俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。

薪槻暁

019.面倒な揉め事02

 温もりの籠った暖かな日差しが窓から差し込み、ほんの少し埃が舞う一室。別に目立った部の資材はなく、校舎の端に追いやられて活動しているのかしていないのか分からない実態、何とも緩やかな部活である。


 だが、それはの話である。


 たとえるならば、ゆるキャラという名がついているにも関わらずあちらこちらの商店街、スーパーに駆け巡り政治戦略的宣伝活動を強いられているような着ぐるみ姿のpeopleだ。


 まさに百聞は一見に如かず、とはこのことだ。




「ねえ、何か納得した表情でいるのは構わないのだけれど何もしないのなら出て行ってくれる?」




 初志貫徹、首尾一貫冷徹な言葉を俺に突き付ける雪おn……ではなく同じクラスの如月桜は一言そういうと俺はすぐに彼女の間違った意向に察した。




「珍しいじゃないか?あんたが俺のせいで集中が切れるなんて」




 この部屋、つまり文芸部の部室には俺と如月の二人しかいない状況、加えて彼女はMy Pcなのか知らないが何やら小さなデスクに向かって黙々とタイピングしている。




「……つまらない冗談は嫌いではないけれど、今この瞬間生まれ出てくる事象、現状には心底腹が立つわね」


「俺は冗談は言っているつもりはないが?」


「なら廊下に出てみなさい」




 如月は俺に一瞥もくれずに言葉を交わし、どうしてか機嫌を損ねたらしいので俺はその原因を探ろうとドアへ歩み寄る。涼んでいた窓を離れ、一歩一歩如月の横を通りすぎ一つしかない入口へと近づく。


 そこで俺はようやく気付いたのだ。




「これって俺の仕業か……?」




 無言と沈黙。この時間が一番つらいんですけど、何でもいいんで返答お願いしますよなどと胸中願ったり叶ったりの祈祷をしていると。




「………………そうよ」


「全部あなたの仕業、処遇、結果。みんなあなたのせい、別にあなたのような虫ケラ一匹いるところで私の作業に支障が出ることなんてこれっぽちもないのだけれど……これは量の問題よ」




 廊下に繋がる小窓から外を伺うと、何ともまあ俺にとっては凄惨な光景が広がっていた。




 白い法被と鉢巻を身に着けた並々ならぬ人が十数人、廊下に居座っていたのである。よく見るとそのどちらにも「まこっちLOVE」やら「掛依親衛隊」などという文字で刺繍されている。




「なんだよこりゃあ……」




 俺はこのいかにも面倒な光景に溜息をつきながら、そう溢す。




「言い訳も弁解もする余地なく、あなたの罪ね」




 だから冤罪なんですけどお、なんて俺の抗議文は無駄口のようで、そのまま無視される。




「だからと言ってもこれはやりすぎじゃないか?」




 やりすぎ、つまりはこの親衛隊ならぬストーカーどもの行動自体を俺は指摘したつもりなのだが、どうやら検討違いのようらしい。だってそもそもストーカーでもないし。




ね。そうね、あの女はそんな歯止めをかけることなんて出来るわけないものね」


「いい?これは彼らが自身で結成されたものじゃないの」




 そんな話なんで知っているのか、と聞き始めは思ったがなるほど如月は見えない部分でも繋がる伝手があるようだ。




「私の教訓からしてあの女が独断で造ったとしか思えない、つまりはただの劇のようで」


「加入している本人たちはそうだと知って入っているかどうかは知らないのだけれど、結局は操り人形みたいなものよ」


「だからって何であんたが気にかけるんだ?何せあいつらの目的は俺なんだろ?どうせ俺のことを裏切者だーーとか復讐者だーーなんて喚いてるだけなんだろ」




 如月と掛依とは何の因果関係もない、ただの教師、生徒の健全な関係だろう。対する俺はどうだ?教師と生徒の禁断の恋!しかもその男の方はまさかの二股!なんてどっかの記事にでも売りに出したら即完売の勢いがありそうなネタばかりだ。


 俺だけにしかデメリットはないだろうに。




「何度言わせればあなたは気が済むのかしら。私は量の問題と言っているの、分かる?羽虫が一匹飛んでいるだけなら構わないけど、それが何十匹も増えたらどうなるとも予想できないのかしら、やっぱり虫ケラはそれなりの脳しか持ってないのね」


「どうやっても俺は虫以上に成りあがれないのかね?……っても俺も知らないぞ、こいつらの害虫駆除対策のスプレーとか別次元に行けばあるかもしれないが」




 如月は深く溜息をつき、やっとのことで俺の方へ眼を向けてきた。




「はあ……簡単な話でしょ。あなたがこの部屋から出ればいいの」


「なるほど、わかt……じゃあねえよ!俺がエサで逃げろってのか、却下。やるわけがない」




 面倒なことはなるべく避ける主義の俺はそんなこと死んでもするものか。




「なら、どうするのよ?」


「このままここにいても埒が明かない、ならばここにいるだけだ」




 呆気に取られたように口をポカンと開けてそのままの如月、数秒経てからようやく口を動かした。




「あなたの言語能力にはそもそも期待していないのだけれど……もう病に到達するレベルね……」


「ねえ、ねえ俺の評価をそんな酷にしても俺はスパルタに強くなるなんて話聞いてないぞ」


「いや私は当たり前にあなたの間違いを指摘したのだけれど…………」




 俺は如月の続く言葉を制し、部屋を静寂に包むように口元に人差し指を当てる。




『何してるの~~??』




 長く伸びて末恐ろしい裏が孕んでいる声。




『ダメだよ~~そんなことしたら文芸部さんも嫌な思いしちゃうよ~~』




 ぞろぞろと階段を降りていく足音が廊下から響いてくる。どうやら難も逸れたようで、




「な?俺の言ったとおりだろ?」




 なんて余裕をかましながら目の前の作業中の女に宣言した。


 

 沈没しかけた船が救命ボートで救われたような起死回生の余韻が残る部屋、廊下にも物や人は残っていないようでがらんとしている。




「あなたのその余裕には脱帽するのだけれど、やはり実のところその虫の良さだけは気にくわないわね、虫ケラだけに」


「その人格適応外みたいな言い方辞めて欲しいんですが、やめてもらえますかね、なんてやり取りを俺は期待しているわけではないんだが……」


「ではなに、私に『ほら、問題を解決したのだから何かそれ相応の対価を支払え』なんて妄想を企てているのかしら。破廉恥もすぎるわね、今すぐ手元のこの人類の英知なるスマートフォンで拡散してやろうかしら」




 そう言うと、即座に人差し指で番号を打つところ本当に容赦がない女だ。俺はコールする前の電話機を彼女の掌から取り外す。




「やめろよ。ったくあんたもあんただよな」




 創作者特有の能力ならぬ潜在意識、とどのつまりそれは妄想や想像の類である。俺はスマホの電源を落とす仕草をしながらその意図を語ったつもりなのだが……




「あなたと私に何の関係があるのかしら?むしろ断崖絶壁のような隔たりしか無いと思うのだけれど」




 どうやら伝わっていないらしい。


 もうこれ以上回りくどい表現というか、結局のところ直接説得しようと口を開いた時だった。






「おっはーーーー!今日もいい天気!快晴良好!舵安定日和でイイねえ!!」




 ドアに渾身の力を込めて開け放った彼女の名は……神無月だった。



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