俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

020.面倒な揉め事03

 今現時点のこの状況、つまり俺と如月の立ち位置、容姿、場景を劇場のように語るとするならばこうだ。


 座っている如月のスマホを突っ立っている俺が取り上げる、まさに交際している彼女の携帯を見て浮気していないかどうか確認しているドロドロドラマ。


 何も知らない傍から見た人の視線からすればの話なのだが……




 神無月はまるで修羅場を見てしまったと、不条理で仕方ないヨネ∑d(d´∀`*)グッ!なんて言わんとするような表情。詳しく言うならば目を点にしながら右手を握り親指だけを立て、今や部屋から出ようとしているのだ。




「あ…………察し」




 察しじゃねーよってか声出てんじゃねーか、なんて俺の冗談を聞き入れるまでもなく逃げようとしたので俺はその前に入口兼出口のドアを閉ざした。




「ななななな何も見てないから安心して安心して、とりあえずず落ち着こうよ」




 神無月はそう言いながら俺の肩に手を置いて叩くのだが、如何せんその手が震えまくっている。




「落ち着いてないのは神無月の方だろうが、まあそうだな。とりあえずここは一つ深呼吸してだな……」


「落ち着きがないのはあなたの方よ、いい加減その羽ばたきを止めてくれないかしら、羽音が煩わしいの」




 羽ばたき、つまり俺のこの両膝の動きを言っているのか?失敬な、これは武者震いのようなものなのだぞ。なんて嘘っぱち吐くとこちらの方が赤面して爆発しそうなので、何も言わずに両足の緊張をほぐすことにした。


 全く痛いところを突いてくる奴だ。




「で、さっきの光景は見なかったことにしましょうか?」




 珍しくも指の動きを止めて立ち上がると胸ポケットから何やら金属片のようなものを取り出した。


 それはいわゆる収納式の小型の鋏。如月が一言そう言い放つと同時に肩の力を出来るだけ抜き、その刃の部分を神無月に向けた。




「いやいやいや、止めてください下げてくださいそのハサミをっ。こんなとこで殺人現場なんて作らないでください」




 俺が神無月と如月の間に割ってはいると神無月の方はどうやらもうなにがなんだか理解が追い付かないようで頭を回転させている(物理的に)。


 対して如月は「あはは」なんて独り言を口にしながらどこを見ているのかわからない。つーかヤンデレかよ……




「ひとまず落ち着こう、俺もあんたらもだ」


「そうね、私としたことがほんの少し踏み外してしまったわ」




 どうやら首尾一貫冷徹な姿に戻ったらしくいつもの平常運転を再開したようだ。ほんの少しなんてレベルじゃないがな……もう掛依よりも驚きだよ。




「あ、ああ。とりあえずこれは誤解だ、俺とこいつの間には何の因果も関係もない、ましてや男女なんて全く縁がない」




 身振り手振りで語ると自分でも感じとってしまう、いかにも減罪してほしいと乞うている必死さが。




「そ、そうだよねそうだよね。ちょっと焦って頭が混乱したけどそんなの当たり前だよねーー。なんで気付かなかったんだろう」




 片手を頭の後ろ側に置いて「あはは……」と苦笑いをしている神無月、どうやらそんなに頭は硬くないようで有難い。




「でもさ、あの教室の雰囲気は何なの?掃除から帰ってきたと思ったらもう曲谷の話で一杯だったんだよ、何だか『不倫騒動!まさかの陰キャラ曲谷が!』なんて張り紙とか配っている人いたし」




 おいおい、俺のせいで陰キャラの立ち位置を崩すんじゃない、これは俺個人の問題だ……っても俺には何の非もないんだけど……




「ああ、それはなんとか掛依親衛隊って奴らの仕業だろーよ、気にしなくていい」


「そりゃあ、気にしないでいいって言われてもさ、嫌でも気にしちゃうんだよ~~だってこれだよー」




 掌に収まるほどのメモ用紙よりかは大きい紙片。カラフルに仕上げられたその紙の断片は派手に、そして誰でも目に入るような見出しが描かれていた。




「どれどれ『これは天変地異か!まさかの無縁者と校内唯一美女との関係』。それはそれは一大事だな、よし破ろう」




 あまりいい気分でなかったので感情に身を任せ、ストレスを解消させようと指に力を入れる。




「待って待って、君が怒るのも分かるけどさ……よく考えてみて、こんな大衆に受けるような記事書ける人がいるかもしれないんだよ」


「何だってそんな奴のことを庇うような言い方するんだ?俺にとっちゃ…………、ああそういうことな」




 何故こうもメリットとデメリットが共有して綱渡りするようなリスクを負わなければならないんだ、しかも俺だけとか……。




「こいつの出所分かるか?神無月」


「大まかになら……」




 なら十分だ、と俺は言葉を捨てながら神無月とともに廊下へ出た。

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