俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

025. どこかで聞いた名前の気がするのですが……?

ーーアイスコーヒー到着ーー




「で何の用ですか?からかうだけならこのコーヒー飲んで先にお暇させていただきたいのですが」




 俺は届いたばかりのアイスコーヒーにシロップだけを入れながらそう言うと、「まあそう焦るな」となだめてきた。




「そもそもお前帰っても暇じゃないのか?どうせ予習なんてする立ちじゃねえだろうし」




 世の中の男子高校生をどう見ているんですか?それなら博学の人も女性ばかりになってしまいますよ等と得意の想像劇を繰り出すと掛依は「そうだな」と笑い飛ばした。


 本当は俺だって帰宅しても仕事があるんですよ、暇じゃないんですと答えたかったが、自分の執筆業を他人に知られたくない、というか単にペンネームがバレたくなかったのでそれは口にしなかった。




「なら、本題を話そうか」




 乾いた喉を潤すために一度コーヒーを含むと、つんとした視線が感じた。どうやら話の流れが急変したようで場の雰囲気がどことなく真剣さを見せ始めた。




「お前の部活動に関する話だ」




 高校生活初っ端からリズムを崩された根本的原因。少しぐらいなら……と許容してしまった要らないスパイス。




「確か…………新聞部のコンテストで結果を出さなければ文芸部が廃部になるんですよね」




 第一回目に開かれた委員会の後、直々に伝えられた深刻な状況。




「ああ。具体的なことは私も知らないのだが、予選を通過しなければ問題外なのは言わないでも分かるな?」




 そんなことを言われても……というのが本心なのだが、俺はそれよりも訊きたいことがどうしても一つだけあった。それは、




「それは分かるんですが、なぜ文芸部が新聞部の補助をしなきゃならないんですか?」




 肩代わりする必要が分からない、しかもどうして犠牲を被らなきゃならないのかも。




「それは…………だな」




 なぜか俺の質問に口籠る掛依、何か言えないような出来事でも事件でもあったのだろうか。




「言えなーーーーあいっ、てへっ♡」




 うっぜえええ、何ですかそれ、猫の手ですかその頭の横の手引きちぎってもいいんですか?




「分かりました」




 俺はひとりでに納得したように頷くと「ごめんネーー」なんて悪びれた表情もないので、「なら帰ります」などと帰宅の意志を示すとどうやら掛依もやりすぎたと理解したらしい。




「悪い悪い、これは俺が悪かった、すまん謝るから許してちょ=^_^=」




 絶対にこの人は謝る意思がないなと思いつつも、このまま馬鹿話を続けてもらちが明かないので指摘しないことにした。




「で、結局のところどうして俺が新聞部の活動を担うことになったんです?別に何も俺じゃなくても良いんじゃないんですか?」


「こいつは理事長の命令なんだよ」




 俺とこの高校の理事長には全くといっていいほど接点がない、というかまだ入学して一週間も経っていない生徒と高校のトップとの関係がある方が可笑しい方だ。まあ、こうやって密会らしいことをしていることだって珍事なものだろうが……


 だから俺は直接的に、何の躊躇もなく聞くことにした。




「どうして理事長なんかが俺みたいな人間を気にするんです?俺、その人と会ったことすらあの委員会以来なんですよ、率直に言って無関係なんですが」


「そうだな…………」




 深呼吸をしてから息をふっと吐き出す掛依。どうやらふざけたような様子はそこには無さそうで真剣な目つきだけが残る。




「…………知ってるかもしれないが俺と理事長あいつとはあの委員会があるおかげで何かと長い関係なんだよ、腐れ縁ってやつだ。つっても俺はあいつの意向とか考えていることはすまないが、分からない」


「何を考えて、企んでお前を選んだのか分からないんだが……」




 昔あった出来事を探りながら語っているようで、何か、引っかかるものがあったらしい。




「そういえばあいつがこんなこと言ってたのは覚えているな」




 ごくりと俺は唾を呑み込む、俺に対して上の奴らがどんな評価をしているのか知りたいというわけではなく、単純に何故俺に全てを一任したのか、その訳を知りたかったからだ。




「『彼には察してもらわなければな』だっけか、俺には何のことかさっぱりだが」




 いや長年一緒にいた人が分からないなら俺だって分かるわけないだろとさらに謎を深くする理事長という存在。如何にも黒幕という印象だ。


 ひとまず一連の流れというか現時点での問題を確認するために、一度コーヒーをひと飲みしてから脳内会議を行う。




 第一に、彼女は俺とは無関係である。


 第二に、俺は半強制的に仕事を負わされた。


 第三に、水無月桜という重要人物が助っ人として現れた。


 ちょっと待て…………まず最初の段階から歯車が嚙み合っていないというか、前提こそが間違っているのではないか?




 理事長と俺とはには会っていない。ということはつまり間接的には出会っている可能性があるということだ、すれ違い様だとか誰か俺に関わる人の知り合いなのかもしれない。


 そこで俺はある場景が脳内再生された。時刻は……理事長を初めて視認したであろう時だ。確か、隣の人が頼りなくてあまり聞き覚えが無いような気がするのだが……




「掛依先生。理事長の本名を教えていただけもらえないですか?」


「本名?そんなの知ってどうなるんだって言ってもきかないだろうな」




 微小な笑みをその頬に浮かべてから、口が開く。なんだか、珍しい光景だ。




「水無月雅美」

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