俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。
027. そのナイフ危なすぎると思うのですが……?
『彼女は鮮明かつ恍惚とした表情で微笑んだ。まるで自分の十八番であるかのようなその微笑は周囲の人間を圧倒し、孤立するかのようで。誰かが語れば彼女は自身が犯人とは見えなく、まるで劇場で演じる女優かのようになるだろう。そんな微笑だったのだ。ブラックホールのように真っ暗な闇夜を纏うように存在する彼女は「これで私は終わりね」と誰にも聞こえない声量で呟き、警察の手に落ちるのだった』
どうやら水無月桜は正当派ミステリー作家らしい。正当派か、そうでないかは度々議論されているのが推理小説界ではよくある話だが、簡単に言えばコナンドイルが書いたような「シャーロック・ホームズ」を思い出してくれればいい。
一見、怪事件や完全犯罪かのように見える事件を埃のようなごく小さな穴から答えを導き出す名探偵の話だ。とにかく名推理して「はい万事解決!」なんてものだろう。
と、今現時点での俺の状況を語ろう。
俺は校内随一面倒な教師と人気がないだろうこの喫茶店で隠れ二者面談をしていたのだ。
そしてその話も終わり(というかあまり重要なことはなかったが)、今まさに店の出口に差し掛かったところである。
優雅にコーヒーを愉しむ女生徒、いやここで言うならばクリエイターの姿があったのだ。勿論彼女の名前は水無月桜。
そうして今に至る。
「そこに私を心の内で嘲笑するような小心者がいるのだけれど、本心なら口に出して言った方がいいわよ」
彼女はまるで胸中を透視するかのような眼差しで俺を睨みつけてきた。うおい、なんと恐ろしいことか。
「なわけない、あるわけないって。けど本当にこれ全部あんたが書いたのか?」
「否定を二回続けて言うと、どうなるか知らないのね?分かった。『肯定』になるということを教えてあげるわ」
俺はテーブル上に整えられた原稿に目を向けてから、ある種の驚きを伝えたかったのだが、なるほどそうは捉えられていないようだ。
無表情でテーブル脇に常時置いてあるナイフを取り出してから眼球、いやその一歩手前まで突き付けてきたのだ。
確かに自分の作品を何の前触れもなしに見られるというのは、いい気分ではないと思うが……ここまでするか?
「それ以上前に重心を傾ければ自然に刺さるし、後ろに引こうとするならこの手が直進するわ」
「どちらを取っても刺さることには変わらないんですケドーーーー」
助けを乞うように悲鳴を上げると事の始終を見ていた傍観者がようやく口を開いた。
「まあまあ、痴話喧嘩はそこまでにして、ね?ほら如月さんもその手引っ込めて」
淑女を表すような印象のスーツ姿の女性、どうも30代前半といったところか、うちの担任と良い勝負である。
「何もナイフを凶器にすることないでしょう?これだから如月さんは…………」
どことなく長く一緒に行動しているような口ぶり。対する水無月は、
「この礼節わきまえない無精な男に体感させようとしただけよ、聞いたことあるでしょう、口で物を言うよりも体で覚える方が効率がいいって。あと変な噂が流れるようなことを言わないでくれるかしら、広まった光景を想像しただけでも悪寒がするわ」
なるほど俺とさほど変わらず刺々しさ100点満点の対応だ。というか誰に対してもこの話し方は変わらないような気もするのだが……それは置いておこう。
「明嵜さんですよね?ナイトレーベル文庫の編集部なんですか?」
ビシッと俺の目の前でピースサインをしながら、
「そうよーー!私こそが二大レーベルの片割れ、暗い方の編集部担当でっす!!」
まるで支離滅裂な発言をしているこの人こそが水無月の担当編集者。光と闇、何か因果が働いているかのような組み合わせだ。
クラシック曲調の音楽とコーヒー豆を煎った香りとが混じり合い、そこにモノクロな店の風貌がマッチする。
そんな喫茶店にいるはずなのだが、堂々と自己紹介をする人がいるだけでまるでカラオケ店か、居酒屋のような雰囲気に感じてしまうのは俺の勘違いのせいだろうか。
いや、そもそも自己紹介に加えてポーズを取る方がまれというかイレギュラーを超えている。
「場所、変えません?」
だから店の風潮にそぐわないと、気付いてしまった俺はそう提案するのだった。
今思えば、水無月の担当編集者が彼女のことを「如月さん」と呼んでいたが、それは彼女自身のペンネームだということなのだろうか。
掛依の話もあって訊くべきだったのだろうが、俺はすぐには訊かないことにした。なんというか、出来事が重なり、積もりすぎて処理が追いつかないコンピューターのようだったのだ。
