俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
041.別人格に切り替わるのですか……?
どことなくそんな気がしたのだ、この女の描く作品の作風が似ているだとか、描き方がこうたらとかの問題ではない。ただこの熱や意欲だけが証明に足りるからだ。
顔真正面にピースサインを作り、堂々と俺のペンネームを口にしたところ、そう思うしかない。
「早苗月先生って言うんだよっ!」
こんな満面な笑顔で、しかも同世代の人間に「あなたの作品で絵を描いているんです」と言われたら、照れてしまうだろうが。
「それ、俺のこと」と直接、何の違和感もなく応じるべきだったのか、そうでないのか瞬時に判断しかねたが、俺は後者をとった。
「さなえ……?誰だそりゃ?」
Oh……なんともわざとらしいったらありゃしない、自分で言ってなんだが恥ずかしいにも程がある。
対して神無月は無知を装う俺に矛を突きつけてきた。
「なんで知らないんだよーーーー、こんなこの世のものとは思えない作品なんてこの世にないよ?」
それを俺が創っているとなると恥ずかしいを通り越して吹っ切れそうだ……
同時に俺の脳内にふと、とある女の姿が描写された。女、ああそうだ、ここ最近俺の周囲に現れてくる女生徒やら女教師はいても俺の、俺だけの担当編集者はこいつだけだ。
確かに自分の子供と同レベルの自作をこうも他人に語られるとなると赤面してしまうものだ。
あの時の水無月桜、いやここでは如月桜の耐え難い表情はこうやって作られたのか、そして俺が、この目の前にいる、何も知らないこいつ、神無月茜のような存在だったのだ。
「この世のものとは思えないのならば、その作品は一体何者なんだろうな」
だから俺は大人げなく、かつ誇るように、無垢な少女に語り掛けた。無垢、なるほどここでの神無月の表情というか面持ちはそれが最適解だ。
「そんな作品ってこと!現実にはあり得ないようなもの、つまりーー、誰がこんなものを作ったのか!って驚きだよ」
「どうしてこんな素晴らしい作品が作れるのかなって、『素晴らしい』って言葉で言い表すのも引き下がるぐらいっ」
小説家がいそいそと手を動かし、ストーリーを文字で組み立てていく、そんな地味な作業工程に意味があるのかと言われれば、これがその意味なのだろう。
どこにも、どんな職業柄でもありそうな理由。「人を笑顔にさせたい」なんて善人ぶっているわけではないが、よくある。俺はそんなよく耳にする平凡な訳で書いているのかもしれない。
「そこまで言うのならどの辺がそんなに「凄い」んだ?お気に入りの描写とかあるのか?」
ここでの俺は平常心であったかと訊かれれば、「NO」と答えること間違いなしだ。俺は動揺していた、にしか見えないだろう。この意気揚々と語ろうとしている女を除いて。
「おっ!!訊く?聞いちゃう?いいの?話せと言われたら、飽きるまで、死ぬまで、とことん話しまくるけどいいの!?」
「死ぬのは嫌だな、だがそこまでいかないぐらいなら話してくれ」
「ええと」と口火を切ろうとした刹那、このTHEアウトドアのアクティブ少女の面影は消失。
残ったのは、好きなものについて拘ることを厭わない、いや少しは自重した方が良いほどに執着した、インドア派のオタク系少女だった。
「え……とやっぱり一番はあの主人公のスルトとユリィのバトルシーンよっ、お互い好感があるはずなのにそれゆえに生まれてしまう戦闘意識、愛ゆえに大切な人を殺さなくてはならないという神話的物語、現在アニメ、小説界では類稀な物語の構想方法。しかも単なる異世界系の話では終わらせない展開なんです!!」
まだ続く。
「ネットに投稿されているんですけど、毎日『ああーーーー』とか叫びながら、いや悶えながら読んでるんです!しかも次につながる話の終わらせ方が上手くて……to be con……て書かれているのをみるとつい、『うわあああああ』ってスマートフォンを投げたくなるんです!!んで……」
「お、おう。分かった、そこまででいい、神無月がその、早苗月先生って人の作品を好き好んでいるって話はよーーく分かった」
「好き好んでいるんじゃないんです!そんな言葉で言い表せないほど、だいすきなんです!!」
