかったと今更ながらに後悔した。




「…………すまん」




 お前の役に立っただろうだとか、これも生きるために必要なんだとか。俺はそんな屁理屈や強引な理由を口にしてほしかったのだ。ここで懺悔してしまえば俺以外に頼れるというか、仕事を任せる人物がいなかったと言っているも同然じゃないか。




「い、いやどうして謝っているんですか?先生らしくもない……ですよ」


「俺らしくもない……か。そんなものとうの昔に捨てたんだがな、ははっ」




 どことなく俺は掛依とは別の人物と話しているようだった。無論別人格の先生と話しているつもりではあるが、それとも違う。人物、人並み、そもそも根源から異なっている気がしたのだ。




「まあ、その話はまた今度だ。俺も仕事があるからもう行くよ」


「記事、頑張ってくれ」




 連絡橋と通じるドアに手をかける掛依の背中を見届けた後には、すでに彼女はいなかった。




「こんにちは~~、安藤さんっ。今日も元気ーー?」




 彼女はクラスメイトこそよく知る、誰からも好かれるような教師の仮面をすでに被っていたのだ。




「さっぱり分からないな」




 俺は一言そう呟くと掛依が出たドアとは反対側の廊下へ通じるドアから校舎へ戻っていった。


 面倒事は最低限引き受けないつもりだったのだが…………


 俺はどうしても真実を知りたい欲求に駆られているこのフラストレーションを消すために、行動を起こさなくてはならないと決意を固めた。


 そういえば、俺が掛依のインタビューをやったわけだが、結局原稿も俺に書かされ就寝時間がまた延長してしまったのであった。






 完成当日。




 俺、水無月、神無月は同じ長机を目の前にしながら椅子に座り、ひたすらに沈黙を取り続けていた。


 机の真ん中にはどこからどう見ても「新聞」に見える紙が置かれていた。文が事細かに敷き詰められ、見やすい大きさほどに枠が取られている。文字も小さすぎず大きすぎない大きさ。イラストも写真と見間違えるほどの出来だが、どこか人の手が込められた無機質なものではなくなっている。




「やっと終わった…………できた、できたんだね」




 机の端、俺の真反対側に座っている神無月はあまりの嬉しさに言葉を漏らした。それもそうだろう、ここまでの出来の作品を作るにも約2か月ほどかかったのだ。俺も何度も編集者に渡しては返されを繰り返されたので、このうえなく幸福感に包まれる。




「そうだ……俺たちはやっとここまで仕上げたんだ……」




 同時に俺も神無月同様に嬉しさのあまり声が出てしまう。同じ作品を長期間背けず真正面から受け止めた俺と神無月、互いに互いを称賛しあった。




「嬉しい……という言葉で言い表せないほどの感激だよ……」


「ああ、この日が来るのを待ち望んでいたんだ……長かったな」




 とで会話のキャッチボールをしてしまった。そこで俺は気付いたのだ。俺と神無月の間には水無月桜という記事を完成させるには必要だった要石となる人物が。




「どうしたんだよ、喜ばないのか水無月?」




 嫌な予感が的中した、とはこのことか。水無月の表情を伺おうと顔を覗くとどうやら嬉しさのあまり体が硬直しているわけではなかった。


 冷ややかな視線がそろりと俺の顔に移るやいなや、




「喜ぶわけないでしょう。まだ完成していないのだから」




 どうやら俺と神無月の喜びはフラグのようだったのだ。何か起こるという前兆、そもそも机にいきなり記事が置かれただけで浮かれてしまった自分が悪いのだ。


 新聞なる紙をよく見ると水無月が提言する理由がはっきりと分かった。いや、分からない方が少数だろう。この一部分が無い限り、本来の新聞記事を売ることさえも出来ないだろうし、新聞だけに限らず小説でも何にでも通じる。




「…………タイトルかよ」




 この新聞の要約とも言える鍵が未だに決まっていなかったのだ。



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