だから、いくら「知りたい」とは思っても行動には起こさず、そのまま場所を移すことだけに集中した。
何よりも、ここまでの一連の流れが、物語のように作られた気がしてならなかったのである。
どうやら水無月桜は正当派ミステリー作家らしい。正当派か、そうでないかは度々議論されているのが推理小説界ではよくある話だが、簡単に言えばコナンドイルが書いたような「シャーロック・ホームズ」を思い出してくれればいい。
一見、怪事件や完全犯罪かのように見える事件を埃のようなごく小さな穴から答えを導き出す名探偵の話だ。とにかく名推理して「はい万事解決!」なんてものだろう。
と、今現時点での俺の状況を語ろう。
俺は校内随一面倒な教師と人気がないだろうこの喫茶店で隠れ二者面談をしていたのだ。
そしてその話も終わり(というかあまり重要なことはなかったが)、今まさに店の出口に差し掛かったところである。
優雅にコーヒーを愉しむ女生徒、いやここで言うならばクリエイターの姿があったのだ。勿論彼女の名前は水無月桜。
そうして今に至る。
「そこに私を心の内で嘲笑するような小心者がいるのだけれど、本心なら口に出して言った方がいいわよ」
彼女はまるで胸中を透視するかのような眼差しで俺を睨みつけてきた。うおい、なんと恐ろしいことか。
「なわけない、あるわけないって。けど本当にこれ全部あんたが書いたのか?」
「否定を二回続けて言うと、どうなるか知らないのね?分かった。『肯定』になるということを教えてあげるわ」
俺はテーブル上に整えられた原稿に目を向けてから、ある種の驚きを伝えたかったのだが、なるほどそうは捉えられていないようだ。
無表情でテーブル脇に常時置いてあるナイフを取り出してから眼球、いやその一歩手前まで突き付けてきたのだ。
確かに自分の作品を何の前触れもなしに見られるというのは、いい気分ではないと思うが……ここまでするか?
「それ以上前に重心を傾ければ自然に刺さるし、後ろに引こうとするならこの手が直進するわ」
「どちらを取っても刺さることには変わらないんですケドーーーー」
助けを乞うように悲鳴を上げると事の始終を見ていた傍観者がようやく口を開いた。
「まあまあ、痴話喧嘩はそこまでにして、ね?ほら如月さんもその手引っ込めて」
淑女を表すような印象のスーツ姿の女性、どうも30代前半といったところか、うちの担任と良い勝負である。
「何もナイフを凶器にすることないでしょう?これだから如月さんは…………」
どことなく長く一緒に行動しているような口ぶり。対する水無月は、
「この礼節わきまえない無精な男に体感させようとしただけよ、聞いたことあるでしょう、口で物を言うよりも体で覚える方が効率がいいって。あと変な噂が流れるようなことを言わないでくれるかしら、広まった光景を想像しただけでも悪寒がするわ」
なるほど俺とさほど変わらず刺々しさ100点満点の対応だ。というか誰に対してもこの話し方は変わらないような気もするのだが……それは置いておこう。
「明嵜さんですよね?ナイトレーベル文庫の編集部なんですか?」
ビシッと俺の目の前でピースサインをしながら、
「そうよーー!私こそが二大レーベルの片割れ、暗い方の編集部担当でっす!!」
まるで支離滅裂な発言をしているこの人こそが水無月の担当編集者。光と闇、何か因果が働いているかのような組み合わせだ。
クラシック曲調の音楽とコーヒー豆を煎った香りとが混じり合い、そこにモノクロな店の風貌がマッチする。
そんな喫茶店にいるはずなのだが、堂々と自己紹介をする人がいるだけでまるでカラオケ店か、居酒屋のような雰囲気に感じてしまうのは俺の勘違いのせいだろうか。
いや、そもそも自己紹介に加えてポーズを取る方がまれというかイレギュラーを超えている。
「場所、変えません?」
だから店の風潮にそぐわないと、気付いてしまった俺はそう提案するのだった。
今思えば、水無月の担当編集者が彼女のことを「如月さん」と呼んでいたが、それは彼女自身のペンネームだということなのだろうか。
掛依の話もあって訊くべきだったのだろうが、俺はすぐには訊かないことにした。なんというか、出来事が重なり、積もりすぎて処理が追いつかないコンピューターのようだったのだ。
だから、いくら「知りたい」とは思っても行動には起こさず、そのまま場所を移すことだけに集中した。
何よりも、ここまでの一連の流れが、物語のように作られた気がしてならなかったのである。
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