「同じ意味じゃないんか?」
「違いますっ!」と俺の主張は拒否された。
ともかくさっきから頭に浮かんではいたが、何処からどう見てもタクにしか見えない……
話しだすと思いきや聞き取れない速度で話し、やはり止まらない、今回だって俺が止めに掛からなかったらどうなっていたのか。典型的な例すぎて笑えない。
というか……
「なんで敬語で話してるんだ?」
神無月はぽっと顔全体を赤く火照らし、ゆでだこのようになってしまった。まさか、意外な部分もあるものだ。
沸騰した顔を掌で覆い隠している神無月は、おろおろと言葉を吐き出すように答えた。
「そ、それは私でもわかんないんだよ~~」
好きなことを話すときは打って変わって性格が変わる人もいる、がしかしここまで顕著に話し方すら変わってしまう人が現実にいるとは知らなかった。
どうせ二次元しか存在しないのだろうと、諦めていたからだ。
そしたらどうだ、目の前にいるではないか。
「スルトってかっこいいよな」
ぼそりと俺は言うと、
「えっ!えっ?やっぱりそう思いますよね!!あの……ッ」
あ、気付いた。
「わざと言ったなあ、私の変化ぶりが面白いからってぇ、からかわないでよーー」
またひとたび、顔を覆い隠しながら溢す言葉には不安定さが残る。
「だって面白いんだもんなーー」
自分の口癖をわざとらしく、当てつけに言われ悔しいのか、「こんにゃろーー」と言いたげにこちらをじっと見てくる少女。故意でも何でもなく普通に面白いぞ、その表情。
そんなこんなで、この神無月茜という人物こそが自作「俺の異世界転生先は妹だらけのワンダーワールドだった」の感想を熱く語ってくれる読者、出雲流ということに確信したわけであるが。
どうやってストーカー行為をやめさせるべきか。
いや、別に俺が電話番号や住所などの個人情報を訊かれることには何も苦ではない(好むわけではないが)。何度も感想文に付け加えられていることばかりで、もう呆れているからだ。
だが、俺ならばの話だ。いつ俺意外の作者にストーカー行為を繰り返すか分からない、もしかしたら……
「その早苗月先生以外にも、お気に入りの作家とかっているのか?」
「うん!!いるよ!」
ダメだああああ、こいつもう容疑者になりかけてやがるっ、俺だけならまだしも、別の人物ならばそれはまずい。念のため、聞いておこう。
「それは誰だ?」
「んーー、やっぱ『日比谷とおる』さんかなあ」
さっぱり分からない。小説投稿サイトでのアクセスランキング50位内の作家は大体知っているが、その中にはいないということだ。
「どんな作品なんだ?」
「こっちの人は早苗月さんみたいな異世界モノじゃないんですよ、なんというかもっとシリアスというか、読んでて臨場感満載で話に引き込まれる文体で……」
話に熱がこもる口調でやはりこいつは面白いと思いかけたが、「そうだ!」という何かを思い出したように口にしたこの言葉は忘れたくても覚えてしまう、要は頭に焼き付けられるものだった。
「早苗月先生はストーリーに、日比谷先生は文体に惹かれているんだと思うんですよーー」
なるほど俺とは芸当が異なっているということか、簡単に言えば文字ではなく文字から生まれる想像の方が俺の武器なのだろう。
言葉の言い回しや技巧とか、俺としてもそこまで達者ではないと感じてはいたがここうも堂々と言われるとなると痛々しいな。
ま、それも作家であるがゆえにだ。
「ほお、なるほどな。作家といってもいろんな奴がいるんだな」
そして俺は誤魔化す、わざとらしく作家だと悟らせないように。
「そうです!でもまあ早苗月先生の作品の方が好みですけどねっ、なんというか食べやすいというか……」
「それは読みやすいというべきだろうが」
「そ、そうそう!!軽く読めて尚且つすんなり頭に入り込んでくるので、良いんです」
「へ、へええ……」と相槌を打つ俺はそっと席を立つや否や、自分のスマートフォンを指差し、
「悪い、ちょっとばかり席を外すわ」と、まるで着信が来たかのようなフリをして喫茶店を一時退出する。
無論、誰かから呼び出されたわけでもないしそうするつもりも毛頭ない。
俺はすぐさま画面の検索バーに「日比谷とおる」という名前を打ち込むと……
検索順で一番最初に現れたのは、俺が投稿する小説サイトのページだった。
顔真正面にピースサインを作り、堂々と俺のペンネームを口にしたところ、そう思うしかない。
「早苗月先生って言うんだよっ!」
こんな満面な笑顔で、しかも同世代の人間に「あなたの作品で絵を描いているんです」と言われたら、照れてしまうだろうが。
「それ、俺のこと」と直接、何の違和感もなく応じるべきだったのか、そうでないのか瞬時に判断しかねたが、俺は後者をとった。
「さなえ……?誰だそりゃ?」
Oh……なんともわざとらしいったらありゃしない、自分で言ってなんだが恥ずかしいにも程がある。
対して神無月は無知を装う俺に矛を突きつけてきた。
「なんで知らないんだよーーーー、こんなこの世のものとは思えない作品なんてこの世にないよ?」
それを俺が創っているとなると恥ずかしいを通り越して吹っ切れそうだ……
同時に俺の脳内にふと、とある女の姿が描写された。女、ああそうだ、ここ最近俺の周囲に現れてくる女生徒やら女教師はいても俺の、俺だけの担当編集者はこいつだけだ。
確かに自分の子供と同レベルの自作をこうも他人に語られるとなると赤面してしまうものだ。
あの時の水無月桜、いやここでは如月桜の耐え難い表情はこうやって作られたのか、そして俺が、この目の前にいる、何も知らないこいつ、神無月茜のような存在だったのだ。
「この世のものとは思えないのならば、その作品は一体何者なんだろうな」
だから俺は大人げなく、かつ誇るように、無垢な少女に語り掛けた。無垢、なるほどここでの神無月の表情というか面持ちはそれが最適解だ。
「そんな作品ってこと!現実にはあり得ないようなもの、つまりーー、誰がこんなものを作ったのか!って驚きだよ」
「どうしてこんな素晴らしい作品が作れるのかなって、『素晴らしい』って言葉で言い表すのも引き下がるぐらいっ」
小説家がいそいそと手を動かし、ストーリーを文字で組み立てていく、そんな地味な作業工程に意味があるのかと言われれば、これがその意味なのだろう。
どこにも、どんな職業柄でもありそうな理由。「人を笑顔にさせたい」なんて善人ぶっているわけではないが、よくある。俺はそんなよく耳にする平凡な訳で書いているのかもしれない。
「そこまで言うのならどの辺がそんなに「凄い」んだ?お気に入りの描写とかあるのか?」
ここでの俺は平常心であったかと訊かれれば、「NO」と答えること間違いなしだ。俺は動揺していた、にしか見えないだろう。この意気揚々と語ろうとしている女を除いて。
「おっ!!訊く?聞いちゃう?いいの?話せと言われたら、飽きるまで、死ぬまで、とことん話しまくるけどいいの!?」
「死ぬのは嫌だな、だがそこまでいかないぐらいなら話してくれ」
「ええと」と口火を切ろうとした刹那、このTHEアウトドアのアクティブ少女の面影は消失。
残ったのは、好きなものについて拘ることを厭わない、いや少しは自重した方が良いほどに執着した、インドア派のオタク系少女だった。
「え……とやっぱり一番はあの主人公のスルトとユリィのバトルシーンよっ、お互い好感があるはずなのにそれゆえに生まれてしまう戦闘意識、愛ゆえに大切な人を殺さなくてはならないという神話的物語、現在アニメ、小説界では類稀な物語の構想方法。しかも単なる異世界系の話では終わらせない展開なんです!!」
まだ続く。
「ネットに投稿されているんですけど、毎日『ああーーーー』とか叫びながら、いや悶えながら読んでるんです!しかも次につながる話の終わらせ方が上手くて……to be con……て書かれているのをみるとつい、『うわあああああ』ってスマートフォンを投げたくなるんです!!んで……」
「お、おう。分かった、そこまででいい、神無月がその、早苗月先生って人の作品を好き好んでいるって話はよーーく分かった」
「好き好んでいるんじゃないんです!そんな言葉で言い表せないほど、だいすきなんです!!」
「同じ意味じゃないんか?」
「違いますっ!」と俺の主張は拒否された。
ともかくさっきから頭に浮かんではいたが、何処からどう見てもタクにしか見えない……
話しだすと思いきや聞き取れない速度で話し、やはり止まらない、今回だって俺が止めに掛からなかったらどうなっていたのか。典型的な例すぎて笑えない。
というか……
「なんで敬語で話してるんだ?」
神無月はぽっと顔全体を赤く火照らし、ゆでだこのようになってしまった。まさか、意外な部分もあるものだ。
沸騰した顔を掌で覆い隠している神無月は、おろおろと言葉を吐き出すように答えた。
「そ、それは私でもわかんないんだよ~~」
好きなことを話すときは打って変わって性格が変わる人もいる、がしかしここまで顕著に話し方すら変わってしまう人が現実にいるとは知らなかった。
どうせ二次元しか存在しないのだろうと、諦めていたからだ。
そしたらどうだ、目の前にいるではないか。
「スルトってかっこいいよな」
ぼそりと俺は言うと、
「えっ!えっ?やっぱりそう思いますよね!!あの……ッ」
あ、気付いた。
「わざと言ったなあ、私の変化ぶりが面白いからってぇ、からかわないでよーー」
またひとたび、顔を覆い隠しながら溢す言葉には不安定さが残る。
「だって面白いんだもんなーー」
自分の口癖をわざとらしく、当てつけに言われ悔しいのか、「こんにゃろーー」と言いたげにこちらをじっと見てくる少女。故意でも何でもなく普通に面白いぞ、その表情。
そんなこんなで、この神無月茜という人物こそが自作「俺の異世界転生先は妹だらけのワンダーワールドだった」の感想を熱く語ってくれる読者、出雲流ということに確信したわけであるが。
どうやってストーカー行為をやめさせるべきか。
いや、別に俺が電話番号や住所などの個人情報を訊かれることには何も苦ではない(好むわけではないが)。何度も感想文に付け加えられていることばかりで、もう呆れているからだ。
だが、俺ならばの話だ。いつ俺意外の作者にストーカー行為を繰り返すか分からない、もしかしたら……
「その早苗月先生以外にも、お気に入りの作家とかっているのか?」
「うん!!いるよ!」
ダメだああああ、こいつもう容疑者になりかけてやがるっ、俺だけならまだしも、別の人物ならばそれはまずい。念のため、聞いておこう。
「それは誰だ?」
「んーー、やっぱ『日比谷とおる』さんかなあ」
さっぱり分からない。小説投稿サイトでのアクセスランキング50位内の作家は大体知っているが、その中にはいないということだ。
「どんな作品なんだ?」
「こっちの人は早苗月さんみたいな異世界モノじゃないんですよ、なんというかもっとシリアスというか、読んでて臨場感満載で話に引き込まれる文体で……」
話に熱がこもる口調でやはりこいつは面白いと思いかけたが、「そうだ!」という何かを思い出したように口にしたこの言葉は忘れたくても覚えてしまう、要は頭に焼き付けられるものだった。
「早苗月先生はストーリーに、日比谷先生は文体に惹かれているんだと思うんですよーー」
なるほど俺とは芸当が異なっているということか、簡単に言えば文字ではなく文字から生まれる想像の方が俺の武器なのだろう。
言葉の言い回しや技巧とか、俺としてもそこまで達者ではないと感じてはいたがここうも堂々と言われるとなると痛々しいな。
ま、それも作家であるがゆえにだ。
「ほお、なるほどな。作家といってもいろんな奴がいるんだな」
そして俺は誤魔化す、わざとらしく作家だと悟らせないように。
「そうです!でもまあ早苗月先生の作品の方が好みですけどねっ、なんというか食べやすいというか……」
「それは読みやすいというべきだろうが」
「そ、そうそう!!軽く読めて尚且つすんなり頭に入り込んでくるので、良いんです」
「へ、へええ……」と相槌を打つ俺はそっと席を立つや否や、自分のスマートフォンを指差し、
「悪い、ちょっとばかり席を外すわ」と、まるで着信が来たかのようなフリをして喫茶店を一時退出する。
無論、誰かから呼び出されたわけでもないしそうするつもりも毛頭ない。
俺はすぐさま画面の検索バーに「日比谷とおる」という名前を打ち込むと……
検索順で一番最初に現れたのは、俺が投稿する小説サイトのページだった。
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